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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
英雄と魔法喰いの誕生
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凶相の騎士

 アレクセイはローズの方を見て言った。

「あなたの話はルミカ殿から聞いている。ローズ殿、姉を許してくれた事……本当に感謝している」

 俺達がエルムスに行っている間に、ルミカがナジームの館に行って、色々とポートの事を話していたらしい。

 ローズはアレクセイを見てから目を伏せた。刺された従僕、アディルの事を思い出したのだろう。

「ミラ様の真摯な姿勢を理解しましたので、そのお気持ちを大事にして頂く様にお願いしただけです。人の命の重さを、選民思想故に理解していただけなかった事が、私も含め、多くの方々にとっての懸念材料でした。今は理解して下さっています。だから……もういいのです」

 ローズがそう言うと、アレクセイは再度礼を言った。

「ありがとう。姉はグルニアでずっと苦しい暮らしを送っていた。どれだけ努力しても認められず、出来ない事を咎められる事ばかりだった。それでも認められたくて努力していた姉にとって、過ちを許してもらった事は大きな救いだったと思う」

「ミラ様は、どういう暮らしをなさっていたのですか?」

 ローズが聞くと、アレクセイが語り始めた。

 グルニアの王族と言うのは、魔法が誰よりも上手く使えなくてはならない。しかし、ミラはあまりに激しい魔法の鍛錬故に魔法に恐怖を覚え、魔法全般を上手く使えなくなってしまった。そこから、ミラは王族としては敬われているのに、魔法の力故に蔑まれると言う、ちぐはぐな暮らしを送る事になった様だ。

 アレクセイやユーリ皇太子の成長が止まった後も、ミラの産む子は魔法使いとして質の落ちる子になるのではないかと、ずっと言われ続けていたらしい。ミラの人間性を思い出すに、己の心を守れずに傷ついていたであろう事は容易に想像できた。

「姉上は、そういう奴らをうまく避ける事が出来なくて……エゴール達は過保護になる一方だった」

 ミラにとっては、エゴール達に庇われる事も辛かったのだろう。だから、せめてエゴール達とは同士でありたかったのだ。……証明方法が最悪だった事は、言うまでもない。

「その魔法の鍛錬と言うのは、アレクセイも同じ厳しさだったのか?」

 アリ先生の質問に、アレクセイは頷いた。

「そうだ。子供時代に昏倒を繰り返し、体内の魔法燃料の濃度を上げておくのは、グルニアの高位魔法使いでは当たり前の鍛錬方法だ」

「倒れるのですか?倒れたら死ぬと聞きましたが」

 驚いてローズが言うと、アレクセイは苦笑した。

「子供の回復力と言うのは大人より高い。倒れてそのまま死ぬ子供は少ない。だから子供は厳しい鍛錬を課せられる」

 女であるミラが、魔法を恐ろしく思うのは当然だ。そんなのは鍛錬とは言わない。これは聞いていなかったので、俺も驚いた。他の者達も皆考えている様子だったが、やがてハザク様が言った。

「成長が止まったのは、それが原因ではなかろうか」

 アレクセイが、驚いた様子でハザク様を見返す。

「……その様な事をして体内の魔法燃料の濃度を上げている事が、成長阻害の原因の可能性があるなら、調べる価値がある」

「だとしたら、もう私は手遅れなのではないか?」

「結論を急いではいけない。まずは調べなくては。そうさせて欲しい」

 ハザク様にそう言われ、アレクセイが渋々と言う様に頷く。

「ローズ殿」

 ハザク様がローズに言う。

「あなたの事も一緒に調べてよろしいかな?」

 ローズが戸惑っているので、俺が口を挟む。

「ローズを調べるのはどうしてですか?」

 ハザク様は言った。

「実はローズ殿が覚えたと言う魔法を、私もシュルツ陛下にお願いしてお借りしたのだよ」

 ハザク様はローズを黙って見据えてから言った。

「私は理解出来たが、使えば命を失う代物だった」

 ハザク様では扱いきれない魔法を、ローズは使っていたらしい。……ローズは驚いているが、俺は何となく理由が分かった。

 ローズには異世界の記憶がある。この世界に無い当たり前を色々と知っている。部屋の温度を調整する機械や何百人と言う人間を乗せ、馬よりも速く移動する乗り物……俺には説明されても想像出来ない事を、ローズは実際に記憶している。だから異常な事象を受け入れる土台があるのだ。魔法も、実際に自分の知識として取り込んでしまえば抵抗無く扱えてしまう。

