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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
英雄と魔法喰いの誕生
132/164

ルミカの引っ越し

 数日後。

 ファナの館でお茶会をした際に、リンザに確認した所、やはりウィニアはランバートの事が好きだと分かった。リンザにはお嫁に行かずに死ぬまで側に居たいと言っていたそうだ。それをあえて切り替えて嫁に行くと言い出した理由は何だったのか。

「ランバート様の髪の毛が真っ白になってしまったのは、ご存知ですか?」

 リンザの言葉に、ファナも悲しそうな顔になった。

「議長を下りる事でそれ程に落胆したのか、他の理由があったのか、ウィニアはそれを知りたくて食い下がったらしいのです。あの子なりに、慰めたかったのだと思います」

 後は言われなくても分かった。ランバートはそのウィニアを突っぱねたのだ。……それ以外、ランバートには出来なかったのだ。恋い慕う相手に壁を作られてしまったウィニアは、悲しかったに違いない。

「自分は無力だと私の前で泣いてから、やけに勉強熱心になって外国へ行くのだと言う様になりました。せめて誇れる娘になりたいのだと思います」

「ランバート様は……ウィニアをお嫌いではないと思います。ただ恋情ではなく、娘同然に思い、大事にされているのです」

「私もそうだと思います。ただ、ウィニアも私も普通の父親と言うものを知りません。……大事にされた事がきっかけで、勘違いして舞い上がる気持ちは分かるつもりです」

「リンザ……」

 リンザとウィニアの父親は、娘を商品として扱う酷い男だった。それが父親だと思っているなら、ランバートの与える待遇に愛情や優しさを感じて惹かれるのも仕方ないのかも知れない。

「姉としては、今の気持ちがいつか良い思い出になればいいと願うだけです」

「そうですね。……人の生きる道も一つではない筈です。きっとこれから良い事もあるでしょうから、ウィニアには希望を持ってもらいたいものです」

 私の言葉に、リンザもファナも頷いてくれた。

 ウィニアの話はそれで切り上げ、レオンの話題が中心になった。……今日のお茶会は、新米のお母さんを励ます為のものだ。ファナを笑顔にしなくては。

「レオン、また大きくなったね」

 リンザがそう言ってベビーベッドから抱き上げるレオンは、カルロス様の同じ時期よりも大きい。とても重そうな赤ちゃんだ。

「お乳だけでこんなに大きくなるとは思ってなかったわ」

 ファナが明るく応じる。産んだ時はとても小さい上に、首が座っていなくて不安だったそうだ。

「騎士の子は、骨格が大きく出来ているみたいです」

 ファナの言葉に、リンザが物凄く嫌そうな顔をした。

「え~!ラシッドってコピート様よりがっしりしてるんだけど」

「それを言ったら、ジルは……」

「ローズ様、カルロス様で鍛えましょう!」

 私もリンザも、将来的には騎士の子を産むファナの後輩だ。ファナの日常を聞いて、お世話のイメージを固めたりも出来るから、話に熱が入る。

「本当にがっしりしていますね。でもファナに似て、とてもかわいい顔」

 抱かせてもらうと、泣かないでじっとこちらを見ている。

「コピートが私に似ている事を凄く喜んでくれていますが、私はコピート似が良かったです」

 幸せそうなファナに、思わず顔がほころぶ。

「それ、凄く運が良いんだと思うよ」

 リンザが真剣に語る。ラシッドに聞いたところ、似ていない子が生まれる世代があっても、先祖に似た容姿の人間が生まれてくる伝統がリヴァイアサンの騎士の家系にはあるらしい。ナジームの家があの顔だと言う話は私も聞いている。

 バウティ家では伝統の容姿となると、間違いなくジルムートになるだろう。何しろ父親そっくりだと聞いている。ジルムートは子供の容姿は自分に似て欲しく無さそうだが、どうなるのだろう。

 男の子ばかり生まれる上に、似た容姿の子が生まれやすい。異能だけでなく素直に不思議だ。こんな不思議な子供を産んで育てなくてはならないのだから、やはり不安になるなと言う方が難しいのかも知れない。

