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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
ポーリア騒乱
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魔法の使い道

「え~!許しちゃったの?」

 館に戻って来てから、アネイラに後で全てを打ち明けるとそんな風に言われた。

「いけなかった?」

「ミラ姫を襲った議員は、即日で処罰されているのよ?甘くない?」

 侍女としては平然と王族に仕えているのに、アネイラの中身は上流階級優遇に批判的だ。自分の父親がそうやって甘やかされて育った結果、苦労したせいだ。

「みんな平等なんて、あり得ないから」

 私はアネイラに言い聞かせる様に言った。

「ミラ姫は、きっと処罰されよりもずっと苦しい時間を生きて行かなければならない。パルネアにもミラ姫を良く思わない人は大勢居るだろうし、そう言う人達に認めてもらう努力をずっと続けて行くんだよ。それが罰なんだと思う」

 アネイラはぐっと押し黙ってから、渋い顔で言った。

「あのお姫様が、そんな重たい罰に耐えられるのかしらね」

「シュルツ様が今回みたいにミラ姫を死なせないだろうから、グルニア王族への悪意を受け止め続ける事になると思う」

 救いが産まれるとすれば、ミラ姫の境遇に気付き理解する者が現れた時だろう。私は続けた。

「シュルツ様はミラ姫を愛しているから庇った訳じゃない。自分の作った流れに従っている大勢の人達の努力を無駄にしない為に、ミラ姫が必要だから庇ったの。その意思は変わっていないだろうから、ミラ姫は心が折れても、死ぬ事は許されないと思う」

 私の見解を聞くと、アネイラは身震いした。

「シュルツ様、怖い」

「うん。……だから、これでいいと思ったの」

 ミラは天使から人になった時点で、償いの道を歩み始めている。長い道……とても長い道だ。

 アディルさんがどう考えるかは分からない。でも、復讐して欲しいと願って私を助けた訳では無い筈だ。だから、私がアディルさんの事を忘れないまま前を向く為にも、ミラ姫を許した事は後悔していない。

 私の言葉にアネイラは納得したのか、それ以上何も言及して来なかった。

 翌日、セレニー様へも私の考えやミラ姫を許した際の状況など、全て報告した。そうすべきだと思ったからだ。

 セレニー様は全て聞くと、大きく息を吐いてから言った。

「話してくれて、ありがとう」

「いえ……セレニー様は実の兄君が怪我をされたのですから、私とは違うお考えだと思います」

「そうね。私がミラを許せるのは……もっと先になりそう。もしかしたら一生許せないかも」

 シュルツ様は死んでいてもおかしくなかったのだ。セレニー様の許せない気持ちは当然だと思う。

「それで良いと思います。そういう気持ちもミラ姫は甘んじて受けねばなりません。祝福されてお嫁に行くのでは、罰になりませんから」

 私の言葉に、セレニー様は苦笑した。

「そう言う考え方もあるのね。無理に許さなくて良いと思ったら、気が楽になったわ」

 セレニー様が落ち着くにはまだ時間がかかる。後は見守っていくしかない。

 ラベンダーのオイルで足をマッサージしてから耳かきをしたら、セレニー様は久々にゆっくりと眠ってくれた。これ以上、セレニー様が憂う様な事が起こりません様に。そう祈るばかりだった。後はクルルス様の手腕に任せるのみだ。

 私にはまだやらねばならない事が残されている。アネイラの事だ。うっかり私がマルクを紹介してしまったせいで、アネイラは危機に陥っている。何としてもアネイラを救わなくてはならない。

 良かれと思ってやったのに失敗した。これで何度目だろう。物凄くて落ち込む。……落ち込んでいてもアネイラが危ない状況は変わらない。何とかしなくては。

「ジョゼ、ランバート・ザイル様の館へ手紙を届けてもらえませんか?」

 今回の抗議をしたいので、会えないかと手紙を書いた。

「旦那様から、それは禁止されております」

 ジルムートが?どうして?

