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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
英雄と魔法喰いの誕生
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前世の記憶

 ナジームは自分の告白で大きなダメージを受けていた。当時の事をはっきりと思い出してしまったのだろう。落ち込みがあまりに酷いので、ウィニアの事は保留のまま、お開きになった。

「私のせいで、久々に会った夫婦の時間を邪魔してしまった。許して欲しい」

 帰り際、アレクセイが申し訳なさそうに言うので私は慌てて言う。

「お気になさらないで下さい」

「あなた方に、良い子が授かる様に祈っている」

 アレクセイが今にも死んでしまいそうで、慌てて引き留める口実に口走った事だったのだが……私が物凄く子供を欲しがっていると受け止められてしまったらしい。ジルムートの機嫌が良いのも、多分そのせいだ。

「俺、今日はナジームの所に泊まる。……あいつ、すげぇ落ち込んでるから」

 ルミカはそう言って、ナジーム達の馬車を馬で追いかけて行った。何だかんだ言っても、友達なのだと思う。

 ハザク様の所へは、明日から通う事になった。ジルムートとは色々話をしなければならない。しかし、気が重い。……私はまだ感情的な燻りを解消できていない。使用人達の前で部屋に籠らないで欲しいと懇願されている。私には、その状況を無視してまで籠るだけの強い意志がない。

 そんな気分のまま、悶々として晩御飯を食べた後でお風呂に入り、一旦自分の部屋に戻って髪の毛を梳かしたり香油を塗ったりと、肌のお手入れをする。時間をかけて髪の毛を梳いてから、全身に香油を塗っても、大して時間がかからず、重い足取りで隣の部屋へと向かう。

 扉の前で躊躇して立ち止まり、ノックしようか迷っていると、いきなり扉が開いて、あっと言う間に引っ張り込まれる事になった。

「まさか……扉の前で待っていたの?」

 半眼で聞いた時には、もう扉は閉まっていて、私は抱きしめられている状態だった。身体能力に差があり過ぎて、私に出来る事など部屋に立て籠る事だけなのだ。

「迎えに行こうか、迷っていた」

「隣の部屋なんだけど、迎えに行くっておかしいでしょう」

「おかしくない」

 ジルムートは言う。

「俺が騎士で、扉を蹴破る野盗の様な真似を出来ないと分かっていて、お前は部屋から出て来なくなる。……まだ怒っているのか?」

「怒っているわよ。当たり前でしょう?」

 どうしたら許してもらえるか、ジルムートは聞いて来ない。私の要求に一切答えられないからだ。ただ、私を抱きしめている腕の力が全く緩まない。

「このまま話をするつもり?」

「俺はそれでも構わない」

「立ったままは嫌」

「座る」

「顔を見て話の出来る距離がいい」

 そう言うと、ジルムートは渋々、私をベッドに座らせて、すぐ隣に座った。

 ソファーがそこにあるだろうが!そう思ってジルムートを睨むと、ジルムートは私の手を握った。

「ここで一緒に寝ると、約束してくれないだろう?」

「話が終わったら、ただ眠ってくれるって約束してくれないでしょう?」

 二人同時に、にぃっと作り笑いになる。

「明日はハザク様の所に行くのだから、話だけして眠らせて」

「必ず朝食前に起こす」

「疲れているの」

 ジルムートは不服そうに黙った後、これ以上食い下がると私の機嫌が更に悪くなると判断したのか、大人しく引き下がった。

「分かった」

 とりあえず今日の夜の予定が決定したので一時休戦して、ジルムートと今日聞いた事の話をする事にした。

「アレクセイ様の事だけれど、本当に男の子なの?」

「成人の男だ。子供でもない」

「年を取らないって言っていたけれど、どうなるの?」

「本当にあの姿のままで、突然死するらしい」

 ジルムートの聞いた話では、不老だが不死ではないと言う事の様だ。長いと八十歳と言う記録もあるが、短いと二十歳前に亡くなる事もあるそうで、アレクセイはいつ死んでもおかしくないと言える。

