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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
耳かきしたら、騎士に懐かれました
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ポートの男達は決意する

 誰かが死んだ時の様に、場の空気は暗く沈んでいる。

 俺達兄弟とクルルス様は、扉を開けて入ろうとして、ローズとセレニー様の会話の内容を聞いてしまった。

 聞いている内に分かって来る。セレニー様がクルルス様への恋情だけで、かなりの無理をしていた現実。

 ローズが、バウティ家の人間を変人と呼んで拒絶している現実。

 どちらも俺達の責任だ。

 関税の条約を有利に進めたのはこちらだが、ちゃんと誠意のある対応をしたパルネア……セレニー様とローズに対して、態度が悪過ぎた事に気付かされた。

 平和で治安の良い国からやってきた、優しい女達。一人は忍耐の限界で泣き崩れ、もう一人はほぼ人間不信。女達は二人きりで何とかしようと誓う程に、俺達は信頼が……ない。

 ここで何の策も考えずにドアを開けて、ローズの縁談話を始めるなんて事はさすがに出来なかった。

 クルルス様が黙って顎をしゃくってその場から離れる様に指示したので、俺達はそれに従った。

 そしてどんよりとした空気を背負って、クルルス様の執務室のソファーに座り込んでいる。

 特にクルルス様のダメージは大きい。

 大事にしている最愛の妻が現状に苦しんでいるのに、夫に相談も出来ずに泣いていたのだから、当たり前だ。

 ルミカも酷い有様だ。あそこまで嫌われているとは思っていなかったのだろう。

 クザートも暗い顔をしている。……品性に欠ける変人なんて、バウティ家の人間を批判するのはローズくらいのものだ。女たらしのプライドが粉々になった様だ。

 俺は……多分ローズがポート人を信用しない最初のきっかけになった訳だから、落ち込まずには居られない。

「女と言うのは、着飾って遊んでいるのが好きなのではないのか?」

 クルルス様の問いに、クザートが答える。

「そう言う女は浪費が激しい上に、権力を得ると振りかざすので、俺は結婚したいと思った事がありません。セレニー様の感覚は、王妃として素晴らしいと思います」

 同じ様に堅実なローズだから、クザートは自分の嫁にしても良いと思ったのか。

「潮風で髪の毛が痛むからと、何時間も手入れするのはこの国では普通なのか?」

 今度はルミカが答えた。

「高齢のご婦人が髪の張りを取り戻す為にする事があるみたいです。金がかかるので、一般的ではありません。ローズの言う通りセレニー様には不要です」

 ルミカはサラサラと長い髪をかきあげる。手入れなど殆どしていないが、十分女に張り合える髪だ。

「それで、耳かきとは何だ」

 ルミカが押し黙り、クザートが俺の方を見る。俺に答えろと言う事らしい。

「耳の中の垢を、細い棒を使って取り除く掃除の事です。ローズはそれがとてもうまいのです」

「セレニーが膝枕で寝ると言っていたぞ」

「耳の中を掃除する際に、ローズの膝枕に頭を乗せます。掃除中、あまりに心地よいので意識が飛びそうになります。パルネアに居た頃から、セレニー様はお好きだったそうです」

「俺よりも、そんな物がいいのか……いいんだろうな。畜生」

 クルルス様は、王族らしくない言葉を吐いて頭を抱える。

 後一か月で、クルルス様は在位一年になる。

 セレニー様を可愛がってはいたが、政務が忙し過ぎて放置していたのは事実だ。

 着飾るのは自分の為にやっているとは思いつつ、セレニー様がやりたくて楽しんでいるとも思っていたのだ。

 だから誉めたのは最初だけ。

 そんなに着飾っているのだし、物は有り余っている。贈り物は意味が無いと思っていたそうだが……そこは全く別物で、クルルス様が選んだ物を差し上げるべきだったのだ。

 どうやらクルルス様と居ても、セレニー様はぐっすり眠ったりはしない様だ。

 つまり異性として好きではあるが、信用していないのだ。

 侍女の耳かきで安眠出来ると言われてしまったのだから、それは落ち込むだろう。

「このままなのは、良くない……よな」

 クルルス様が落ち込んで呟く。

「そうですね」

 男として甲斐性が無いと判断されているのだ。かなり辛い。

 クザートが言う。

「実は下層では、役人や騎士達の間で、女や貧民に対する差別が問題になっていて、提議する動きが何度もあったのですが、中層の会議前に握りつぶされています」

 クザート!知っているなら教えてくれよ!

 俺が睨むときまり悪そうに言った。

「俺とは、関係の無い問題だと思っていましたのでご報告が遅れました。すみません」

 クザートはポーリアに流入する外国人犯罪者の摘発で手一杯の状態だ。だからそこまでは手が回らなかったらしい。

「何だよ、それ……握りつぶしているのって誰なんだよ」

 クルルス様が呟く。

「握りつぶしているのは、利権争いをしている商人達です。貧民層から成り上がろうとする者を、商売からはじき出す為です。女に関しては……ポートでは、親にとって娘とは権力者と結びつく為の道具でしかありません。だから書類さえ揃っていれば、物の様に何処にでも嫁がせる事が出来ます」

 言い辛いだろうが、ルミカは言った。

 中層に詰めているから、色々耳にするのだろう。そして俺に薬を盛った女達を、本当に物として海外へ売ったのだ。

 法律が許しても、同じ人間なのだからやってはいけなかったのだ。

 ルミカは、ずっと後悔している。

「王制廃止より前に、やる事が一杯あったんだな……父上が、焦るなと何度も言った意味がようやく分かった」

 クルルス様はさらに暗くなる。

 助言を求めてもそればかり言われるので、クルルス様は苛立って、臥せっている前国王の見舞いにも行かなくなっていたのだ。

「おかしな商売は、放置すれば廃れていくと思っていた。競争して良い物だけが残ると思っていた。時代に任せるとか、誰かに任せるとか……無責任だったな。俺は」

 沈黙が続いた後、クルルス様は言った。

「俺は王を続ける」

 俺達は一斉にクルルス様を見た。

「王制を廃止するだけじゃ意味が無いって分かったから、王制廃止は後回しだ。ポートの法律も常識も、非道がまかり通っている。どれも俺の先祖が決めて、代々続けて来た事だ。俺は王族の末として責任をもってこれを修正する」

