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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
ポーリア騒乱
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ランバート・ザイルの陰謀

「ローズ、具合は悪くなっていない?」

 マルクの館を出た後、ルミカは馬車に乗せた私を見て心配そうにしている。

「平気です」

 疲れているが、倒れたりする様な状態ではない。

「もう魔法は使わないでくれ。兄上が一番恐れていたのは、自分が居ない間にローズが魔法を使って倒れる事だったんだ」

 ジルムートの優しさに触れると、会いたくなってしまう。脆くなっている心を引き締めて言った。

「今回はアネイラの為です。大目に見てください。さっきも言いましたが、ジルには内緒です。……それよりも、アネイラにどう説明するか考えなくてはなりません」

 談話室の天井にフックのある家なんてまず無い。そこから話せば理解してもらえるだろうか。

 そんな事を考えていると、ルミカが言った。

「一旦、館に戻ろう」

 頷くと、馬車が進み始めた。どんよりと疲れた体で少しだけ目を閉じた。ふと気付くと館の前に馬車が停まった所だった。館に戻るとまだ夕食を取っていなかったので、食事と言う事になった。私も一緒に食べる様に言われたのだが、あまり食べる気分ではなかった。

「体調、悪い?」

「いいえ、お腹は空いています。でもさっきの事を思い出すと食欲が……」

 疲れている体は、お腹が空いていると訴えてくる。それなのにマルクの事を思い出すと、食べ物の味がしないのだ。

「ごめん。とっさに巻き込んでしまったせいだね」

 首を横に振る。

「アネイラの事を思えば、あの程度は……」

「あの爪、本当に元に戻らないの?」

「はい。染め方は分かっても、戻し方が分かりません」

 シアンは解除する方法など必要としていなかった。だからあの魔法は染めるだけで元に戻す方法が無いのだ。

「ローズに魔法を使って欲しくないのは本当。でもマルクの事はいいザマだと思ったよ」

「アネイラがすっきりしないのが、一番の問題です」

 私の言葉に、ルミカは言う。

「俺がアネイラにヨリを戻して欲しいって頼んでも、俺になびかないだろうね」

「友達以上を望むのは難しいかと」

 手厳しいが正直に答えると、ルミカががっくりした。

「そうなるよなぁ」

 あれだけ酷い別れ方をしておいて、今更だ。

「俺が保護すべきだと思うんだ。……危なっかしくて見ていられない」

「だから、別れたらダメだったんです」

 騎士の矜持とやらを優先するからこんな事になったのだ。アネイラの事をどう思っているのか、マルクのせいで再認識しているのだろうが、どうにもならない。

「ルミカはポートで騎士として生きていくのでしょう?アネイラは騎士と言う職業に自分の気持ちは勝てないと思って納得しています。ルミカが騎士である限り拒むでしょうね」

「そうは言うけど、そもそも俺はリヴァイアサンの騎士だよ?騎士を辞めるとか無理なんだけど」

「異能持ちだと言う事も打ち明けていないのですよね?」

「当たり前だ。ローズが思っているよりも、俺は繊細に出来ているんだよ。好きな子に怖いって言われるのはキツい」

 ジルムートも結婚するまで黙っていた。確かにあの異能による怪力は、いきなり知らされれば怖いかも知れない。

「それに、アネイラも元貴族の家の出身なんだよね?俺の血の事を考えると、嫁にするのは怖いよ」

 アネイラも血筋としては魔法使いと言う事になる。リヴァイアサンの騎士であるルミカの血で消えてしまうかも知れないのだ。知らずに結婚した私とジルムートとは違う。知った上で結婚するのは、かなり勇気の必要な決断になる。となると、ルミカの言う保護とは何なのか。

「だったら保護って……また付き合うだけですか?」

「そうなるね」

 酷い。それは酷い。

「ルミカが側に居たのでは、アネイラが一生独身になってしまいます!」

「それでもって言う奴でないと、アネイラは守れないよ」

「アネイラは、気長に殿方を待てる年齢ではありません。そもそも誰のせいでこんな事になっていると思っているのですか」

 じとっと睨むと、ルミカは笑って誤魔化した。

 このままではアネイラは誰とも結婚できないままになる。アネイラは自分をお姫様扱いしてくれる優しい夫とベタ甘な暮らしをしたいのだ。指一本触れようとしないまま、曖昧な関係で縛り付けておきたいルミカと一緒に居られる訳がない。

