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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
ポーリア騒乱
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アレクセイの理由

「もうグルニアは終わりだ。好きにしろ」

 アレクセイの絶望した声を俺は否定した。

「終わりではない」

「私はこう見えて十九歳だ。変声も無く成長の止まった身だから子は残せない。王族でも利用価値は無いぞ」

 俺はざっとアレクセイを見て考える。ミラは普通に成長していたのだから、これは明らかにおかしい。同じ姉弟でここまで差が出るとは考え辛い。

 とりあえず色々と聞きたい事がある。それを聞いて行けば、答えに行きつける気がした。

「王族として利用したいなどとは思っていない。グルニアがどういう経緯でこうなったのか、俺が個人的に知りたいだけだ」

「個人的にとはどういう事だ?」

「パルネアのシュルツ殿下は、パルネアに害となるなら容赦しない意思を強く示しておられる。その意思に応じて、同盟国であるポートが動いて今回の出征となった。お前が王族だと報告すれば、首を刎ねろと言われるだろう。だから王族扱いはしない」

「王に逆らうのか?」

 俺が、クルルス様やシュルツ殿下を裏切って何かする野心を持っていると疑っているのだろう。

「逆らうのではない。助けたいのだ」

「分かる様に話せ。私には理解できない」

「お前は、クルルス様やシュルツ殿下をどういう人物か理解していないからそんな話になるのだろうが……お二人共、本当ならこんな越権行為を望む方達ではない。グルニアがどういう歴史を辿っていたのか知らないが、俺達の国では王が支配する国からの脱却を実現しようとしていた所だったのだ」

 俺は、グルニアの魔法による天候不順によりパルネアの国力が落ちて行った事、ポートでミラが従僕のアディルを刺して捕まった経緯を話した。

 アレクセイは、俺の話を聞く内に唇を噛み締めていた。

「パルネアは農業国だ。天候が悪く不作が続けば国の立て直しに時間がかかる。王政を廃止するつもりだったシュルツ殿下が、王位を継いでグルニア皇帝も兼任すると言う事は、それだけパルネアが深刻な状況だと言う事だ」

 酷い有様なのはグルニアだけではない。アレクセイにそう言い聞かせ、続ける。

「全てを無かった事にして、忘れる様な方達ではない。特に命の選別は、人道的な教育を受けているお二人には辛いものだ」

「お前がその命の選別とやらを減らしてやろうと言う事か?」

「……王には耳を塞ぐ手も必要だ。王だけに判断を委ねては、重責が全て王に集中してしまう。俺にとって、主であるクルルス様は友でもある。これは友を思う俺の意思で判断だ」

 アレクセイはゆっくりと立ち上がり、俺を見据えて言った。

「友である王の懸念を一つでも減らそうと言う情か。……淘汰は必然。その様に甘い考えで、グルニアの併合統治など成せるものか」

 ローズが笑っている姿を思い出す。俺の望む未来は、グルニアを滅ぼしたり、隷属させたりするものではない。クルルス様もシュルツ殿下も、そんな事を望んでいる訳ではないのだ。

「甘くて結構。厳しさしか無い場所には、厳しさしか生まれない。育つのは憎しみだ。そんな物は負の遺産となる。俺達の未来には不要だ」

 アレクセイが目を見開く。

「騎士の強さは人を守る為にある。俺達はグルニア人を無差別に殺したいと望んでやって来た訳ではない。……だから、何故こうなっているのか知りたいのだ」

 アレクセイは視線を伏せた。

「知った所で時は元に戻せないぞ」

「分かっている。俺が、ただ知りたいだけだ」

 アレクセイは暫く黙った後、ため息を吐いて言った。

「変わり者が送り込まれたものだ。……いいだろう。知りたい事には答えてやろう。その代わり、私の願いも聞いて欲しい」

「出来る事であれば」

「姉上に会いたい」

 ……これはまた難題だ。

 俺が答える前にアレクセイは言った。

「私の存在を隠しておきたいのだから、難しい話だろう。しかし、頼めるのはお前だけだ」

「会って、どうするつもりだ?」

「家族に会いたいと願うのに理由が必要か?」

 何か事情がありそうだが、今は答える気が無いらしい。

「会って死ぬ事になっても構わない。出来るなら、姉上に会わせてくれ」

 真剣な言葉に、拒絶できない雰囲気を感じて俺は言った。

「考えておく」

 アレクセイが女装は苦にならないと言うので、そのままゾーヤとして暮らす事になった。男の姿に戻り、アレクセイと呼べば誰の事か分かる者も居る。用心の為だ。ポート騎士の精鋭なら見破る女装も、イライアス達には見破られていない。変装としては良く出来ている。