 魔法を身構えずに手足の様に使う。アレクセイが以前言っていた、『魔法を練る』と言うのに、ローズは生まれ付き長けているのだ。

 一方、ハザク様は学者だ。魔法の理屈を頭の中で繰り返し考え、検証しているのだとすれば、アレクセイの言っていた、魔法燃料の無駄遣いがかなり起こっている可能性がある。

 ただ、この事を知っているのは俺とローズだけだ。周囲に教えるつもりもない。

「ローズを調べると言うのは、魔法を使わせると言う事ですか?だとしたら、それはご容赦下さい。ローズには魔法使いと言う自覚もありません。魔法を使ったのも一度だけだと聞いています。……体調に万一がある様な危険に晒す事は許可出来ません」

 俺の言葉に、ハザク様は残念そうに頷いた。

「確かにそうだな。配慮が足りなかった」

「いえ」

 ちらりと見ると、ローズは俺の方をじっと見ていた。笑ってやると、はっとして視線を逸らした。怒っていたのを思い出したのか。がっかりしながら、俺は続ける。

「ただ、知識を深める為に共に話を聞かせて頂く分には、俺も異議はありません」

 ローズははっきりと言った。俺との子供の将来に関わると。……俺と家族を持つ事を前向きに考えてくれている。俺にとっても歓迎すべき事だから否定する気はない。

「ローズ殿、どうだろうか?」

 ハザク様の言葉に、ローズは戸惑いながらも頷いた。

「そういうお話であれば、是非ともお聞きしたいです」

「では私の館に幾度か来てもらう事になるが……いいだろうか?」

「勿論です」

 ローズが、にこやかに応じる。……一人で行くつもりだろうが、そうはさせない。

「ローズを連れて、俺がハザク様の所へ行かせて頂きます。妻に関わるとなれば、俺も是非ともお聞きしたいので」

 ローズが、俺を音がしそうな勢いで睨んだ。過保護だと言いたいのだろうが当然無視だ。

「では、そうしてもらおう」

 ハザク様の言葉で、俺とローズはハザク様の所へ一緒に行く事が決定した。アレクセイも俺が一緒にナジームの館から連れて行く事になった。表向きは、女のグルニア人であるゾーヤを魔法学の権威であるハザク様の所へ連れて行って話をさせると言う事で話を通す事にした。俺は以前ゾーヤとの間にジュマ族から不貞の疑いがかかっていたので、ローズをゾーヤの世話も兼ねて同伴していると言う事にする。

 俺達三人が一緒に行動してもおかしくないだけのつじつま合わせが出来たので、これでハザク様の館に通うのは問題なさそうだ。

「俺は、何もしなくていいのですか?」

 ナジームが言うので、俺はもう一つの本題について話す事にした。

「実はナジームには、別に頼みたい事がある」

 俺は、アレクセイの処遇が決まった後、ウィニアを嫁に取って欲しいと言う話をした。

 アリ先生やハザク様にはあまり関係の無い話ではあったが、事情を知っていれば助けてもらえる可能性もあるので、聞いてもらう事にした。周囲の後押しは、気の小さなナジームには必要なのだ。

「ウィニアの養父であるランバートなのだが、俺が不在中にローズを巻き込んだ犯罪教唆を行っている。……ルミカ、説明しろ」

 俺がルミカに視線を向けると、ルミカが、マルク・カーンとアネイラをローズ経由であえて引き合わせたランバートの企てについて、話をした。

「俺が最初に王宮制覇の報を持って帰って来ていなければ、誰も気付かなかったでしょう。マルク・カーンの特殊な性癖について知っている者は少なかったので……」

 後はクザートの報告書と変らない内容だった。

 ローズがマルクの爪を魔法で染めたと言う事に関してのみ、ハザク様もアリ先生も目の色を変えていた。学者と言うのは、興味の無い話はさらっと流してしまう。ハザク様もやはり学者なのだと思う。

 二人からのローズへの質問は、俺が全て後日に改めてと言う事にして遮った。俺がきちんと本人から聞いて、精査してから話させなければいけないと思ったからだ。……前世の記憶持ちである事がバレるのは危険だ。特に学者と言うのは知識に大きな価値を見出す。絶対に悟られてはいけない。

「とにかく……アネイラが犯罪に巻き込まれたと周知されては、城で出仕を続ける事が困難になったでしょう。耐え切れずに命を絶つ恐れもありました。騎士としては許しがたい行いではありましたが、クルルス様の判断は最善だったと思っています」

 ルミカがそう締めくくる。

 俺はナジームに言った。

「ランバートに抜刀許可証を使うのはクルルス様の厳命もあるから控えたい。……ウィニアは元々オルレイ家、借り腹斡旋で犯罪に問われた男の娘だ。養父まで罪人となると、もうポーリアに置く事は出来なくなる」