 そんな事を考えていると、ファナは、恐る恐る言った。

「ディア様のお話も聞きたいのですが、お茶会にお招きしてもいいでしょうか?」

 ファナはディア様と面識が殆ど無い。丁度入れ替わる形で出仕になったからだ。しかもディア様はクザートとすぐに結婚しなかったから、接点を持つのが難しかったのだ。

「私からも話をしておきます」

 私がそう言うと、ファナは嬉しそうに頷いた。

「ありがとうございます」

 そこから話は、アネイラの話題になった。

「お子様が産まれるのが待ち遠しいです」

「アネイラ様のお子様、可愛いでしょうね。男の子かな、女の子かなぁ」

 リンザが言うと、ファナは拳を握って言う。

「女の子がいいわ。アネイラ様によく似た女の子。そうだったらお洋服、作ってあげたい」

「それプリシラも考えていると思うから、ジャハル様の館が赤ちゃんの服だらけになりそう」

 リンザの言葉に、私もファナも噴き出す。

「そう言えば、ファナはプリシラと趣味が良く似ているのに、あまり話していませんでしたね」

 私が疑問を口にすると、ファナは苦笑した。

「趣味の話で仕事中に盛り上がると、仕事が疎かになるのでしなかっただけです。プリシラとは、生涯の服友です」

 服友……。そんな言葉、初めて聞いた。

「ファッションの事でしか話が出来ない子ですが、どんなに深い話をしてもいい相手なので、お互いに服友として認めあっています。手紙のやり取りはよくしていますよ」

「便箋十枚くらい、服の事が書いてある手紙、よく読めるよね」

 リンザが呆れたように言うが、ファナはにっこりと笑う。リンザとプリシラ、ファナにとってはどっちも大切な友達であるらしい。

「私も、耳かきの話の出来るお友達が欲しいですね」

「ジルムート様が居るではありませんか」

「ジルですか。……ジル……そうですね……はぁ」

 私の落胆した声を聞いて、二人は笑い出した。

 お茶会はウィニアの話以外は明るい話題ばかりで、楽しい雰囲気のまま終了した。名残惜しそうなファナと別れを告げ、私とリンザはそれぞれの館に戻った。

 館に戻ると、お友達と言うには厳つ過ぎる夫が談話室で本を読んでいた。十代の私は、こんな人をお友達だなんて……よく言ったと思う。

「おかえり」

「……ただいま」

 ジルムートに出迎えられる様な事は滅多になくて、変な感じだったが慌てて返事をする。

「どうだった?」

 話を聞かれて、私はウィニアが間違いなくランバートに恋情を抱いている事を話した。

「そうか。……すぐに嫁がせる訳にはいかないな。しかし、どうしたものか」

「うん。困ったね」

 ウィニアは本当は嫁ぎたくないのだ。ランバートの側に居たいのだから。しかし、ランバートの側にずっと置いて置く訳にはいかない。

「ところでローズ、聞いていいか?」

 ジルムートは緊張した表情で、隣に座っている私を見た。

「怒っていたのに、態度を改めてくれたのはどうしてだ?」

 どう答えようか考えながら、ぽつりぽつりと言う。

「ウィニアみたいに、叶わない恋の相手と一つ屋根の下で暮らしている訳ではなくて……私はお互いに好きだと分かっている旦那様と一緒に暮らしている。……そう思ったら、私の怒っている事なんて、贅沢な言い分なんじゃないかと思ってしまったの」

 私の言葉に、ジルムートは目を見開く。

「嫌でも親の命令で嫁ぐ子もいる。恋に破れて泣く子もいる。そんな中で、私は自分で選ぶ事が出来た。あなたを。……あなたも私を選んでくれた。その奇跡みたいな幸運を、一時の怒りで失いたくなくて……わ」