「責任を感じているなら、ルミカから誰か良い人を紹介して下さい」

「……俺の知り合いは騎士でなければ、かなり際どい商人とかになるな」

「際どい?」

「法スレスレで色々やっている奴らだよ。便利だけど結婚相手には向かない」

 そう言えば、この人はジルムートに夜這いをかけた女性を外国に売り飛ばした人だった。ルミカはやっぱりダメだと改めて思う。

「いざと言う時にアネイラを裏切らない人にしてください」

「騎士がダメならそれは保障出来ない。……アネイラの事はひとまず俺に任せてよ」

 いくら綺麗で強くても、ルミカには任せたくない。と言う私の気持ちはルミカには届かない。

 神様、どうしてアネイラにばかり、こんな試練を与えるのですか?どうか助けて下さい。

 内心、そんな事を祈る。

「とにかく……マルク様の事を伝えて、慰める事から始めましょう」

 ルミカに任せるかどうかの答えを保留してそう言うと、ルミカは頷いた。

「そうだね。実はもう一人、何とかしようと思っている奴がいるんだよ。できれば今晩中に何とかしようと思っているんだ。一気に片付けないと気分が悪いからさ」

「ランバート様ですか?」

「そう。ウィニアだっけ?あの子はこのままランバートの側に置くべきじゃない」

「何故でしょうか?」

「嫁に出されるよ。それも外国へ」

 その言葉に絶句する。

「外国の奴らは、豪商との縁結びとしか思っていないから、ウィニアの素性なんてどうでもいいんだ。ウィニアは見目も良いし大人しそうな子だから、拒む者は居ないだろうね」

「待ってください。ポート城の上層の構造を知っている者は、国王の許可なく国外へ移住してはいけないのではありませんでしたっけ?」

「今回の出征前に法が改正されたんだよ。パルネアやグルニアへの支援の為に移り住む役人や騎士が居てもおかしくないからね」

 ウィニアにダンスを学ばせていたのは、それが理由だったらしい。

「今だと合法。ランバートはいざと言う時にあの子を国外へ嫁に出す事をちらつかせれば、リンザやローズが、夫であるラシッドや兄上に泣き付く事を想定している。妻からのお願いなら聞くと思っているんだよ」

「それは恐喝です。そんな事をすれば……」

 よりにもよってラシッドとか……。ジルムートも犯罪まがいの手段には屈しないし容赦しない。私が言葉の続きを言えずに暗い表情をしていると、ルミカは言った。

「うん。あいつも結局は騎士と言う生き物を理解していなかったと言う事だよ。あいつは話術を武器にここまで来ているから、話さえ出来ればどうとでもなると思っているんだ」

「そんな口の上手い人相手に、どうするつもりですか?」

「必ずやり込めるから、一緒に来て」

 今日はもう色々と見過ぎて疲れている。そんな物を見たいとは思わない。

 用事があるから戻れないかも知れないと伝えてもらっているが、アネイラが今館で一人、どうしているのか考えると早く戻りたいのが本音だ。

 しかし、見物人が居ないと張り合いが無いと言いた気なルミカの顔を見ると、行かないと言えない。張り切って阻止してもらわねば、ウィニアもリンザも巻き込まれる事になりかねない。

 返答をぼかして質問をする。

「やはり、クルルス様のご命令があるのですか?」

 罰すると言わないのだから、殺したり罪人にしたりしてはいけないと言う事だ。

「悪事の教唆くらいじゃ、犯罪者に出来ないよ。それに、あいつは使える奴だからポートの為に人生を捧げてもらう必要があるんだ」

「そんな有能な人が、どうして騎士に貸しを作りたがるのでしょう?」

「使える奴だからこそだよ。ポート議会で、ランバートに敵う議員なんてもう居ない。残るは騎士団なんだよ。武官は独自の権限で国王に進言して議会にも抵抗出来る。ランバートはその権限を奪いたいんだ。……あいつが騎士の世襲制を廃止したいと言うのは、俺達に同情しているのではなくて、そう言う意味なんだよ。議会で掌握できない組織はいらないんだ」

「そうだったのですか。凄く野心家だったのですね」

「俺達が、アリ先生に教育されていなければ簡単だったんだろうけど、そうはいかない」

「リヴァイアサンの騎士が学者に勉強を習っていた事は、秘匿されているのですか?」

「いや。王立研究所で学んでいる事は公表されているけれど、学んでいる内容は伏せられている。ルイネス様が、騎士に必要以上の知恵を付けている事を悟られてはいけないって隠したんだ。だから俺達が政治の内容を聞いても、複雑な事は理解出来ないと考えているんだよ」

「出征前に、ジルとランバート様は直に話をしています。そんな風に思っている様には思えませんでしたが……」

「兄上だけは子供の頃から城に居るから、クルルス様と一緒に学んだ特別だと思い込んでいるんだよ」

 そう言えば、騎士団から提出されている書類の文字が皆同じであるとランバートが指摘した時、ジルムートは否定しなかった。それで騎士団でもジルムートだけが特別で、後の騎士はさほど学が無いとランバートが判断しているのだとすれば、出征でジルムートが居ない間に私を丸め込んで、アネイラをマルクに差し出させた行為にも納得が行く。

