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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
英雄と魔法喰いの誕生
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ランドル家の異能

「ランドル家の騎士と言うのは、異能を攻撃に使用出来ない。俺達は感情で異能が漏れる事もよくあるが、ナジームはこれもまず無い。ランドル家の騎士だからだ」

「怪力も無いの?」

「怪力はある。それに溺れない。しかし俺が以前やった様な派手な事は出来ない」

 真新しい武器庫を思い出し、あの中に信じられない程重い両手剣が収められているのを思い出す。ジルムートは誰も動かせないその重い剣を怪力で振り回し、石造の武器庫を異能の衝撃波で木っ端みじんにしたのだ。

 あんな派手な事が出来なくても、怪力で重い物を動かし、日々鍛錬を続けているのだから、常人よりも遥かに強いのは言うまでも無い。

「十分だと思うよ」

 私が半眼で言うと、ジルムートは苦笑した。

「とにかく、ランドル家の異能と言うのは特殊なのだ。ポート湾を支配する異能と言われている」

「ポート湾を支配する?」

「ナジームがポート湾に潜れば、湾内の海流を変える事が出来る。船は湾の外へは出られない。大挙して押し寄せる軍船も、ナジームさえいれば湾内に入る事は出来ない。……つまり海の中で使う異能なのだ」

 ナジームの異能はポート湾の内部で発揮されるものらしい。海流を操ると言う大規模な能力は、確かに特殊だ。それで、ルイネス様、イルハム、アリ先生等、リヴァイアサンの騎士について良く知っている人達は、ナジームでランドル家が断絶してしまうのは勿体ないと言い続けているそうだ。最近はクルルス様もそう思っているらしい。

「それって、ナジーム様本人の意思は無視されている気がするのだけれど」

 目的は子供で、ナジームの意思は無視されている様に感じてしまう。

「……お前の言いたい事は分かるが、ナジームを結婚させたいと主張しているのは、俺が頭の上がらない人達ばかりだ。俺も結婚してしまったから、独身でも良いとは言い張れない」

「事情は分かったわ。それで、ナジーム様は結婚したいの?」

「結婚と言うか……家族が欲しいのだ」

「家族?」

「両親も居なくなり、趣味の花を育てているだけの暮らしは静かで穏やかだが、寂しい様だ。……あの顔を怖がらずに共に居てくれる家族を持てれば、ナジームも、もう少し自己主張出来る様になるのではないかと思っている」

「ジルがウィニアに求めるのは、子供を産む事ではなくて、ナジーム様の本質を理解した上で一緒に暮らせる女性って事?」

「そうだ」

 ナジームは、女性に夫婦関係を無理強いする様な人ではない。ただ、花の話をする程度の間柄でも一緒に暮らしてくれるなら、それだけで構わないと言う事の様だ。

 少し考えて、私は自分の意見をジルムートに伝える事にする。

「私からすると、この縁談は問題があるの」

「どういう事だ?」

「ランバート様の事を考えるなら、ウィニアは誰かに嫁いだ方がいいと思う。でも、それがナジーム様でいいのかと言う話なのよ」

 黙って先を促すジルムートを見て、私は続けた。

「まず上層に勤める侍女が二人、オルレイ家と言う罪人の家出身である事に批判が集まっているの」

 ジルムートは眉間に皺を寄せた。

 中層の騎士に暴行を受けたファナの件で、騎士団と議会の間に険悪な雰囲気が一時期あった。そのファナをコピートが嫁に取り、叔父であるランバートがウィニアを養女に引き取る事で、騎士団と議会は和睦した恰好になっている。ジルムートにとっては、これで全てだ。

 しかし現実はそうじゃない。同じ年頃の侍女や下女の子達は、ウィニアに悪意を向けている。

 リンザは既に結婚して時間が経っているし、ラシッドの事を危険視している者が多いのだろう。父親が、娘を出仕に出してもリンザにだけは口を慎めと言い含めている節がある。だからリンザに関しては、怖い程に噂が無い。私よりも話題にならない程だ。その分なのだろう。ウィニアに関しては風当たりが厳しい。ランバートが議長を退いて以来、その傾向は強くなっている。

「中層の侍女は、ファナの事件の後、ようやく元通りの数になった所なの。それにオルレイ家が罪人の家だって事は確かで……ウィニアに悪意のある言動をする侍女の子達を、厳しく注意する訳にはいかないの」