 ナジームは丁度その時中層の隊長だったから、詳しい経緯も知っている。

「それで、俺にウィニア殿の後ろ盾になれと言う事ですか?」

「そうだ。出征の事もあるから、多少の無理も利くと思っている」

「筋書は、どうされるつもりなのですか?」

「アレクセイが居なくなった後、ゾーヤは慣れない環境で病死したと言う事にしようと思っている」

 ナジームが悲しそうな顔になった。

「俺は、本当に嗜虐趣味などないのですが……きっと言われるでしょうね」

 言われる。……全部顔のせいだ。花の世話が好きで攻撃性の殆ど無い男だと言うのに。

 俺は続ける。

「その後、病死した婚約者の代わりに、出征の褒美として嫁を望んだと言う事にする。お前は俺の副官で、一番長く出征していた騎士だ。応じないとはクルルス様も言えない」

「俺はそんな大それた願い事、クルルス様にしませんよ」

 求婚よりも、球根の方が大事だからな。

「良いから、そういう事にしろ」

 更に続ける。

「そこで、クルルス様と俺が相談してウィニアを指名したと言う事にする」

 ナジームがぎょっとして俺に言う。

「王命では拒否できないではありませんか!ウィニア殿が可哀そうです」

「ウィニアは、ザイル家に入ったとは言え、元罪人の娘で嫁ぎ先がポーリアでは無い状態だ。政治的な意味も無いし、批判の出ない縁談になる。助けると思って嫁に取れ」

 ナジームは不服そうだ。

「そこまでするなら、ザイル家の人脈で海外へ嫁いだ方がいいのではありませんか?」

 分かっていない。こいつは全然分かっていない。俺は腕組して、ナジームを睨む。

「いいか?上層の侍女は慢性的に不足している。ウィニアが居なくなったら、ローズもディアも忙しくなる。俺と兄上が困るのだ」

 ナジームは眉間に皺を寄せる。怖い顔が更に怖くなる。……殺気が全然ないのだが、慣れていないと、かなり恐ろしい形相だ。

「姉のリンザはウィニアと仲が良い。ウィニアが海外へ行くとなれば残念がるだろう。知っての通り、リンザはラシッドの嫁だ」

 ナジームは呆れた様子で言う。

「完全に上位騎士の私情ではありませんか」

「そうだ」

「まだ成人して何年も経っていない娘を、そんな都合で俺に宛がうなど、良くないと思います」

 顔に似合わない消極的な意見がナジームの口から出る。……どうしてこの顔なのか。

 アリ先生が言った。

「ナジーム、お前は自己評価が低い。お前の優しさは、少し一緒に居れば理解で来る。そう悲観するものではないよ」

「そうです。セレニー様もナジーム様の事はとても信頼なさっています」

 ローズの言葉に、ナジームは苦笑する。

「騎士として当たり前の事をしただけです」

 こいつは本当に良い奴なのだ。良さが、顔のせいで伝わらない。

 ナジームは、ポートにセレニー様が来たばかりの頃、ローズと引き離され、悪意のある侍女達に翻弄されていたセレニー様を庇った事が何度かあるのだ。……護衛として部屋に居るのは恐ろしいと言っていた侍女達と違い、セレニー様はすぐにナジームの本質を見抜いて信頼してくれた。あの当時、俺達にとっては、それだけでセレニー様は、見る目のある王妃と言う親しみが湧いたのは言うまでもない。

「女に気絶されたり泣かれたりするのが嫌なのは、俺も経験しているから理解出来る」

 俺も強面だ。しかも上背があって筋肉も付いているから、恐れられていた。……ローズが来るまでは。

「だったら、もっと若い騎士との縁談にしてやって下さい。年齢的にも見た目的にも、俺は問題があり過ぎます」

「俺はローズを嫁にもらって変わった」

 ローズの影響があって、俺は異能漏れが止まり、表情が表に出る様になった。周囲の反応も変化した。今では中層の侍女達も、俺を必要以上に恐れないで普通に接してくれている。

「ウィニアが可哀そうだと諦める前に、罪人の子である事に引け目を感じているあの子を助け、お前自身も良い方に変われないかと、俺は思っている」

 ナジームは首を横に振る。

「見守る事なら出来るかと思いますが……俺に嫁ぐなど、ウィニア殿にとっては天災と変らないでしょう。あの子の幸せを願うなら、俺は辞めた方がいいです」

 俺はナジームの反応に引っかかる。天災とまで言うとは。

「ウィニアと、何かあったのか?」

 ナジームは渋々と言う様に言った。

「殺さないで欲しいと、泣かれました」

 グルニア人達を拘束していて激務だった頃、ウィニアと上層の廊下でナジームはぶつかった事があるらしい。物凄い勢いで謝られた上に、泣かれたそうだ。

 ナジームはしょんぼりと肩を落とした。

「俺は可愛いものが好きです……。あの子に泣きながら命乞いをされたのは堪えました」

 かける言葉が無かった。

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