「俺としては、魔法を使わなければ良いのではないかと判断して、魔法を使わせない様にしていた。……しかし、それだけでは変化が見られない」

 グルニアでも、グルニアからポートに戻る間も、ジルムートはナジームやルミカと共にアレクセイの事を観察し、何とか出来ないか考えていた様だ。

「そうだったのね。どうしたらいいのかしら」

 私が考え込んでいると、ジルムートが言った。

「ローズ、実は確認しておかねばならない事がある。まずは俺がグルニアでアレクセイから聞いた話をするから、まずはそこからだ」

 ジルムートはそう言って、魔法を使う際の効率と言う概念の話を始めた。……『魔法を練る』と言うそうだ。

「魔法に対して身構えず手足の様に使う事が、最も効率が良いとされていて、それに長けている者は、体内の魔法燃料の消費が少ないそうだ」

 ジルムートはそこで言葉を切って、私を見据える。

「お前には、耳かき文明の記憶がある。……だから、魔法を練るのが上手いのではないかと俺は思っている」

 私は驚いて言い返した。

「私の元々居た世界は、魔法なんて無かったよ。ジルには話したよね?」

「俺からすれば、お前の居た所の事象は、魔法と大差ない」

「そうかも知れないけれど、魔法と科学は違うよ」

「どう違うのだ?」

「エンジンがガソリンで動くのと、人の意思でいきなり物が変化する魔法は違うよ」

「油が切れたら動かない。魔法燃料が無ければ発動しない。俺には似ている様に感じられる」

「いくら何でも、大雑把過ぎるよ」

「俺からすれば、お前がそう扱っていると感じられる」

 むっとするが、ジルムートはまぁ聞けと言って続ける。

「仕組みも分からないまま当たり前に使っていた物の多さが、魔法に疑問を抱かない事に繋がっているのではないかと言う事だ」

「そんな事ないよ。科学はちゃんと理屈があるんだよ。人が全て作っている加工品をその理屈で動かしているから、魔法とは違う」

「では、そのエンジンと言う動力の構造は?」

 知っている訳がない。

「ガソリンと言う燃料が、どう言うものか俺に説明できるか?」

 石油?ガソリン?……同じものだけど、違う気がする。あれ?

 ジルムートの言う通りな気がして、前世の記憶はあるものの酷く物知らずな気がして来る。

「意地の悪い質問だった」

 俯くと、ジルムートは私の頭を撫でた。

「ただポートに、指で押したり触れたりするだけで、何かが起こる様な物は存在しない」

 それは確かだ。ここにはリモコンもスマホも無い。呼び鈴ですら、自分でしっかりと振らなくては鳴らない。いつか、そう言う物が産まれるであろう世界なのだ。

「瞬間的に望む事を行える物があるとすれば、俺達の異能か、魔法だけだ」

 反論しようにも、反論できる要素が無かった。

「お前が俺と兄上の戦いを恐れず目の前に出て来た時、お前が異能に関してとても寛大である事に感謝しかしていなかった」

 一旦言葉を切って、ジルムートは続ける。

「しかし、お前は超常現象と思われる事が起こっても、異常性に対して疑問を強く抱かないのだと今なら分かる。俺を人として受け入れてくれた事には感謝しているが……今は心配だ」

「心配?」

 ジルムートは何時になく真剣な表情で私を見据える。

「人助けの為だと言って、お前が無茶をするのではないかと」

「アレクセイ様の為にって事?」

「そうだ。……確かに助けてやりたいと思って連れて来たが、お前が心身を損ねてまで助けてやる必要は無いと俺は思っている。アレクセイもそれは望んでいない」

 ジルムートは優しいが、お人好しでは無い。何が大事で何が不要か、いつも判断して線を引いている。私の思う線引きに寄せるのはかなりの困難を伴う。……意思の強さが違うのだ。

「でも、グルニア人達がアレクセイ様を生かす為に死んだのだとしたら、アレクセイ様はこの後も生きて幸せにならなくてはならないわ。何処かの館に閉じこもったままとか、行方知れずになるなんて、あってはならない」

「それでも……アレクセイを助ける為に、魔法を使う様な事だけはしてくれるな」

 魔法を使えば助かる。そんな局面が来ても、私に魔法を使わせないつもりなのだ。……思わず、即答した。

「使う」 

「ローズ!」

「ジルは、アレクセイ様をあのままに出来ないと思ったのでしょう?私に出来る事があっても、見殺しにしろって言うの?」

「お前に体調を損なって欲しくないだけだ」

「死ぬ様な魔法だったら使わないわよ!それは出来る事に入れてない」

「死ぬ様な魔法なのか……分かるのか?」

 低い声で問われ、焦って答える。

「多分。……今覚えている魔法よりも簡単なら、平気だと思う」

 ジルムートは不安そうに私の方を見る。

「信じてよ」

「そうは言われても、俺には分からない事だからな」

「私本当にマルクの爪を両手全部真っ赤に染めたのよ?でも、元気にしているわ」

「知っている」

 ジルムートが慌てて付け加える。

「今、目の前で元気にしているからな」

「そう。……とにかく、私も上手く説明できないのよ」

 ジルムートは渋い顔をしている。

「無茶はしないって言っているじゃない」

「信じていいのか?」

「そこまで言うなら、ジルが居ない時には絶対にハザク様の所へ行かない」

 ジルムートはそこでやっと表情を緩めた。

 離れていた時間が長いだけに、心配性に拍車がかかっている。……だったら、エルムスの借家に居てくれたら良かったのに。なんて思うが、今更言っても始まらないので黙っておく。

