表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
英雄と魔法喰いの誕生
124/164

ローズの本音

 使用人達は大喜びで私達を出迎えた。

 ここの家には使用人として、バウティ家に仕えていた元従家の騎士が何人か居る。そのせいか、無償でも働きそうな勢いの使用人が多い。私達が二人だけでエルムスに行く事に、皆がっかりしていたのは知っている。仕える主が館に戻って来たのに、すぐに居なくなってしまったのだから当然だ。

 我が儘かも知れないが、もっと二人で一緒に居たかっただけに、私は館の様子に複雑な気分になった。

「もう戻って来たの?」

 奥から速足で出て来たのは、ルミカだった。

「お前、まだ居たのか?」

「兄上の代わりに面会を断り切れない人の相手をしていたのに、それは酷いですよ」

「誰だ?」

「イルハム殿」

 誰?私を置いてきぼりにして、兄弟は話を続ける。

「元気だったか?」

「リンザ殿の飯で復活したらしいですよ」

「……栄養失調だったのか?」

「まさか。ラシッドと好みの女も一緒だったのでしょう?それで元気になっただけですよ。我が家はジルムート様のお陰で良い嫁をもらいましたが、ルミカ様はまだですか?だってさ!ムカつく」

 思い出した。イルハム・グリニス。ラシッドの父親だ。

 どういう人か知らないが、今のリヴァイアサンの騎士達の父親世代で、唯一生きている人だ。私がポートに来てからナジーム、コピートの父親が亡くなっている。

 普段、父親世代の事を悪し様に言うか、黙っている二人の雰囲気と違い、何故か雰囲気が柔らかい。

 談話室に入ってお茶が出てくると、私は早速興味のままに聞いた。

「イルハム様と言うのは、どういう方なのですか?」

「ラシッドの親父。ラシッドをそのまま老けさせたくらいそっくりな見た目。年は五十歳くらいの筈」

 ルミカが言う。……ジョゼより若いのか。

「イルハム殿はね、ラシッドと同じで、グリニス家独特の考え方で動いていたから、序列が下でもオズマの言いなりにならなかったんだ。俺達は恩があるから、あの人の事は邪険に出来ないんだよ」

 イルハムは、オズマのやり方では、リヴァイアサンの騎士が滅びてしまうと考えて、当時序列二席であるジルムート達の父親、ファルク・バウティが死んだ後、苦境に追い詰められていたバウティ家の兄弟を、こっそり支援したらしい。

「俺とクザート兄上が、どうして上層のルイネス様の所へ無事に行けたのか。あの当時は分からなかったけれど、イルハム殿がそう言う風に手を回していたと後で分かったんだ」

 子供二人が一国の城に忍び込み、王の居室に侵入する。そんな事、普通ならあり得ない。しかし序列上位者がそう指示を出していたのだとすれば、可能だった筈だ。

 ジルムートも頷く。

「グリニス家はリヴァイアサンの騎士の血を尊ぶ。そういう考えに基づいて、俺達は生かされただけらしいが、恩があるのは確かだ」

 オズマ・カイマンのせいで、大勢の人が辛い思いをした時代がある。しかし改めて話を聞けば、その当時の人達が悪人ばかりだった訳ではない様だ。

 ルイネス様も、アリ先生も、そしてイルハムも、オズマに抗いジルムート達を救ってくれた。だから今があるのだ。もしイルハムに会える機会があったら、感謝しようと思う。

「ところで、どうして戻って来たのですか?」

 ルミカの言葉に、落ち込んでいた現実が蘇る。……そう、二人だけの休暇は終わってしまったのだ。隣に居るジルムートに説明は任せる事にした。

「兄上から不在時の事を教えてもらったから、ランバートの所へ行って直接事情を聞いて来た」

 ルミカが苦い顔になった。

「どうするつもりなのですか?」

「俺としては、ウィニアをこのままランバートの側に置くのは得策ではないと判断した。ウィニアはリンザの妹だ。……あの子が真相を知って傷つく事があれば、ラシッドが黙っていまい」

 私はラシッドがどういう人間なのか思い出す。基本的には、リヴァイアサンの騎士に無害か有害かでしか判断しない。

 彼自身もリヴァイアサンの騎士だ。ジルムートの妻である私が巻き込まれかけ、リンザが悲しむ事態になったとすれば、ラシッドは、ランバートを害のある人間と判断する。ラシッドは王命など無視するだろう。偽装して殺してしまう。それをジルムートは避けたいのだ。

