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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
ポーリア騒乱
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大きな子供

 ルミカは完全に話を聞く気で居る。ラシッドも、事情を話す気らしい。

 リンザの事が心配でラシッドを探していた訳だが、目の当たりにすると、こいつが人の感情を透かし見て、精神に突き刺さる物言いをする嫌な奴だった事を思い出す。

 ジャハルの言っていた先読みの話だが……こいつは人の感情まで読み取る。アネイラの天然直球発言とは違う。効果を理解した上であえて言うのだから質が悪い。

「その様子だと、こちらも色々と知りたい情報をお持ちの様ですね。答え合わせが早くできそうです。ここに来て良かった」

 一瞬背筋が冷える様な笑顔に、思わず飛び跳ねそうになる。

「こら、ローズを脅すな」

「え~」

「とにかく上がって下さい。……生憎、ご飯はそんなに沢山用意していませんが、良ければ食べてください」

「今の俺はそんなに食べないので、安心して下さい。一人前で足ります」

「え?」

 信じられない言葉に、私がきょとんとしていると、ラシッドは言った。

「出征仕様でまだ消費を抑えているので、飯は沢山いらないのですよ」

「その話もローズにならしてもいいよ。俺もお前の体感は詳しく知りたい所だし」

 リヴァイアサンの騎士の異能絡みの話の様だ。ルミカがそう言った以上、安心して話せるこの館の中で色々と話をしたいのだろう。

 何故この館で一緒に食事をしているのか分からない三人で、食事をしてから、談話室で話をする事になった。

 騎士と言うのは、基本食事中に話をしない。家族とであれば話しながら食事もするが、今回ラシッドは私の夫の部下で、ルミカの部下と言う立ち位置にある。当然食事中に会話はしないと言う事になるのだ。

 談話室で私がお茶を淹れて差し出すと、ラシッドはそれを飲んで嬉しそうに言った。

「やっぱりローズ様のお茶はおいしいですね」

「それはどうも」

 リンザに言ってやれよと思いつつ、おざなりに返事をしてからルミカの隣にドカっと座る。

「ローズ様、態度悪いですね」

「悪くもなりますよ。リンザの扱いに異議があります」

「妻としてこれからはちゃんと扱いますけれど、それの何がいけないのでしょう?」

 私がどう答えようか考えている内に、ラシッドは言った。

「あの感情未発達女が、焼き餅を焼いてへそを曲げているのは分かっています」

「だったら、どうしてそのままにして出征したのですか?」

 ラシッドは、にやりと笑った。

「硬い種みたいな女でしたから、土に埋めて暫く発芽を待ってみました。殻が固くて芽が出ないと困るので、しっかり水も撒いて行きました。ナジーム殿の熱弁によると、それで暫く放置するのが発芽のコツだそうです」

