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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
ポーリア騒乱
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戻って来る日常

 クザートが戻って来て、城の業務はコピートからクザートに引き継がれる事になった。それに伴い、城の警備とポーリアの自治が一気に強化される事になった。

 精鋭の騎士が多く帰還した事で、城の空気は一変した。

 中でも大きく変わったのは、ポーリアの守護神がもう隠れ蓑を使わなくなった事だ。

 クザートは、表向きジルムートを最高責任者にして、治安維持の権限を自分が握っている事をずっと隠していた。……帰還と同時に、それを止めたのだ。

 治安が最悪の状態で、シュルツ様が刺された。暴動が起こりそうなポーリアを何とか安定させたのはルミカだと後で聞いた。ルミカは自分の知り合いだと言う商人達を使って暴動の不安を煽り、商人達に暴動を起こしそうな者達や場所を即治安部隊に密告する様に呼び掛けた。元々議員排出層である商人達は身の危険を感じていたから、自分達の身を護る為にも騎士達に暴徒の情報を提供し続けた。お陰で白昼に強盗を行っていた一団まで捕まったらしい。

 ただシュルツ様が無事に回復し、騎士団の帰還祝いで湧くポーリアでは、再び治安が悪くなり始めていた。商人達が身の危険を感じなくなり、通報が減ったのだ。

 そこへクザートが戻って来た。コピートは心底安堵していた。それ程に、クザートの騎士団や治安維持部隊への影響力は大きいのだ。ポーリアの守護神の存在に、皆安堵している。

「朝礼を始める。序列二席に敬礼」

 ラシッドの号令と共に、騎士の間に集まっている騎士達がざっと一糸乱れぬ動きで敬礼をする。

 私は何故か呼ばれ、こっそり端っこに控えてクザートの朝礼を聞く事になった。

「シュルツ殿下とミラ姫の出立式典を控え、より一層取り締まりを強化しなくてはならない。そこで、城内から騎士を部隊長としてポーリアに配属する事を予定している。後で通達のあった者は、持ち場を離れる事になるが、暫く治安維持に努めて欲しい」

 これは、勝手に犯罪者を殺せない城外の騎士達に城の抜刀許可証持ちの騎士を付ける事で、問題を現行犯で処理しろと言っているのだ。日本の現行犯逮捕とは違う。恐ろしいから先は考えない事にした。

「尚、上層の侍女として働くローズは俺の義妹であり、ジルムートの妻である事は周知の事実かと思う。シュルツ殿下が兇刃に倒れられた際に、すぐ側に居たと報告を受けている」

 いきなり話題に出て周囲を見回すと、残留していた騎士達の顔色が一気に悪くなった。

「当日議会の警備担当をしていた者達は騎士位はく奪に相当するが、シュルツ殿下の願いもあり、騎士位はく奪には猶予を与える。心して励め。話は以上だ。解散!」

 クザート……この使い方は酷い。中層の議会勤務だった若い騎士達は真っ青になっているし、当時現場の責任者だったフィルは、唇を引き結んで俯いている。騎士達が部屋を出て行く中、私とラシッドとフィルが、クザートと共に騎士の間に残った訳で、やはりフィルは私に頭を下げる事になった。

「申し訳ありませんでした」

「いえ、フィル様が迅速な処置をして下さったお陰で、シュルツ殿下は一命を取り留めました」

 ラシッドが厳しい顔で言う。

「ローズ様、他国の王族が刺されるまでの事件に発展しているのに、警備担当者を庇ってはいけません」

 クザートも頷く。

「一般人である議員に動きを阻止される様な無様な警備は許さない。暫くポーリアで反省して来い」

「はい……」

 つまり、ポーリアの治安維持部隊へ出される城の騎士は、あの日の警備担当者全員がほぼ決定している事になる。フィルの退出を見送り、騎士の間でクザートがため息交じりに言った。

「出征中に心配していたんだよ。魔法をローズちゃんが覚えて使ったらどうしようって。……まさか本当になるなんてね」

 ギクッとして慌てて言う。

「使っていません」

 クザートが真面目な顔で私を見据える。

「俺に対する口止めはされていないとルミカから聞いているよ」

 ルミカ……その辺りは察しなさいよ!ジルにだけ伝わらなきゃいいってものじゃないでしょう?