 凄く良い事を言っているが、今のまま王族じゃなくなったら、間違いなくクルルス様はセレニー様に捨てられる。それを回避したいだけだ。全力で。

「ルミカ、外交官としてパルネアに行ってくれないか?」

 突然、クルルス様は言う。

 俺もクザートもルミカも、ぎょっとしてクルルス様を見た。

「俺に異国文化の常識が入って来ない様に操作する奴らは信用できない。バウティ家経由で、パルネアの文献や見聞きした事を俺に直接届けて欲しいんだ」

「ジルは無自覚だが、今ローズから引き離したら間違いなく大変な事が起こる。クザートが居ないと、ポーリアの治安が維持できない。お前にしか頼めない」

 大変な事?何だよ!

 ルミカは暫く黙っていたが、硬い表情で言った。

「お引き受けします」

 ルミカは続けた。

「俺はローズが好きです。彼女の生まれ育った国を見たい。今の俺では色々と足りないって分かったので、それを探してきます」

 ルミカは俺を見た。

「これを頼むのは悔しいのですが、兄上、ローズを大事にしてください」

「へ?」

 クザートが、目を細めて俺を見た。

「ローズちゃんが誰かと結婚しないと、いきなり城から消えてポーリアの港に浮いてもいても、おかしくない状態だ。ルミカは下りた。俺も下りる。ローズちゃんは俺も相手にしてくれなさそうだしな」

 そうだった。セレニー様と違って、ローズはただの侍女だ。このままでは危ない。

 誰とも結婚しないと言うのは、そう言う事だ。でも俺はローズを自分の物にしたいなんて思っていない。

「いい加減、好きだって認めて嫁に取れ」

 クルルス様はそう言うが、それは出来ない。絶対に。

「さっきも聞いたではありませんか。ローズは誰とも結婚しないと。あれの一番の原因は俺です。だから、俺が結婚するのは無理です」

 クザートが顔をしかめた。

「何でそんなに拒む?別に婚約者として発表するだけでもいいのに、何故そこまで……まさかお前は、まだ気にしているのか!」

 思わず、顔を強張らせる。

 クルルス様も痛ましそうな顔をして俺を見るし、ルミカは申し訳無さそうにしている。

「あれは事故だ。誰が何と言おうと」

 クザートが強く言う。

 父の訓練はとても厳しかった。長男としての重圧に耐えきれず、食が細くなり弱ってしまったクザートも幼いルミカも殺されそうだった。俺だけが耐えている状態だった。

 しかし俺が耐えているが故に、本気でクザートもルミカも死んでも構わないと父が思っている事を肌で感じていた。父は弱者を切り捨てる人だったから。

 ルミカが殺されると思った時、俺はとっさに父を蹴倒していた。

 倒れた後頭部にたまたま石があった。……父はそのまま居なくなった。

 父が居なくなっても拷問人形の仕事はある。ここで出来ないと言えば家は断絶する。屋敷は国に没収され、俺達や母親達、使用人に至るまで働き口と住む場所を失う。

 弱者は騎士の位をはく奪される。それがポートの長年の決まりだったのだ。ただ騎士の年齢は決められていなかった。

 だから俺が家長として立ち、城に勤めたのだ。クザートは体を治さなくてはならなかったし、ルミカは幼かった。

 最初は他の騎士達に子供の癖にと笑われたが、文句を言わせない様に働いていると態度が変わった。

 バウティ家の父殺し。

 俺はそう言われ、恐れられた。子供だと侮らなくなった。

 あれから十五年が経過し、当時の事を言う者も減ったが、年長の騎士程、俺を怖れているのは確かだ。

「俺もルミカも、お前が居なければ死んでいた。誰が何と言おうとお前は悪くない」

 クザートはこの言葉を何万回、俺に言っただろう。

 でも俺はそれを受け入れられない。

「そうですね」

 口で肯定しながら、心は頑なに拒絶する。

「ローズを……バウティ家の養女にしたいと思います。俺の娘と言うのは無理があるので、俺達の妹と言う事にしてください。ローズも縁談では無いので、受け入れると思います」

 誰も手を出せないが、俺とも結婚はしない。そう言う立場を俺はずっと考えていた。

「ジル、本当にそれでいいのか?」

 クルルス様が、真剣な顔で俺を見ている。

「後ろ盾が必要なだけなら、結婚は必要ありません」

 三人は物言いたげに俺を見ていたけれど、俺は言わせなかった。

 結局、俺達はその夜はセレニー様とローズの所に行く事は出来なかった。段取りを調整していたからだ。

 ローズは物凄く怒っていたが必死に事情を説明すると、数日考えて承諾してくれた。

「ローズは俺の話は全く聞いてくれないのに、兄上の話は嫌々でも聞くのですよ。この意味を分からない程、鈍い訳では無いでしょう?」

 俺はルミカの言葉を無視して、頭の中で耳かきの事だけを考え続けた。

 ローズ本人じゃなくて、耳かきが俺は好きなのだ。暗示の様に頭の中で唱える。

 クルルス様の在位一年の記念式典の後、ルミカはパルネアへ外交官として旅立ち、ローズは、ローズ・バウティと名前を変えて、俺の妹になった。

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