「リンザは植物ではありません」

「女は花でしょう?咲かせてやらないと可哀そうじゃないですか」

「驚いたな。ラシッドはそんなにリンザ殿が好きか」

「ローズ様の繋いでくださったご縁ですからね。当然、大事にします」

 それがダメなのだ。私をいちいち挟まないで欲しい。

「ラシッドは、わざとリンザ殿に嫉妬させているのか?」

「そうです」

「その方法は相手に残酷です」

「俺達は仮初ではなく歴とした夫婦です。若い女なら誰でもいい訳じゃありません。少なくとも俺は、ちゃんと選んでそうなったつもりです」

 強い意志を感じるから、そうなのだろうが……リンザに正しく伝わっていない気がする。

「その事ですが、落ち込んでいるラシッド様に対して、慰め方を間違えたと言って後悔していました」

 ラシッドの周囲に一瞬、靄がかかった気がする。

「あの馬鹿はまだそんな事を言っているのですか……」

「言っていましたね。だから、ポーリアに続く街道で土砂崩れが起こる事を願っていましたよ。ラシッド様に会いたくないそうで」

 ルミカが、ぶっと噴き出す。

「リンザ殿ってどんな子なのさ?」

 私が、かいつまんでリンザがどういう家庭の出身なのか話すと、納得した様子で言った。

「可哀そうな自分って思いたくないから、自分の気持ちを押し殺しているタイプの子か」

 ルミカがさらっと言う。間違っていないけれど、何か嫌だ。そこまでの苦労があったのに、それだけで片付けるのはどうかと思う。

「はい。だから凄く幼稚です。でもだからこそ可愛いし信頼も出来ます」

 ラシッドもラシッドだ。酷い言い方。

 二人の言葉に優しさが無いので不満に思いつつお茶を飲んでいると、ラシッドが言った。

「ローズ様みたいに優しくすれば分かってくれるし、相手の気持ちも理解しようと努力している女性にはこんな事をする必要はないのですが、あれには必要なのですよ」

「まるで、リンザがあなたの気持ちを理解しようとしていないみたいじゃありませんか」

「その通りです」

 ラシッドが肩をすくめる。

「あいつは一方的に与える事で自己満足する事しか考えていない。与えられた相手の気持ちを考えないのですよ」

「そんな筈ありません。侍女の仕事は相手の様子を見なくては出来ない事が多いのですよ?」

「他人の負の感情は察知しています。だから出来るだけですよ。不愉快にしない様に動く事は出来ますから」

 ルミカが笑って言う。

「お前から愛情をもらえると思う女なんて居ないだろう。期待する方が間違いだ」

 私も同意して何度も頷く。

「ローズ様、頷き過ぎです。……それを分からせないといけないから、こんな面倒くさい事をしている訳です」

 ラシッドは不服そうだ。

「俺は小細工は好きですが、興味のない事に小細工なんてしません」

「その小細工で嫌われていると思いますが」

「それだけ俺の事を考えているって事でしょう?良い事です。俺を飼っている動物か何かみたいに思っている節があったので」

 異性として考えると位置づけに困るからペット扱い。リンザならやりそうだ。

 ルミカが呆れた様子で言う。

「それで、隠れてどうするつもりだ?俺はもう少ししたらグルニアに戻るから、お前を匿えるのはそれまでだからな。ローズと二人だけにする訳にはいかない」

「え?ルミカ、戻るのですか?」

「そうなんだ。兄上の手伝いに行くんだよ」

 いいなぁ……。

 内心そう思いながらも、顔を引き締めて言う。

「体には気を付けて下さいね。ジルにもそう伝えてください」

 すると、ラシッドが思い出したように懐から封筒を取り出して私に差し出した。

「先にポーリアに戻るなら渡して欲しいと、クザート様から預かってきました。ジルムート様からです」

 顔が全開で緩んだのを感じる。何か月も会えていない夫からの手紙だ。だらしない顔でも許して欲しい。中の便せんが何枚も感じられる。まさか前みたいに一単語と言う事は無い筈だ。ちょっと期待してしまう。

「ありがとうございます」

「ローズ様、やっぱり可愛いわ」

 ラシッドの呟きに、ルミカが変な顔をしてから言った。

「……それでラシッド、嫁をどうするつもりなんだ?」

「簡単な事ですよ。ローズ様の前で、俺の妻だとしっかり分からせてやればいいだけの事です」

 嫌な予感しかしない。

「私を立ち会わせる気ですか?」

「是非ともお願いします。リンザはローズ様の事を侍女の先輩としてとても慕っていますから」

 ラシッドの笑顔が怖すぎる。

 ルミカの前だから言えないけれど、焼き餅の原因は私だ。その根源を利用して、リンザの気持ちを自分の方へ向けるつもりなのだ。

「お願いできますよね?ローズ様」

 シュルツ様の時も思ったけれど、どうして怖い人に断れない頼み事ばかりされるのだろう。

「な、何か見返りがあるのですか?」

 半端ない圧迫感の中、必死で抵抗する。

 ラシッドは、暫く考えてから言った。

「本当なら、子供が出来たら侍女を辞めさせるつもりだったのですが、リンザが望むなら城に出仕させてもいいです」

 それは凄く助かる。……あくまでも、リンザが希望したらだが。

 ラシッドは、少し背筋を伸ばして真剣に言った。

「協力して下さい。このままにしておいても、良い事なんて無いでしょう?」

 それはそうだ。リンザがこのままラシッドを避け続けるのは無理だ。

「分かりました……」

「心配しないでください。俺は絶対にリンザを大事にします」

 心配だ。言葉通りに受け取れないのは、ラシッドだからだ。

 そう思ったが、ラシッドは言う気がないらしい。ルミカもそう思ったのか、話を変えて来た。

「話は変わるんだけど、異能の話、詳しく聞いていいか?」

「はい」

「出征当初からの……」

 鍛錬で異能を使っていないから、その分食事量が減っていると言う話である事が分かった時点で、自分の内面に意識を向ける。

 私はリンザの事を考えていた。

 リンザが私の前でラシッドに告白された所で、疑惑が打ち消せるとは思えない。そもそもラシッドが、花束を贈りながらリンザに愛の告白とか……全く想像できない。逆に、泣き叫んでいるリンザを肩に担いで、ちゃっと手を挙げて去っていくくらいの方がしっくりくる。

 何をする気なのかは分からないが、リンザに勝算が無い事は理解している。……リンザはラシッドに既に捕まっている。可哀そうだが、逃げられる気がしない。ただ、その逃がしたくないと言うラシッドの気持ちがどこから来ているのか、私にもはっきり分からないのだ。