 変わった事があるとすれば、俺の執務室で長く話をしたり、二人で王宮を見て回ったりする事が増えた点だ。騎士達は誤解していないが、ジュマ族は俺がグルニア人の下女と懇意にしていると勘違いしている節がある。俺がパルネア人の妻を娶っている事は有名な話だから、パルネア贔屓のジュマ族達の視線がかなり突き刺さる様になった。友好的だったイライアスも侮蔑的な態度を取る様になってきている。

「いいのですか?」

 心配そうにナジームに聞かれたのは、二人で執務室に居た時の事だ。

「今、ゾーヤの正体を明かせば大事になる。言う訳にはいかない」

 ナジームにはアレクセイ王子である事は話してある。俺の理屈も分かる筈だ。

「ローズ様に伝わったら、不味いのではありませんか?」

「……考えたくないな」

 ポート湾に蹴落とされる。

「だったら、イライアス殿にだけでも、事実を話した方が良いのではありませんか?」

「そうしたら、きっとシュルツ殿下にも筒抜けになるだろう。それは避けたい」

 イライアスはジュマ族のまとめ役で、シュルツ殿下の傘下にある。俺がアレクセイ王子を匿っていると知れば、間違いなく報告する。

 俺の懸念を話すと、ナジームは怖い顔だと言うのに眉毛を下げて言った。

「面倒な事になりましたね。無駄な殺生には賛同しませんが、こうなってしまうとラシッドの言う通りにした方が良かった気もします」

「そう言うな。分かった事もある。知らないよりはずっと良かった」

 俺は分かった事を整理する為に、ナジームに聞かせる事にした。

 グルニアは、長年選民思想で国民の掌握をしていたが、それでは周辺国の近代化に取り残されると言う考え方も生まれ、派閥争いがあった。

 そんな時期に産まれたのがミラとアレクセイで、ミラは選民思想派が、アレクセイは脱選民思想派が取り込む形で育てた王族だった。その為、アレクセイは幼い頃からロヴィス人の教育係を付けられ、選民思想を諸外国がどう見ているのかを学ぶ事になった。

 一方で姉であるミラは、選民思想のみを学び、他の考え方を遮断される事になった。……ミラは、他の考え方を取り入れかねない勉学を一切断たれて育ったらしい。知識の片寄りは思考の片寄りにも通じる。だから、ミラはあれ程に頑なだったのだ。

 次期皇帝を指名する際に皇帝はどちらの派閥にも配慮して、派閥争いが激化する前に産まれた第一王子であるユーリを選んだ。

「なるほど。グルニアは過渡期だったと言う事ですね」

「そう言う事だ。ゲオルグ達の事がなければ、将来的には話し合いによる国交の再開もあったかも知れないな」

 王族に限らず、グルニア人で魔法使いとして優れている者は、成長が止まる事がよくあるのだとか。原因は分からないが、成人として肉体が成熟しない為、次世代を残す事が出来ない。

 この症状が皇太子ユーリに現れ、成長が止まってしまった。程なくしてアレクセイも成長が緩やかになり、成長が止まる事が予測された。

 これにより、ミラは魔法使いとしての能力が低かったものの、王族で唯一子孫を残せる存在として、派閥を超えて特別視される事となった。

 他国の情報が入って来るにつれて脱選民思想派に有利な流れが出来ていく中、ミラと言う切り札を持っている選民思想派は、その流れを止める為に動き、かなり煙たがられていた。

「エゴール達は、選民思想の中でも一番の強硬派だったと言う事ですか?」

「そうだ。ただ問題があったのは、エゴール達よりも派閥で筆頭になっていた大臣とその取り巻きだったらしい」

「近づきたくないタイプと言う奴ですか?」

「そうだ。それでも代々の家の関係もあるから派閥に組み込まれると、そう簡単に抜ける事ができなかったみたいだな」

 俺達にもよく分かる理屈だ。拷問人形の家系は、リヴァイアサンの騎士を筆頭に複雑な従家の構造で出来ている。今の世代は派閥争いの様な考え方をしていないが、親世代は酷かった。バウティ家の従家はオズマに騎士位をはく奪された者が多く出た。

「そんな環境では、情報が制限されます」

「だから、エゴール達は軍部の事を何も知らなかったのだろう」

 その当時、軍部だけでなく色々な場所で外国人を採用して他国の近代化に追いつこうとする政策が動き始めていた。この流れに乗って、ゲオルグとヴィヴィアンはグルニアに入り込んだ。

 彼らがまずしたのは、安い予算で軍部を強化できるとして、貧民層の若者を軍に採用し、訓練を受けさせて兵士とする事だった。傭兵仕込みの剣技を身に付けた若者の数は軍部で増え、無視できない程になっていた。この時から行方不明者が出始めた。軍の幹部が消えたらしい。唐突に失踪した為、膨れ上がった貧民層の兵士達を文官では抑え込む事が出来ず、ゲオルグに権限が委ねられる事になった。