「私は舐められていたと言う事ですね」

 さんざん私をセレニー様の侍女だと持ち上げておいて、やっぱり侍女風情と思っていたのだ。ジルムートが居なければ何も出来ない。そう思われていたのだと分かると、信用していた自分が恥ずかしくて腹立たしい。

「そう言う事だよ。……一緒に来る?」

「行きます」

 ルミカに焚きつけられた気はしたけれど、結局ランバートの所へ行く事にした。

 騙された自分がとにかく情けないが、やはり騙す奴が一番の悪だ。そう言う意味では、ランバートもマルクと同じく許しがたい存在と言わざるを得ない。

 腹を立てて色々と考えている内に、暗い中にぼんやりと見える白い館に到着した。ルミカが使用人に面会を頼むと、慌てて入って行った使用人はすぐに戻って来た。

「お入り頂く様にとの事です。ご案内します」

 以前通された食堂ではなくて、談話室へと通される。相変わらず見事な家具だ。城でも見た事の無い金糸の織り込まれた布張りのソファーに座っていると、ランバートがすぐに部屋へと入って来た。

「夜分遅くに、何かあったのかな?」

 自分が疑われていると一切思っていない口調なのはマルクと同じだ。最初から警戒していたら、後ろめたい事があると悟られてしまう。この人達にとって、これは当たり前の演技なのだ。

「それで用件は?ご婦人までお連れになって、この夜分にどうしたと言うのだ」

「知らないフリは止めましょう」

 ルミカがにっこりと笑って言うと、ランバートはとぼけて言った。

「はて、何の事だろう?」

 ルミカの笑顔がすっと消えて、厳しい表情になった。

「あなたは、既に俺とローズがマルクの所に行って、何をしたのか知っている」

 ランバートはピクっと表情を動かしたものの、まだ強張った笑みを浮かべている。

「残念でしたね。俺がこんなに早く帰って来なければ、上手く行ったのに」

「私は知らなかった。後で報告を受けて驚いているのだよ」

 言い訳は完璧だが、組んだ手の親指をこすり合わせているのが見えて、この人も焦っているのだと理解した。

「ローズの事ですが、傷つければ次は命を失いますよ?」

 傷つける?私を?ルミカの言葉に、ランバートの指の動きが更に速くなった。

「そんなつもりは無いよ」

「親友であるアネイラがマルクの様な鬼畜の嫁になれば、ローズは傷ついていた筈だ。もしかしたら、立ち直れなくなっていたかも知れない。あなたはそれを狙った」

「まさか、ご婦人にそんな無体を働くなど……」

「グルニアの事さえ片付けば、発言権の強い兄上が邪魔なのでしょう?兄上を直に傷つける事は不可能だから、兄上の居ない隙にローズを狙った」

 まさか、そこまで手の込んだ陰謀に巻き込まれていたとは思っていなかった。

「バウティ家には兄上以外に、クザート兄上と俺が居る。家督をどちらかに譲れば、世襲制の騎士でも引退は可能だ。兄上がローズの為に、そういう手続きを踏むだろうと理解した上でローズを狙ったとすれば、人の大切な物を傷つけ貶める最低の行為と言わざるを得ません」

「素晴らしい推理だ。妄想に近いがね」

 ランバートの汗が服の首周りを濡らしている。

 何故、話術だけで何でもしてきたランバートがこれ程までに余裕を無くしているのか。目の前のリヴァイアサンの騎士は怒っていて、隣に座っている私が魔法使いだからだ。

 どちらも人知を超えた力を使う。怖いに決まっている。

 魔法を何度も使うのは控えたい。危険だ。しかし、あと少しでこの人の意思は折れる。使うべきか考えていると、ルミカがいきなり発火した。

 火花が空中に舞って、ランバートは目を見開いた。

「わ、私を殺せば、ポートの議会は瓦解するぞ」

「それもいいかもしれませんね。一度灰にして、最初から作り直せばいいのですよ」

 顔は笑っているが、ルミカの目は笑っていない。

「あなたは議会では王かも知れませんが、国にとっての王はクルルス様です。王に忠誠を誓えない者は要らないのです。どんなに有能でもね。選り分ける権利は俺達騎士団に委ねられています。嫌なら生きて騎士団の権利を削ぐしかありませんが、ここで消えますか?」

「悪かった!もう二度とこんな事はしない!」

 ランバートの叫びが、部屋に響き渡った。

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