「出来るだけ速やかにウィニアを嫁がせ、ランバートから引き離したい。今度こそウィニアの立場の揺らがない、しっかりとした家柄を考えている」

「で?誰にするのですか?」

「ナジームに頼もうと思っている」

 ルミカが明らかに嫌そうな顔をした。

「ナジームにはゾーヤが居るでしょう?どうするつもりですか?」

 そう言えばナジームはグルニアから婚約者を連れてきている。どうするつもりなのだろう。

「それで段取りを整えなくてはならないから、明日、ナジームとゾーヤを呼んで話をしようと思っている。帰ってきたのはそういう理由だ」

 ナジームが先に結婚してしまうのが嫌なのか。ルミカはあからさまに不服そうな顔をしている。しかし、自分に紹介しろとは言わない。

「どうして、ルミカではダメなのですか?」

 思わずそう言うと、ジルムートは私の方を見て言った。

「アネイラの件があって、俺も兄上も、ローズとディアに責められると言う酷く辛い経験をした」

 どうやら、ディア様もクザートにかみついた様だ。

「兄上は出征前に結婚したかったのに、ルミカのせいで危うく関係が崩壊する所だった。俺はお前と別居状態になった。可愛い弟ではあるが俺達からは女を紹介しないと言う協定が結ばれた。お互いの家庭の為だ」

 ルミカは不貞腐れた顔のまま、お茶を飲んでいる。なるほど。だから私に侍女を紹介して欲しいと頼んできたのか。ルミカは、その後さんざんジルムートに居ない間の事を教えなかった事について文句を言われ、逃げる様に談話室から立ち去った。

「ルミカはルミカなりに大変だったのよ」

「ローズも巻き込まれていたのだろうが」

 心配そうにジルムートは私を見ると、私の体を抱き寄せた。

「どうして教えてくれなかったのだ」

 出征の間の出来事について、私は話をしなかった。……でも別に隠していた訳ではない。

「そんな話、忘れていたの。ジルも聞きたいと思わなかったでしょ?」

 恥ずかしいから小声で言う。

 ジルムートと甘い気分に浸っているのに、無粋な過去の事件など持ちだす訳が無い。少しの沈黙の後、ジルムートはため息を吐いた。

「……もう少し、あのままで居たかった」

 同じ様に感じてくれている。それだけで落ち込んだ気分が少し浮上した。

「私もよ」

「お前が恥ずかしがらなければ、俺はこの館でも同じ様に出来るのだが」

 そう言って私のおでこに頬ずりしてくるジルムートの顎を慌てて押す。

「やめて!ここ、談話室」

 びくともしないが、それでも頑張る。誰が入って来るか分からない場所でこれはダメ。

「じゃあ、部屋に行くか」

「明日はナジーム様を呼ぶのでしょう?」

「だから何だ?」

 私がエルムスから馬車に揺られてポーリアに来ている上に、かなりの深夜である事は考慮してくれないらしい。

「準備はジョゼ達に任せておけばいい」

 だから、その『起きて来られない女主人』は、絶対にやりたくないとあれ程言ったのに。私は侍女だ。そういう状況に慣れていない。睨んでいるのに、ジルムートは抵抗する私に立って手を差し出す。

「起こしてやる」

「本当?」

「ローズの魔法についても色々聞きたいし、実際に相談に乗って欲しい事もある。だからナジームとゾーヤに一緒に会って欲しい。だから起こす」

「本当に、本当だよね?」

「勿論だ」

 信じて、差し出された手を取った私が馬鹿だった。起こして欲しかったのはジルムートが起きる時であって、朝食の時間もとっくに過ぎて、来客の予定まで全て決まった後ではない。

「何でもっと早く起こしてくれないのよ!」

 食堂で遅い朝食を食べながら怒っている私に、ジルムートも軽く食べながら言う。早い目の昼食にするらしい。

「慣れて欲しい」

「こんなの慣れないよ!ルミカも居るのに、どんな顔をすればいいのよ」

「普通にしていればいい」

 これは多分、何を言っても通じない。ジルムートは、私の羞恥心を破壊しに来ている。言えば言う程、給仕をしている使用人の前で恥ずかしい思いをするだけだと悟り、私は話を変える事にした。

