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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
英雄と魔法喰いの誕生
122/164

二人の休暇

 その後、天蓋の無い馬車で城までポーリアをぐるりと回る形で移動し、更に中庭に集まっている大勢の民衆に対して、クルルス様達と一緒に手を振る事になった。……ローズが終始強張った笑みを浮かべていたのは気になったが、俺も慣れない事態に似た様な顔をしていたと思う。

 そんな異常事態は、その日の間続いた。

 城で引き続き宴となり、俺との面識を作りたいと言う者達が押しかけて来た。人が途切れる事は無くて、深夜まで拘束される事になった。

 酷く疲れる一日が終わり、もう辺りが薄明るくなる頃、俺はようやく解放される事になった。

 クルルス様と二人、別室で茶を飲んで休みながら、今後の話をした。俺には一か月の休暇が与えられる事になり、ローズも一緒に出仕を休む事になった。

 その後は以前と同じ勤務になるが、外国からの賓客とクルルス様が会う際に、相手に挨拶をする機会が増えるだろうと言われた。仕方ない。仕事だ。

「ジル、帰って休め」

 クルルス様は俺にそう言って、にやっと笑った。

「王族の辛さが分かったか?」

「はい」

 素直にそう言うと、クルルス様は嬉しそうに何度も頷いた。

「お前は護衛をしながら、他人事の様に見ていたからな。一度、酷い目に遭わせてやりたかったのだ」

「なら、出征してみますか?風呂に入れないまま、何も無い荒れ野を散歩すると言う経験は、かなりいいものでした。帰りも潮流図を作りながら、昨日まで風呂に入れない船に軟禁状態でしたし」

 俺が言い返すと、クルルス様が慌てて言った。

「悪かった。お前が無事に帰って来て嬉しかっただけだ」

 クルルス様は立ち上がると、俺に手を差し出した。俺はそれを握って立ち上がる。

「出仕してきたら、またこき使ってやる。やるべき事が山積みだ」

「はい」

 こうして、俺はようやく城を出る事になった。

 ジョゼが馬車で迎えに来ていて、俺はそれで館に戻った。使用人達は皆起きていて、俺の帰りを待っていてくれた。

「ローズは?」

「宴から先にお帰りになった後、酷く顔色が悪いので、先に休まれる様にお願いしました」

「分かった。俺も休む。皆ご苦労だった。……自然に起きるまで放って置いてもらえるか?」

「かしこまりました」

 ジョゼと共に使用人達が頭を下げるのを見届けて、寝室へと移動した。自分の部屋で寝ているかも知れないと思ったローズは、俺のベッドで眠っていた。

 ローズの顔をじっくりと眺める。顔色は確かに白い。手に触れると冷たかった。死んでいる訳ではないのは息をしているから分かるが、ローズがそれ程疲弊する一日だったのだ。英雄の妻として振る舞うのは辛かっただろう。今日はまともに話す事さえ出来なかった。ローズの冷たい手足を温める様に背後から抱きしめて俺は目を閉じた。