 いきなりジルムートに抱きしめられて、変な声が出た。

「あの頃と変わらず……いや、もっと好きだ」

 ジルムートが耳元で囁くから、思わず頭の芯がぽーっとしてしまう。

「私も好き」

 談話室である事を忘れて、うっかり抱き締め合ってしまった。

「贅沢だなどと思わなくていい。お前の意思を確認せずに勝手に動いた俺が悪かったのだから」

「ジル……」

「埋め合わせは必ずする」

「うん」

 やっぱり、怒っているよりもこうやって仲良くしている方がずっと良い。そう思ってほんわかしていると、ジルムートが急に立ち上がって、私を横抱きにした。

「え……」

 乱暴に扉を足で蹴って開けると、そのまま階段を上がって寝室へと移動していく。

「晩御飯までそんなに時間が……」

「今の様子を見ていて、呼びに来る様な使用人は居ない」

 確かにその通りだった。……ただ生きているだけで、羞恥心が擦り切れていく。

 遅くなってから食堂で食事をしていると、ルミカが顔を出した。

「俺、そろそろ館を移った方がいいですか?」

「そうしろ」

 嫌味に対して、容赦のない兄の言葉にルミカは不服そうに顔をしかめる。

「兄上がそんな節操無しだなんて、見損ないました」

「俺は家長で子供も居ない。誰も非難しない」

 ルミカがちらりと視線を向けると、マクシミリアンもジョゼも真面目な顔で頷いている。……顔から火が出そうで、思わず俯く。

「ローズが可哀そうですよ。妻には優しくしてあげるべきです」

「当たり前の理屈が吹っ飛ぶ程に愛しく思う瞬間がある事を、お前は知らない。だからそんな事が言えるのだ」

 驚いて顔を上げると、ジルムートは真面目な顔で真っ直ぐにルミカを見据えていた。

「そう言う嫁を貰え。そうすればお前にも分かる」

 ルミカは悔しそうな顔になると、立ち上がって食堂を出て行った。

 ルミカが出て行った後、ジルムートは首を左右に振った。

「あれは自分の身内だと認めるまでが厳しいのだ。アネイラと何年付き合っても、結婚出来なかった事でも分かるだろう?絆されていたが、踏み切れなかったのはそのせいだ」

「何が気に食わなかったのかしら」

「自分の容姿に惹かれたとか、たまに見惚れるとか、そんな些細な事だろうな」

「それでダメなら、殆どの女の子はダメだと思う」

「だから、お前みたいなタイプを探しているのだろう。顔に惑わされず、本質を受け入れてくれる相手を」

 私は初対面の時、ルミカの顔を綺麗だと思ったが、それ以上の事は考えなかった。アネイラ、ディア様、セレニー様と綺麗な人を見慣れている上に、男性の好みはジルムートの様な厳つい系だった事が原因だ。つまりルミカみたいな美形が好みから外れている女性なら、ルミカの希望に当てはまるが、相手の女性が反応しない事になる。現に私はルミカを異性として意識した事がない。

「……厄介だね」

「困ったものだ」

 なんて話をしていた翌日、ルミカは本当に館を移ってしまった。

 ジョゼが元々探していたそうで、掃除までしてあったのにルミカが移るのを渋っていたらしい。そんなルミカも昨日の出来事で、さすがに私達と一緒に暮らすのは嫌になった様だ。

「お邪魔みたいなので、俺は引っ越します。では」

 と言って引っ越した先は、歩いてすぐの三軒先の館だった。ジョゼは一緒に移っていったが、こちらで調理した食事を取りに来て運んでいる。……そのくらいの距離だ。

「引っ越し?」

「うちに入り浸って飯を食う気だぞ。本当に困った奴だ」

 予言は的中した。夕飯はうちに食べに来る様になった。

 その後、ディア様やお母さん達にお茶会に誘われたり、ハザク様に呼ばれたり、ウィニアをアレクセイと引き合わせたりと、忙しくしている内に出仕まで五日を切った。

 アネイラには無事に女の子が産まれた。行ってはいけないと言っていたジルムートだったが、少し様子を見るだけなら構わないと言ってくれた。夫がジャハルだと分かったからだと思う。それで様子を見に行くと、アネイラはとても元気で、赤ちゃんが昼も夜もお乳を飲むから眠いと笑った。ジャハルは、お乳の事以外何でも出来る育児経験者だ。頼りになるらしい。赤ちゃんは、チェルシーと名付けられた。

 私がそんな状態の中、ジルムートも暇ではなくて何処かに出掛けたりしていた。最初に意地を張って聞かなかったせいで、聞けないままになっている。どこに行っているのか、今更ながら気になる。

 どう聞き出そうかと考えていると、玄関が騒がしくなって、乱暴に階段を駆け上がって来る足音がした。……ジルムートが、出かけたのに戻って来たのだ。

 ノックもしないで、ジルムートが私の部屋の扉を開けた。

「ローズ、来てくれ」

「どうしたの?」

「アレクセイが、倒れた」

 返事もそこそこに慌てて準備をすると、ジルムートと一緒に馬車に乗った。

「それで、少し厄介な事になった」

 馬車の中で、ジルムートが困った様に言った。

「ウィニアに男だとバレた」

「え?」

 出仕が休みで、朝からアレクセイの所に来ていたウィニアの目の前で、アレクセイは倒れてしまったらしい。その体を抱き起した為、ウィニアにも男だと分かってしまったのだとか。

「俺はアリ先生の所に居たのだが、そこにナジームが慌てて来てな……。今はアリ先生が診察中だ。ウィニアには、お前から事情を話してやってくれないか?」

「それは構わないけど、いいの?」

「こうなっては黙っている方が不自然だ。口止めした上で、協力してもらう方がいいだろう」

「分かった」

 そうして、ナジームの館に着くと、部屋で浅い息をしたまま寝込んでいるアレクセイと、その汗を拭いているウィニア、ソファーに座っているアリ先生と心配そうなナジームが居た。

 私の顔を見て、ウィニアがほっとした様子になった。

「ポート熱だな。間違いない」

 アリ先生の言葉に嘘は無さそうだが、何故か歯切れが悪い気がした。

 視線で、ジルムートが部屋からウィニアを連れ出して事情を話してくる様に言っていると理解したので、私はウィニアに声をかけた。

「ウィニア、少し話があります。空いているお部屋をお借りしますね」

 ナジームが頷いたので、私はウィニアを部屋の外へ促した。

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