「……それで、ナジーム様はいつ来るの?」

「午後すぐだと聞いている」

「ルミカは?」

「同席する。あいつには使いを頼んでいるから朝から居ない。お前が、今起きたと知らない。安心しろ」

 付け加えられた言葉は無視して話を続ける。

「どこへお使いに行ったの?」

「ハザク様とアリ先生の所だ。同席してもらう」

 ……その二人が出てくるとなれば、魔法の話になるだろう。

「ねえ、ウィニアの嫁ぐ話なんだよね?」

「そうだ。ただナジームの嫁にするなら、どうしても片付けねばならない事があるのだ」

「ナジーム様のグルニア人婚約者の事?」

「そうだ。お前にも紹介する。ゾーヤがお前にとても会いたがっている」

「どうして?」

「それも後で話す。ナジームはゾーヤの事で困っているだろうから、きっと時間よりも早く来るだろう。早く食べて準備しておけ」

 何回も説明する手間を省く為だとは思うが、本当なら二人で甘い休暇の筈が、いきなりこうなってしまったのだから、少しは優しくして欲しい。

 私はジルムートを睨んで言った。

「仕方ないとは思っているの。ウィニアを放って置くなんて事も出来ないもの。でもね、私は納得していないのよ?」

 ジルムートがぎょっとした顔をする。

「一か月も二人揃ってお休みなんて、もう次は無いと思うの。……ジル、それをいきなり切り上げた事に対して、何か私に言う事はないのかしら」

 これくらいは言っても良い筈だ。一生に一度、食べられるかどうか分からない様なごちそうを食べ終わらない内に、お店を出てきた様なものだ。私には怒る権利がある。でも、謝らせてあげない。私を怒らせても、使用人の前ではごめんなさい。なんて出来ないでしょう?

 本当は、昨日の夜から泣きそうだったのだ。それを我慢して今に至っている。全部ジルムートの都合に合わせた結果だ。私の言い分だって聞いてくれてもいいのに。

 そんな事を考えていると、ジルムートがいきなり椅子から立ち上がり、私の足元に跪いた。私だけでなく、使用人達もぎょっとする。ジルムートは全く気にする様子も無く、私の手を握る。

「俺の配慮が足りなかった。……許してくれ。この埋め合わせは、出来得る限り考える」

「ジル!あなたはこの館の主なのよ。食堂でこんな事しないで」

 従家の騎士が尊敬するのは、強い主家だった筈だ。こんなの絶対に良くない。

「お前に捨てられたら生きていけない」

 使用人の一人が、持っていた金属のお盆を落として、乾いた音がした。

「そんな事言わなくても、私は何処にも行かないわ。……立ってよ」

「同じ館に居ても、お前は怒ると部屋から出て来なくなる。頼む、部屋に籠らないでくれ」

 反論出来ない。そうするつもりだったから。

「これ程長く離れていたのに、十日で寝室が別になるなど耐えられない」

「分かったからやめて、恥ずかしくて死にそう」

 思わず小声で呟くと、握っていた手を離して腹に抱き付かれる事になった。がっちりと腰にまわった腕を引きはがそうとしてみるが、当然びくともしない。

「ジル!」

 食堂の雰囲気が、一種異様なものになっている。

「お前が恥ずかしがるから、俺は館でも節度ある態度で接してきたつもりだ。アネイラと同居した時も、俺はちゃんとお前の言う事を聞いた。無理矢理連れ戻さなかった」

 くぐもった声が腹の辺りから聞こえる。……やめて。恥ずかしい。くすぐったい。

「そうね。感謝しているわ」

 すると、低い声がした。

「帰って来た途端、アネイラの所に行くと言った事は、反省しているのか?」

 ……ようやく悟った。ジルムートも怒っていたのだ。

「ごめんなさい。私も悪かったわ。だから……座って」

「休みの間はアネイラの所に行くな」

 ジルムートはどんな顔をしているのか分からないが、腹から地を這う様な声が振動と共に伝わって来る。想像以上に、アネイラとの同居を恨まれていたのだと思い知る。

「赤ちゃんが生まれても?」

「エルムスに居たら行けなかった。我慢しろ」

 これは……素直に従った方がよさそうだ。

「分かった。出仕する様になってからお祝いに行く」

 必死に言うと、ジルムートがようやく腕を緩めて離れてくれた。ほっとしていると、使用人達まで私と一緒に安堵しているのが分かった。

 ご飯を慌てて食べ終わり、ジルムートを立たせると、ぐいぐいと背中を押してジルムートの部屋まで行く。扉を閉めてから、私は低い声で聞いた。

「どういう事?あなた、いつからそんな演技が出来る様になったの?」

「演技ではない。ただ、俺にも簡単に出来ると思う手本があっただけだ」

「手本?」

「兄上に聞いたのだ。ラシッドの家の使用人がリンザに反抗的にならない様に、ラシッドがやった事を」

 リンザは使用人に見くびられ、出征中に館で酷い境遇に居た。ラシッドは、もうそんな事は起こらないと断言していたが……単に館にラシッドが居るから大丈夫だと言う意味だと思っていた。そうでは無かったらしい。

「リンザに抱き付いて、お前無しでは生きていけない!と使用人達の前で叫んだそうだ」

 ラシッドがそれをやったとすれば、恐るべき破壊力だ。……何て事を考えるのよ。私がため息を吐くと、ジルムートは言った。

「昨日の夜、ちゃんと話をするべきだった。それに関しては謝る。……悪かった」

「本当に、そうよ」

 そう言った途端、視界が揺れた。目が腫れると思ったが、涙は止まらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