「では、軍部の暴走はそれが原因ですか?」

「多分。行方不明になった軍の幹部がどうなったのかは分からないが……窯だろうな。王宮にあれだけ堂々と抹殺を兼ねた証拠隠滅の道具が置いてあるのだ。使うだろう」

「あの窯はグルニア人の中でどういう扱いになっていたのでしょうか」

「それは明日聞く事になっている」

「俺も同行していいですか?興味があります」

 そんな訳で、ナジームも一緒に話を聞く事になった。

「錬成窯の有効利用だと?お前達は本当に野蛮人なのだな。……あれは忌まわしきものだ。あの中にどれだけの数のグルニア人が入れられたと思っているのだ。そんな気味の悪い物を使えるとでも思っているのか?」

 アレクセイは呆れた様子で俺を見た。

 狂人シメオンについての文献の要約をわざわざ作ってくれたみたいなので、俺とナジームは回し読みする事にした。最初は渋々話していたアレクセイだが、最近は語る事に積極的だ。

 シメオンは王族で、千年前にこの窯を考案して作った人物だ。金属のブロックを幾つも重ね、魔法で接合して窯を一人で作ったらしい。製作だけで二十年かかっているのだとか。

 窯の中から魔法燃料が湧き出る様になると主張し、火を熾す時の様に最初の種火として一定の魔法燃料が必要だと主張した。つまり人柱を要求したのだ。

 当時の皇帝がシメオンを支持した事から、一日に百人を超えるグルニア人が入れられる事もあった様だが、魔法燃料が沸き上がるどころか、遺体すら上がって来なかった。シメオンは追い詰められ、自らも窯に身を投げる事になった。

 その後、窯を破壊する事で中の物が出てくる事を恐れたグルニア人は、窯をそのまま放置した。月日が流れ、窯は地獄への入り口だと言う解釈が一般的になり、極刑の者を処罰する為に用いられる様になった。

「魔法に固執していた時代は大抵愚帝の時代だ。シメオンの時代の皇帝ヴェロニカは、政策に全く興味を示さなかった皇帝だ。己の美貌を維持する為に魔法を欲していた為、シメオンを支持したと言われている」

 酷い話だ。

「そう言えば皇帝は女の方が優先順位が高いと言うのも本当か?」

「昔はそうだった。近年は、魔法を練るのが上手い事が一番の条件だな」

「魔法を練る?」

 俺が首を傾げると、アレクセイは少し考えて言った。

「古代魔法と違い、今の魔法は如何に効率良く発動させるかが重要だ。体内の魔法燃料を最小限にし、効果を引き出す行為を、私達は『魔法を練る』と言う」

「それは同じ術式の魔法を覚えても、消費する魔法燃料に個人差があると言う事か?」

「そうだ。魔法は直感で使うもの。いちいち思考する必要はない。思考は、魔法燃料の過剰消費に繋がる。男であれ女であれ、魔法使用時に理屈や疑問を挟まない者が良い魔法使いと言える。身構えず、手足を動かす様な感覚で使える事が理想だ」

 魔法は特別なものだ。しかも体内の血を使う。それを知った上で、そんな風に使う事が出来る者はなかなか居ないだろう。

「女の方が魔法使いとして優れているのは、体の構造に関係があると聞いたが」

「それもある。女の場合、多少の過剰消費は臓器の血で補えるから、練るのが下手でも良いと言う考え方がある。成人に限るがな。血筋で血液に含まれる魔法燃料の含有量の多い少ないもある。……色々な要因があるから、有能な魔法使いを見分けるのは難しいのだ」

 ナジームが、挙手して言った。

「あの、それではミラ姫は何故魔法に見切りをつけて、剣術を習っていたのですか?」

 血筋としては魔法を使うのに問題無さそうに思える。

「姉上は、魔法恐怖症なのだ」

「「魔法恐怖症?」」

 俺とナジームが驚く中、アレクセイは悔しそうに言った。

「姉上は、私との派閥争いに巻き込まれ、魔法の訓練を激化させられた時期があったのだ。それが影響して、魔法を恐れる様になってしまった。使う際に緊張して身構えるから、大量の魔法燃料を体内で消費せねば、魔法を使えない」

 ミラは、恐怖故に魔法を上手く練れなくなった。と言う事の様だ。

「私は姉上に会って、どうしてもそれを謝りたい」

「周囲の思惑ではないか、お前のせいではあるまい」

「それでも……魔法を重視するこの国で、とても息苦しい思いをしていた筈だから」

 アレクセイがミラに会いたいと言う願いを、俺は叶えてやりたい気持ちになってしまった。

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