 もぞもぞしているローズの動きで目が覚めた。

「何処に行くつもりだ?」

 手首を掴み、起き上がったローズに声をかけると、ローズはぎくっとした様子でこちらを振り向いた。

「あ……その、ちょっとだけ外へ」

「外?」

 俺が聞き返すと、気まずそうに言う。

「アネイラの所へ……」

「は?」

 夫が帰って来たのに、また友人か?俺が不機嫌になると、ローズは慌てて言った。

「もうすぐ出産だから」

「ルミカと別れたよな?」

「違う相手と結婚したの」

 ルミカは城の出来事は話をしたが、ポーリアの事を殆ど話そうとしなかった。みんな元気だったとか、相変わらずだったとしか言わなかった。……これが原因か。

「アネイラには夫が居るだろう?お前がそこまでする必要を感じない」

「そうだけど……近所に住んでいるのに、放って置くなんて出来ない」

「俺は放って置いてもいいのか?」

 ローズが言葉に詰まる。

「俺の扱いは、お前の中でどうなっているのだろうな?」

 嫌味を言うと、ローズはむっとした顔になった。

「私は、ジルムート・バウティが好きなのであって、ポートの英雄が好きな訳じゃない」

「目立つ事で矢面に立つのは俺の役目。序列一席の仕事だ」

「そうだとしても、ここまで凄い話に発展するなんて、聞いてなかった」

「何時、どんな状態で戻るかも分かっていなかったのに、そんな話を出来る訳がないだろう」

 ローズの機嫌は凄く悪い。帰って来てようやく話せるようになった途端に喧嘩など俺は望んでいない。このまま逃げられては困るので、腕を掴んだまま体を起こす。

「昨日は凄く綺麗だった」

 ローズの不機嫌な顔が少し緩む。

「俺の贈った腕輪もしてくれていたな」

「合う様にドレスを作ったの。どうしてもはめて出迎えたかったから」

「そうだったのか。ありがとう」

 ローズは俯いてしまう。

「どうした?」

「ジルと出かける約束をしていたのに、こんな状態じゃ、何処にも行けないよ……」

 戻って来たら一緒に出掛けようと約束した事を思い出す。ローズが唐突に顔を勢いよく上げて訴える。

「お休み、一か月もあるんだよ?ずっとここに居るの?」

「そうだなぁ。……とりあえず飽きるまではそれでいいんじゃないか?」

「え?」

 驚いているローズの腕を引っ張り、抱きしめる。

「やっと帰って来たんだ。まずはローズと誰にも邪魔されないで一緒に過ごしたい」

「そう言うのは……その、不健全と言うか……」

「不健全なものか。俺達は一年半も離れて暮らしていたのだぞ?それくらい許されていいと思っている」

「でも、使用人も居るし……」

 ローズがもじもじとしてそう言う。

「気になるか?」

「うん」

 考える。このままポーリアに居ても、俺の所に押しかけて来る者が大勢居て休まらない。二人でゆっくりできる訳が無いのだ。何よりアネイラに子が産まれれば、ローズは今の状況から逃げ出す口実にするに決まっている。そうなれば、ローズがアネイラの所に入り浸る事も考えられる。絶対に認めない。

 だったら休みの間だけでも、別の場所に移動すればいい。ローズが嫌がるなら、使用人達はこのままにして、二人で別の場所で過ごせばいいのだ。

「分かった。何とかする」

 そんな訳で、俺はエルムスの町にローズと移動する事にした。

 エルムスは、ポートで死者の海へ死者を送る町だ。エルムスに住む者は、殆どが死者に関する仕事に就いている。死者は休みなど無関係に運ばれてくるから、彼らはエルムスを殆ど出る事が無い。つまり、俺の顔を知っている者が殆ど居ないと言う事になる。

 エルムスは死者の海へと毎日船を出している港なので、明るい雰囲気の町ではない。ただ俺は、ローズがアネイラの所に簡単に行けなければ、何処でもいいのだ。

 小さな借家を借りて、偽名を名乗って過ごす事にした。ここでの名前は、俺がクザートで、ローズがディアだ。商人で荷が到着するのを待っている間、ここで過ごすと言う名目で家を借りた。ポーリアの宿は整備されている分高額で、近隣の町や村で商人が荷待ちの期間、安い借家を借りる事はよくある事なのだ。外国人の妻を連れているのも珍しくない。そんな訳で、堂々とよそ者として都合の良い時間を過ごす事が出来るのだ。

 ローズは小さな借家を見て、凄く喜んだ。

「パルネアの家がこんな感じだったの」

 満面の笑みを見て、連れて来て良かったと思った。とにかく俺達は仕事の無い日常を楽しむ事にした。俺が掃除、洗濯、料理を一通り出来ると知って、ローズが凄く驚いたのが面白かった。手伝いをしたら、物凄く不思議そうな顔をされたのだ。

「知らなかったのか?」

「知らなかった」

 素直に言うローズに笑って応じる。

「俺達は、船の中でやらねばならない事は一通り出来る様になっている。出来ると言うだけで、洗濯を干すのも取り込むのも嫌いだけどな」

「どうして?」

「船の上と言うのは、風が強い。しかし天気の良い日に甲板で洗濯を干すとすぐ乾く。……問題は、海に飛ばされたら、もう戻って来ないと言う事だ」

 俺が言うと、ローズが思わず吹き出す。

「それは責任重大だね」

「だから好きじゃない」

「教えて。誰の服を飛ばしたの?」

 ローズの言葉に、俺は暫く考えてから正直に答える事にした。

「ナジームの下着だ」

 海洋訓練中、まだ日程が残っていると言うのにナジームは替えの下着を失う事になった。俺がまだ十八の頃だ。未だにあの時の事は、俺の失敗談としてクザートやルミカ達に、酒の肴にされている。ナジームは、その話が出ると泣きそうな顔になって何処かに行ってしまう。何度謝った事か。

 ツボに入ったのか、ローズは暫く笑っていた。

 そうして八日程過ごした後、クザートが借家にやって来た。

「もうそろそろ邪魔してもいいかと思って、様子を見に来た」

「夫婦共々、名前を借りてしまってすいません」

 偽名として名前を借りている事の礼を言うと、笑顔で首を振られた。

「構わない。お前は最後まで残って頑張ってくれたんだから。名前くらい好きに使え」

「お茶、淹れて来ますね」

 ローズがそう言って立つと、クザートは真面目な顔で言った。

「出征中に起こった事とその後の対処について、俺が見聞きした事と、実際にやった事を書き留めてある。ローズちゃんの知らない事もあるから、読んだら燃やすか海に捨てろ」

 紙の束をまとめた冊子を見て、本当に色々あったのだと思い知る。

「分かりました」

「それと、ローズちゃんには、もう俺から危ない行いについては十分に注意してある。……俺は過去をほじくり返して、お前達の夫婦仲を悪くしたい訳じゃない。ジルには知る権利があると思うから情報提供するだけだ。いいな?」