 クザートは続けた。

「特に体調も悪くなっていないみたいだけれど、もう使ったらだめだよ」

 口調は柔らかいが、視線は厳しい。

「はい」

「これも聞いたんだけど、一度も使った事が無かったのにいきなり使ったそうだね」

 これは……お説教モードだ。マズい。

「大体、未知の力を安易に使うなんて軽率な事をすれば、ジルでなくても心配するのが当たり前だろうに、君は序列一席の配偶者なのだから、もう少し慎重に……」

 さんざんお説教される事になった。私がここに呼ばれた目的は、これだったのだ。誰も助けてくれないので、こってり絞られてしまった。腹が立つのは、ラシッドが少し後ろで頷いている所だ。こいつ……絶対に面白がっている。

 ようやくお説教が終わり、話はシュルツ殿下の式典の話になった。

「実は、出立式典と同時に帰還祝賀会が城で行われる事になった」

「え?」

 ディア様……国家レベルの危機!

「祝賀会だけになって、結婚の披露目の宴は別途やる事になった。俺は城で一緒にやりたかったんだけど、モイナが城に入れないから別にしようとディアが言うから」

 何て素晴らしい機転。ディア様は危機を脱した。

「そういう事で、ディアに侍女として祝賀会を仕切らせる訳にはいかない。当日はディアとリンザ殿は客だから、ローズちゃんにそこの所はお願いしたいんだ」

「分かりました。ディア様とリンザのドレス姿を楽しみに仕事をさせて頂きます」

 祝賀会となれば、侍女のお仕着せとか普段着と言う訳にはいかない。

 そこでラシッドが言った。

「リンザがドレスなんて着た事が無いとわめいていたので、助けてやってもらえませんか?」

「プリシラが適任かと思いますが」

「頼んだら、ポート人の服には興味が無いから、それなりにまとめるけどいいかと聞かれたそうです」

 プリシラ……仮にも同僚なんだから、少しは友情を持って接してあげなさいよ。

「そう言う話なら、私に任せて下さい」

「助かります」

 ラシッドが妻思いの旦那さんをしている事自体が天変地異の様に凄い事なのだが、変化と言えばミラとシュルツ様もかなり変わった。

 セレニー様は、それで最近怒っていて、シュル様の所に行こうとしない。理由は簡単。シュルツ様とミラの間に入り込めない雰囲気があるからだ。

 傷で動けないシュルツ様を、献身的に看病したのはミラだった。

 外国まで来て牢屋にまで入ったお姫様だから、根性が違った。自分を庇って怪我をしたシュルツ様の為に必死だったのだろう。必要な事を全部覚え、やって見せたのだ。

 着替えを持って来るプリシラに色々と質問をして、あらゆる侍女の仕事を覚えたのだ。夢中になると極めたい人であるらしく、侍女の仕事で出来そうな事は片っ端から覚えた。

 そうしている内に、シュルツ様を支えて一緒に庭園を散歩しているのを見る様になった。

 動かないと、パルネアへの長旅に体が耐えられないから、医者から少しずつ運動をする様に言われたらしい。その支えがいらなくなり、二人で語りながら歩いている姿が度々目撃される様になってくると、セレニー様の機嫌が一気に悪くなった。

 ミラではなく、シュルツ様の変化がお気に召さないのだ。

「お兄様が……あんな目でミラを見るなんて、納得できないわ!」

 さすがに付きっきりで献身的に長期のお世話を受ければ、何かが芽生えても仕方ない。相手はすっかり改心している上に、美女だし。

 私は苦笑してセレニー様に言う。

「誰をお妃様に迎えようと、シュルツ様にとって、セレニー様は特別ですよ」

 焼き餅だ。妹として、女で一番身近だと言う気持ちが壊されてご機嫌斜めなのだ。

「少々お待ちくださいね」

 こういう時には、最高の効果を発揮するあの方に登場して頂く事にする。

「ははうえ~」

 別室から抱いて連れて来たのはカルロス様だ。

 少し浅黒い肌だが、緑色の目で金髪。今のところ、顔立ちはパルネア王家から受け継いでいる様に感じる。

「カルロス、いらっしゃい」

 カルロス様は、お姫様育ちのセレニー様が抱っこするには重くなってしまったので、ソファーに座っているセレニー様の膝に座らせる。

「カルロス様、大好きなのは誰ですか?」

「ははうえ~」

 セレニー様はさっきまでの事を忘れたように、カルロス様を抱きしめて頬ずりをする。

「私も大好きよ!カルロス~」

 ディア様が言うには、もうすぐ何でも嫌だと言う時期に入るらしいのだが、今のところまだその兆候はない。

 カルロス様は、侍女にも大人気だ。とにかく可愛いとしか思えない。城に小さな子が居ないので、勤める者達が全員で成長を楽しみにしている王子様だ。

 セレニー様はカルロス様を抱いたまま言った。

「クルルス様と話をしているのだけれど、カルロスに友達を作ってあげたいの。……できれば、ファナとアネイラの子がそうなってくれたらいいと思っているの」

 コピートの子はリヴァイアサンの騎士だからほぼ間違いなく同じ男の子だ。問題は、コピートが喜ばないだろうと言う事と、異能の制御が上手くできない内は会わせられないと言う事だ。