 リンザの気持ちは何となく分かる。情けをかけたと言っていた。好きでも無い相手に、リンザがそんな大胆な事を出来るとは思っていない。リンザは間違いなくラシッドの事を好きだと思う。

 無自覚なリンザに、気持ちを確認させる為に嫉妬させて揺さぶったらしいが……上から目線でいい気分はしない。しかもリンザを表現する言葉が、感情未発達女、馬鹿、幼稚……。よくもそこまで酷い事を言えるものだとも思う。本当に好きなの?と思ってしまう。

 考えている内に二人の話は終わった様だ。

「それ、アリ先生に報告しろよ」

「え~」

 そんな訳で、客間にラシッドを案内する事になった。今から、アリ先生用に報告書を作るらしい。

「すいませんね」

 ラシッドに一番体格の近いクザートの寝間着を渡してから聞いた。

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「何でしょう?」

「リンザに、どうして優しい言葉をかけてあげないのですか?」

 ラシッドがきょとんとしているので、更に言う。

「好きな女性に、上から目線で酷い言葉を投げつけるのはどうかと思うのです」

 ラシッドは考えてから言った。

「俺もリンザも子供なのです」

「は?」

「俺が三十、リンザが二十三。俺の方が余分に子供をしているので、上から目線で酷い言葉になるのは仕方ないのです」

 酷い理屈だ。それは一生ガキ大将宣言しているようなものだ。

「俺達の場合、言葉にあんまり意味がなくて、実際に会って互いを感じないとダメなタイプなのです。出征してそれが良く分かりました。小細工して、自分がその小細工にはまりました」

「リンザが他の殿方を好きになると言う事ですか?」

「そんな訳ないと思っているのに、何処か不安で。早く戻れて良かったです。ローズ様はよくジルムート様と離れたままで平気ですね。俺には無理です。じゃあ、おやすみなさい」

 それ以上の話はする気がないと言う様に目の前で扉が閉まってしまった。

 失礼な奴。追い出すわよ!

 と言う心の叫びは届かない。

 ため息を吐いて談話室へ戻ると、ルミカが一人でお酒を飲んでいた。ちょっと見ない内に空瓶が増えている。……強くないのに飲み過ぎだ。

「ローズぅ。ラシッドが結婚しているのに俺が結婚できないとか、おかしくない?」

 酔っ払い。お前も出て行け!

「人と張り合って結婚なんて、ロクな事になりませんよ」

「そうは言うけどさぁ……ラシッドだよ?俺、ナジームにも先を越されたら、絶対に泣く」

 確かナジームも、ラシッドやルミカと年が同じだった筈だ。

「そもそもあなた達バウティ家の兄弟は、結婚をしないつもりだったと聞いていますが、いつからそんな結婚したがりになったのですか?」

「兄上達が結婚して楽しそうにしているのに、俺だけしないのは嫌だ~」

 三男……甘えん坊の上に信念無し。

「ところで、毒沼王子って何?」

 一瞬、背筋がヒヤリとした。

「最近、城の女の子達が俺を見るとそう言いながら逃げていくんだけど」

「さぁ……」

 ルミカの悪口を大々的に広めたのはリンザとプリシラだ。

 アネイラが、パルネアでルミカと酷い別れ方をしてポートに来た事実は、上層の侍女の間ではすぐにばれる事になった。男性嫌いなリンザと、アネイラの見た目信奉者であるプリシラは、怒り心頭でルミカの悪口を中層や下層で働く女の子達にばらまいた。

『見た目は王子だが、中身は毒沼から生まれた悪魔の様で、女をもてあそんで捨てる』

 皆それを信じているからルミカに近づかない。まさか私の言った悪口が、そのまま拡大流用されるとは思っていなかった。

「俺、このままだと一生一人だよぉ。グルニアから戻って来たら、誰か紹介して~」

「困ります」

 もう、こういうのには関わりたくない。ロクな事にならないから。

「俺、このままだとやる気が出ない。帰って来たら誰か紹介するって約束してよぉ」

「ジルかクザートに頼んでください」

「やだよ。どうせアネイラと別れたのが悪かったんだって、お説教される」

「お母さん達に頼んだら、一発だと思いますよ」

「侍女がいい。兄上達もラシッドも侍女と結婚してるし」

 みんなと同じがいいって……子供か!

「俺を甘えさせて癒してくれる子がいい~。誰か居ない?」

「いません!」

「俺、これからグルニアに行くんだよぉ。何で優しくしてくれないのさ。ローズの意地悪~」

「はいはい」

 私は酔っ払いに適当な返事をして誤魔化した。さっさと寝室に押し込む必要があるからだ。きっと酔っている時の事だし、帰って来たら覚えていない。そう思っていたのでさっさと忘れる事にした。

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