 クザートは全て処理済みだから、事実を知るだけに留めろと言っているのだ。

「理屈は分かりますが、保証はしかねます」

「そうだろうな。……ほどほどにな」

 ローズが戻って来る前に、俺は冊子を部屋の戸棚の上に隠した。

 ローズが眠った後、深夜になってから俺は一人でランプの明かりの下、クザートの書き記した冊子に目を通す事にした。内容は想像を超えていて、すぐに受け入れる事は出来なかった。

 クザートはローズが魔法を使った事に俺が腹を立てると思ったらしいが、俺は落ち込む事になった。ローズはまた人が刺される現場に居たのだ。この現実が、何よりも俺を打ちのめした。そんな時に側に居てやれなかったのだ。悔やんでも悔やみきれない。

 シュルツ陛下が刺された事は知っていたが、ローズがすぐ側に居て一部始終を見ていた事は全く知らなかったのだ。

 内容を整理していくにつれて、ローズが侍女と言う身分の低さにありながら、俺の妻でもあると言う複雑な立場に居る為、様々な事件に巻き込まれた事に気付く。……序列一席の妻として、それには応じられないと突っぱねさせたいが、ローズにそれが出来るとは考え辛い。そういう部分も込みでローズだ。

 俺は守り切れると思っていた。それだけの強さがあると自負していた。しかし蓋を開けてみれば、俺はローズが本当に助けを求めている時に助けられていない。誘拐の時も、シュルツ陛下が刺された時も。そしてランバートの陰謀に巻き込まれた時も。俺はいつも大事な場面で守れていない。

 それでもクザートの手書きの冊子を読み進め、居ない間の事を理解していく。

 シュルツ陛下は、大勢にとって良くても一部から強い批判を集める方法を取る。改めて刺された事件の内容を検分するに、命令して騎士達の警備も手薄にした節がある。ローズが魔法を使う所を議員達にしっかりと見られる様にしたら、警備がすっかり手薄になってしまったのだ。……もし事件が起こらずにローズが魔法を使っていたら、その後どうなっていた事か。眉間の皺が深くなったのを自覚する。ローズはミラも許したらしいが、俺はシュルツ陛下もミラも許せる気がしない。

 マルク・カーンが女を痛めつけて喜ぶ変態で、アネイラが危うくその餌食にされる所だったと言う事件も酷い。ルミカはクルルス様からの厳命で命を取らなかったらしいが、問題は、ルミカがマルクを殺さない為にローズを見届け人として連れて行った事と、ローズがマルクに対して振るう力、魔法を持っていたと言う事だ。

 ローズの魔法で爪を真っ赤に染められ、マルクは数か月家に引きこもり……ああなってしまったらしい。しかも、嗜虐的な性癖は直っていない。より一層酷くなったらしい。

 クザートは、マルクがグルニアで嗜虐性を発揮して自滅しては生かした事が無駄になると考え、カーラ・ファルマーを侍女としてマルクに与える事にした。これは、一陣の帰還祝賀会で俺がカーラに侮辱された事に対し、クザートが騎士団代表としてパルネア大使館に求めた代償だった。

 夫であるジェフは最初抵抗したらしい。しかしクザートは折れなかった。立ち聞きした事まで宴で吹聴する様な夫人を連れた職員は信用できないと言い放った。カーラは必死に今までのディアやローズに対する行いを懺悔したが、それが逆にジェフに決断させるきっかけになった。……本当にやっていると思っていなかったのだ。カーラは、夫も長年騙していたらしい。

 ディアの服に針を仕込み、ローズとアネイラに小瓶の水を事あるごとにかけたのは事実だった。ジェフは取り繕う事の出来ない恥を二度も晒し、カーラに見切りをつけた。

 クザートはディアを傷つけたカーラを絶対に許さない。だから鬼畜に与え、ポートに二度と現れない様にした。俺もその行動を否定する気は無い。ただローズが一生知らなくても良い事だとも思う。

 俺はクザートの言う通り、外に出て冊子に火を付けて燃やした。

 燃える冊子を見ながら、俺はランバート・ザイルの所に行く決意をした。ランバートがローズを陥れようとした。何故そんな事をしたのか、俺にはそれを見極める必要があったからだ。

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