 彼女達は、より良い嫁ぎ先を得る為に城へ出仕している。精鋭騎士と縁の出来る上層への出仕は憧れになっている。だからウィニアを妬んでいるのだ。

「罪人の子だと分かっているのに、ウィニアをいきなり上層に出仕させた事が原因か……」

「うん。でもね、これはセレニー様の判断で、そうした理由も私は分かっているの。クルルス様だって理解されている事よ」

「ポートに来た頃の事を、まだ許して下さらないのだな」

「許せないと言うよりも、怖いのよ」

 セレニー様はまだ十六歳で、ポートの暮らしに慣れようと必死だった。しかもクルルス様に恋する乙女だった。そこに付け込む様な真似をした侍女達が汚職にセレニー様を利用した上、専属侍女である私と引き離す様な真似をしたのだ。私にとっても辛い思い出で、あまり思い出したくない事の一つだったりする。

 王族の姫として敬われる事が当たり前だったセレニー様にとって、あの時の事は屈辱と恐怖を伴って、深く心に刻まれている。侍女は私生活に入って来る存在だから、問題は深刻だ。

 新しい侍女をなかなか上層に入れられないのは、セレニー様に配慮しての事だ。特に今は幼いカルロス様が居る。セレニー様の警戒心は以前より増している。父親が罪人であっても、リンザの様に良く働くし、信用の置ける侍女からの紹介と言う事の方がセレニー様には大事なのだ。

「そもそもね、上層の仕事って凄く気を遣うから、採用しても残ってくれる子があまり居ないの。ようやく教育が終わって一緒に働けそうな侍女も、何故かすぐにお嫁に行って出仕を辞めてしまうしね」

 ジルムートがさっと視線を逸らす。

 上層に勤めている騎士達が原因だ。私やディア様が教育しているのを傍目に見ていて、良い子だと分かると口説き落として、結婚と同時に出仕を辞めさせてしまう。既に三人やられた。上層の出仕に耐えられる子を教育した所で持っていかれるのはかなり辛い。でも、辞めるなと言う訳にもいかない。難しいのだ。

「とにかくウィニアがナジーム様と結婚したら、罪人の娘が上層に勤めて上位騎士と結婚すると言う事の二例目になるわ。……不満に思う人は多いと思う」

「それは俺の話した筋書でねじ伏せるつもりだ。副官として得る褒美としてな」

 私は、ジルムートを見据える。

「そこよ。私はランバート様の事情を知っているから分かるけれど、そうでない人にとっては、ウィニアを選ぶ理由が弱いのよ」

「理由が弱い?」

「ポートの英雄の出征に最後まで付き合った副官が、どうして罪人の娘を婚約者に望むのよ」

「……なるほど、確かに」

 ジルムートはようやく思い至った様子で呟いた。

「ナジーム様は、どんな娘だろうがお嫁さんに望む権利があるわ。そこであえて誰からも縁談の来ないウィニアを選ぶのであれば、強い理由が必要なのよ。上層にはプリシラもルルネも居るわ。同じ侍女なら、あの二人のどちらかを指名する方が自然だもの。理由も無いままに結婚したら何を言われるか分からないわ。それは、ナジーム様にとってもウィニアにとっても辛い事だと思う」

 ジルムートは納得したのか、頷いた。

「つまりナジームとウィニアは、結婚するのが不自然だと言う事か?」

「そう言う事。ちゃんと段取りをしないと二人が可哀そうよ」

 ウィニアは可愛いし、気立ても良い。しかし上層の侍女と言うのであれば、プリシラもルルネも、タイプは違うが美人だ。ずば抜けてウィニアが美形であれば周囲も納得するだろうが、そうでは無い。

「プリシラの事は、ナジームの方が怖いと言っていたな……」

「プリシラは、物怖じしないからね」

 プリシラは、セレニー様のファッションの事で頭を一杯にしている着せ替えオタクだ。男に興味が無い。上層の侍女仲間に対しても仲間意識が薄い。同じ様にファッションに情熱を燃やす女の子達とのつながりの方が強いと言える。

 パルネア人である私は、ほぼ着せ替え人形として見られている。ちゃんと仕事をするし、頭の良い子なのだが、あらゆる感覚がぶっ飛んでいて、未だに謎だったりする。たまに妄想してニヤニヤしながら歩いているので、騎士達からも怖れられている事がある。

「ルルネの事は、よく分からないと言っていたな」

「ルルネもナジーム様の事はよく分からないと思う」

 ルルネは、見た目が妖艶な美女であるものの、ウィニアと年があまり離れていない。中身は内向的なドジっ子で、給料の大半が出仕したての頃に割った茶器や花瓶の弁償に充てられている。上層の茶器や花瓶は、超高級品なので割ったら大変なのだ。……その茶器や花瓶を納入している家が、ルルネの実家な訳だが。

 ルルネの良い所は、穏やかで誰の話もニコニコして聞ける所と、お茶の種類に詳しく、茶器選びのセンスが抜群な所だ。……そんなルルネは、実は自分から喋るのが苦手だ。小声で、考えながらとてもゆっくり話す。そんな質だから、忙しい仕事中などは言いたい事や聞きたい事があっても、黙っている事が多い。忙しいと私達ですら殺気立っていて怖いのだ。それでも、侍女で一生生きていくと言う目標があるので、毎日頑張って仕事をしている。