 アネイラのお腹の子は産まれないと性別が分からないが、カルロス様と同じでパルネア人ハーフだ。父親は元騎士で母親は王妃付きの侍女。パルネアであれば問題なく乳兄弟になれるが、ポートではどうなのだろう。

「クルルス様は何とおっしゃっていますか?」

「自分にもジルムートみたいな友達が居たでしょう?だから賛成してくれているのだけれど、問題は王族が城から殆ど出られない事なの」

 法律に詳しくない私にも分かる様にセレニー様は続ける。

「ジルムートが十歳で城の地下に何週間も閉じ込められたと言う事があったでしょ?お義父様が未成年の子供が城に入る事を禁じた法律がまだ残っているの。ミハイルの事もあったから、法律を撤廃する事にクルルス様が慎重なのよ。分かるのだけれど……カルロスがこのまま一人で育つのかと思うと心配なの」

「焦らなくても、カルロス様は良い子に育っています。きっと必要な時には上手く行きますよ」

 セレニー様は、カルロス様に与えられるものをできうる限り与えたいと思っている。今、セレニー様は、カルロス様には同じ年ごろの話し相手が必要だと思っている。

 シュルツ様の怪我が治り、セレニー様は政治家として手腕を振るいつつ、夫思いで子煩悩な母親の姿を取り戻しつつある。ただ……頭のとても良い人なので、いつも先を見据えて色々と考えている。そんな事をずっとしていては疲れてしまうから、たまには何も考えずにカルロス様やクルルス様と過ごされたらいいのにと思う。

 忙しい方が色々考えなくて良いと言うけれど、忙し過ぎる。

「お時間です」

 ルルネの小さな声に頷き、私は再びカルロス様を預かった。会議の時間なのだ。

「カルロス、いってきます」

「いてらっしゃい」

 カルロス様が小さな手を振ると、名残惜しそうにセレニー様は部屋を出て行く。これがセレニー様の選んだ道だ。真面目な王族は遊んでなどいない。大変だと思う。

「カルロス様、では私とお外に行きますか?」

「いく」

 そんな訳で、一緒に庭園へと出て行く。

 子供を可愛いと思う気持ちは、あまり無かった。欲しくなかったのだから当然だ。しかしカルロス様のお世話をしている内に、子供は可愛いのだと思う様になった。

 子供の世話が地獄の様に大変なのは理解している。病気になると徹夜の看病だし、夜中に何故か分からないが、ずっとぐずって泣いている事もある。ご飯だって好き嫌いや波がある。あまり食べない時には、おやつを食べ過ぎだったのかと、あげた侍女が青くなる事もある。

 ディア様が言うには、モイナと比べて体がしっかりしていて大きいが、病気をしやすいと言っていた。医者に相談したら、外で遊ぶ時間が多い子は丈夫になると言う事なので、庭園で遊ぶ時間を多く作る事になった。カルロス様が用水路に落ちない様に、遊べる範囲は超えられない垣根で囲われていて、騎士も必ず二人以上見守る事になっている。

 セレニー様は凄く心配しているけれど、皆でここまでやっているのだ。カルロス様が悪い子になるとは思えない。そんな話をしたら、ディア様が言った。

「ローズ、生まれつきの悪人なんてそうは居ないのよ。だから親と言うのは、いつも考えて心配し続けるの」

「モイナの事も心配するのですか?あんな良い子なのに」

「最近は良い子じゃないわよ。クザートと言う父親がいる事に安心したのかしらね。……素直だったのに、私に対して生意気な事も言う様になったのよ」

 モイナは、ディア様が働き過ぎだから、家族三人で一緒に過ごす時間が少ないとか、もっとおしゃれにしていないと、お父様に愛想を尽かされるとか言うらしい。

「私しか頼れないと思って、大人しく我慢していたのだとしたら、可哀そうな事をしたと思っているの」

「言われたままにしているのですか?」

「勿論、そこは言い合いよ。クザートもびっくりするくらいのね。私達、パルネアでは喧嘩なんてした事無かったのよ。素直で良い子って言うのも問題があるのだと、今になって気付いているの。……大人にとっての良い子が、子供にとっての幸せかどうかは別なのよ」

 そう言うディア様の笑顔は、以前にも増して柔らかく綺麗だ。

 ディア様も、クザートに頼れる事が安心に繋がっているのだ。心細い思いをしないで自分らしく生きられる環境と言うのは、とても大事だ。この日常が続いて欲しいと心底思う。

 周囲が日常を取り戻す中、ジルムートが居ない。……私の日常に欠かせない筈の人が居ない日常。苦しかったそれに、私は慣れつつあった。

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