「アレクセイの事はある程度目処が立ったら、ナジームの館から移すつもりだ。多分、アリ先生が王立研究所に話を付けて何とかしてくれるだろうと思っている」

 多分、成長する方法が無ければ、研究所の内部から出られなくなるだろう。研究所は広いし、お城で暮らしていた王族なら、中から出られなくても普通に暮らせるだろう。でも、何とかしてあげたい。私がそんな事を思っていると、ジルムートが話を変えて来た。

「それで、もう一つの問題なのだが……ウィニアから、ナジームとぶつかった当時の話を聞いてくれないか?詳しく知りたいのだ。ナジームの話は、今日ルミカが聞いて来る筈だ」

「ルミカ、慰めに行ったんじゃないの?」

「ナジームは酔うと、嫌な事を洗いざらい話す質なのだ。元通りになるには、その過程を経るのが一番早い。皆知っているから、ナジームが落ち込んだら酒を飲ませる。あいつは酒の力を借りないと、言いたい事もなかなか言えないのだ」

 ナジームは、世襲制で騎士をしているが、絶対に向いていない。見た目が強そうで立っているだけで警備としては十分なくらいだが、中身が向いていない。悲劇的なのは、計算や空間把握能力とかいうのが、ずば抜けていると言う点だ。ジルムート達が警備計画を立てるよりも、早く正確に警備計画を作れてしまうのだそうだ。

 前世でも居たが、物凄い桁数の計算を暗算を出来てしまう様な人と同じ才能だと思う。異能だけでなく、そんな才能まであるのに、人相のせいで、天に与えられた二物が完全に霞んでしまっている。

 私としては、そんな可哀そうなナジームもアレクセイと同じく何とかしてあげたい。

「ウィニアからは、お茶会を開けば話は聞けると思う」

「任せていいか?」

「勿論」

 時期から察するに、私が誘拐騒ぎで出仕を休んでいて、ウィニアは出仕したての頃の事だろう。私が出仕した時にはそんな話はしていなかった。これはリンザも一緒に呼んでお茶会をすべきだろう。私一人で聞き出せば警戒されてしまうかも知れない。

「俺はその間、出かける事にするから、日程を決めたら教えてくれ」

 ジルムートが一緒に居ては、ウィニアが正直に気持ちを話す事が出来ない。気を遣ってくれているみたいだ。

「俺達は怖れられる事に慣れているが、騎士としてではなく、見た目で恐れられるのは、結構堪えるのだ。どの程度怖がっているのか、教えて欲しい」

「分かった」

 私はジルムートの容姿を男らしいし格好良いと思っているが、他の人から見れば、威圧感があって気の弱い男性なら逃げ出したくなる程度に怖い事は知っている。

 その更に上を行く容姿のナジームをウィニアにお勧めするのはかなりの勇気が必要で、正直できそうにない。本当に怖いのだ。……顔が、騎士と言うよりも凶悪犯なのだ。

「ウィニアはナジーム様と結婚すれば大事にされるとは思うけれど……勧める事は出来ないからね?」

「無理か」

 ジルムートががっかりした様子で言う。

「夫婦になるって言うのは、誰よりも近い距離で接するって事なのよ。相手の容姿や性格を受け入れられないのでは苦痛になるわ」

「今回の場合、ウィニアにナジームが受け入れられるかどうかだけだがな」

「ウィニアは、自分が罪人の子だと思っているから、拒んだりはしないよ。結婚も表向き、ありがたい話として受け入れるだろうけれど……」

 正直にここは言っておくべきだろう。

「ウィニアは、線の細い殿方が好みだよ。多分」

「武官はダメと言う事か?」

 頷く。以前から聞いている限り、騎士は全く眼中に無い。話に出てくるのは、ランバートと今から政治塾で教えようとしている商家の子息の話ばかりなのだ。

「あのね……ナジーム様の事を好いてくれる女性を探した方が良くない?」

「居たら、とっくにそうしている」

 ジルムートは不服そうに言った。

「人相の事もあるが、単なる鍛錬中の事故で顔に傷がついただけなのに、酷い噂が飛び交って縁談そのものが来ない。今回の機会を逃せばあいつは一生独身だ」

「どうして、ナジーム様は独身じゃいけないの?ジルだって結婚しないつもりだったじゃないの」

「俺は独身でも良いと思っているが……色々な場所からランドル家の断絶は良くないとされているのだ」

「説明してもらわないと分からないわ」

 ジルムートは暫く考えてから話を始めた。 

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