「ウィニアの事は、可愛いと言っていたぞ」

「泣いて命乞いされたらしいけどね」

 私達は暫く沈黙する。暫くして、ジルムートが口を開いた。

「俺からすれば、ウィニアはナジームに嫁いでもらいたい。しかし、周囲に理由を話せない以上……ナジームがウィニアに入れ込んで嫁に望んだとか、選んだ理由が必要と言う事だな」

「ゾーヤと言う婚約者が病死した直後にウィニアに入れ込むなんて、おかしいわよ。……そもそも、ナジーム様がそんな主張、出来る方だと思う?」

 ジルムートが、がっくりと項垂れた。

「出来ない。無理だ」

 ジルムートは大きく息を吐く。

「やはり、昨晩の内にローズと話をすべきだったな」

「そうだよ。それでどうするの?」

「……悪い。そこまで考えていなかった」

 ジルムートは、降参して私に頭を下げてくる。私だってすぐにどうしたらいいのか分からない。今のまま結婚に持ち込めば、憶測で色々と噂をされて苦しむのは、私達ではなくウィニアとナジームになる。無責任に、ただ結婚しろなんて言えない。

 とにかくウィニアの事は、まず本人から話を聞く必要がある。ナジームについての情報から整理すべきだろう。

 身分に関しては、騎士団で序列四席。ルミカよりも序列は下だが、家督を継いでいるから、独身の騎士の中で、親受けが最も良い身分と言える。それなのに三十を過ぎても結婚出来ていない。原因は押しの弱さとあの人相だろう。

「ねえ、あの顔はランドル家の伝統なの?」

「伝統だ。海鷲の相と呼ばれていて、好まれている時代もあった」

「そう言われると格好良いね」

「頬の傷さえ無ければ、もう少しマシだったのだが……」

 傷のせいで、精悍ではなく凶悪になってしまっているのだ。

「後、海鷲は笑わない。あいつは簡単に笑うから、それも良くない」

 笑うと顔が絶望的に怖くなる。悪鬼とよくジルムートが表現するが、確かにそれに近いものを感じる。

「色々と、不幸だね」

「不幸だ。だから何とかしてやりたいのだ。グルニアに最後まで一緒に残ってくれた事にも報いたい」

 あの性格、あの顔で、武勲を立てて良いお嫁さんを貰うと言うチャンスは一度きりだろう。他に武勲を立ててお嫁さんを貰う予定など、あって欲しくない。あったら困る。

「ところで、動物は嫌いなの?」

「あいつは馬だと可愛がり過ぎて、死んだ時が大変なのだ。ずっと猫を飼っているが、餌をやる使用人に懐いて、ナジームには懐かないらしい」

「そう……」

 何となく察せられる。それで花なのか。

 ちなみに港町であるポーリアでは、ペットと言えば猫だ。猫は船にも乗せる人が居て、港には沢山居る。……ただポートには恐ろしい事に猫食の文化がある。猫の姿焼きの露店はポート珍味の名物で、話のネタに食べる外国人が大勢居る。あの区画は、私とディア様とモイナの間では、絶対に行かない場所になっている。アネイラは、私達が黙っているので多分知らない。いつかジャハルに連れていかれて気絶するだろう。

「ローズ?」

「ごめん、ちょっと違う事を考えてた」

「疲れているのだな。……耳かきをするから、今日はもう寝よう」

 太ももに頭を乗せる様に促されて、少し迷う。

「これは俺からの謝罪だ」

「耳かき一回で、全て無かった事にするつもり?」

「そんな事はしない。ちゃんと埋め合わせは考える。絶対に何とかする」

 そこまで言うならと大人しく耳かきをされて、ぐっすりと眠る事になった。ジルムートは約束を守ってくれたが……早朝に起こされる事になった。

「どうしたの?」

「朝は鍛錬があるから、俺はこの時間に起きている」

「そうだったね。……頑張って」

 寝直そうと思ったが、そうはいかなかった。背を向けて丸くなった所でジルムートにひっくり返された。ジルムートは私の顔を覗き込んだ。

「ちょっと付き合え」

 そう言って私を片手で抱えると窓を開けた。驚く間も無く、ジルムートは窓から身を乗り出すと、窓枠に足をかけ、そのまま蹴って外に飛び出した。……ここ二階!

 青くなっている内に隣の館の壁を蹴って、屋根に上った。

 ジルムートにぎゅっとしがみ付いていると、耳元で声がした。

「ローズ」

 恐る恐る顔を上げて振り向くと、ポーリアの町並と海が昇ろうとする朝日に照らされていた。

 光る海と浮かび上がる街並みに、私は思わず見入ってしまった。

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