「出征前に、ランバート様とローズ様を二人で会わせる事は避ける様にとのご指示がありました」

 ジルムートはずっとランバートを警戒していたのだ。私は侍女で、こういう部分で抜けているのだと改めて思い知る。

 とは言え、アネイラに私からマルクの事を伝えても、信じてくれるかどうか分からない。情報元がルミカだと分かれば、余計に信じてくれない。一番困っているのが、嗜虐嗜好と言う物について、私に知識が無い事だ。ルミカは確かに言った。アネイラがボロボロにされると。しかし、どうボロボロにされるのか分からないのだ。分からないけれど、説得するとか……物凄く難しい。

「そこを何とか。アネイラが危険なのです」

「ルミカ様にご相談されては如何でしょう?ランバート様とお一人でお会いになってはいけません」

 ジョゼの主はジルムートだ。私の話は聞き入れてくれない。結局他に方法が無くて、バウティ家の館に留まってルミカを待つ事にした。

 館に入って来たルミカを見て、私は絶句した。ルミカは背筋の寒くなる様な笑顔を私に向けた。これは……怒っている笑顔だ。

「丁度いい、一緒においで」

 反論の余地も無かった。……いきなり行く場所が何処なのかは分からないけれど、アネイラに関する事だろう。圧迫感が凄くて、思わず従った。ルミカはこんな風に怖くなったことがあまりない。

「自慢じゃないけど、俺は殆ど異能漏れを起こした事が無いんだ。……でも、今回はちょっと保証出来ない。驚かせたらごめん」

 何かあったのだろうか。

「どうかしたのですか?」

 荷台から出て御者台のルミカを覗くと、前を睨み付けたまま言った。

「……今日、アネイラを説得しようと思って会ったら見えたんだよ。手首に跡が」

「あと?」

「縛った跡だよ!」

 そう言えばここ最近、アネイラはずっと長袖の服を着ていた気がする。パルネア人である私達は、日焼けしない為に暑い日も長袖を着ている事がよくある。だから全く気にしていなかった。

「アネイラは、何も言っていませんでしたが」

「アネイラはローズが大変な時に、負担をかける様な女じゃないだろう?」

 私は、シュルツ様が刺された事件で手一杯だった。その前も魔法を持て余し、アネイラの様子をちゃんと見ていなかった。

「クソ野郎!俺が何年も大事に守って来たのに傷をつけやがって」

「アネイラが、非道な行いに大人しく従うと思えないのですが……」

「そこが腹の立つ所だよ。鬼畜に騙されて調教されかかっているんだ」

 理解できない言葉の連発に戸惑っていると、ルミカが厳しい表情で言った。

「恋愛と言う皮で誤魔化して、マルクはアネイラに非道な行いを強いているんだよ。好きだからとか、愛しているからとか、言葉巧みに非道な行いを受け入れさせている。アネイラはそう言う愛情の表現方法もあるんだと信じて合わせてしまっているんだ。……俺のせいだ」

 ルミカはアネイラの愛情表現を拒んで別れている。自分の生き方と合わないと判断したからだ。

 アネイラはルミカとの関係を清算しているとは言え、心底愛しているのに拒まれた事を忘れていない。ルミカと別れた経験から、アネイラはマルクに拒まれる事を無意識に恐れる様になってしまっていたのだ。そんな気持ちに、私は気付いてやれなかった。

「いいえ、私のせいです。もっと調べてから紹介すべきでした」

 ジョゼにでも聞けば、どういう人なのか調べてくれただろうに。それをしなかった私の責任だ。ファナの話もあったから、すっかり信用していた。

「反省は後にしよう」

 到着した先は、見知らぬ館の前だった。どうやらマルクの館らしい。

 ルミカは、私を馬車から降ろすと、先を歩いて使用人にマルクに会いに来たと告げる。黒い制服で白波の縫い取りがあるのは、ポート騎士団でも城詰めの序列持ちだけだから、使用人は慌てて中へと走って行った。暫くするとマルクが中から出て来た。

「緊急の御用でも?」

 マルクの言葉に、ルミカは厳しい表情で言った。

「ここでは話せない」

「ローズ殿も一緒にか?」

 訝しむ様子のマルクにルミカは静かに言う。

「そうだ」

 ルミカの言葉に気圧されるように、マルクは私達を中に通した。

 談話室に入って扉を閉めた途端、部屋の中に小さな火花が音も無く散り始める。……最初、何か分からなかったけれど、これはルミカの異能が漏れている状態らしい。マルクも驚いて言葉を失っている。

「アネイラに何をした?」

 その一言で全て理解したのか、マルクが焦った様に言った。

「合意だ。合意の上でのちょっとした遊びだ」

 火花の密度が高くなり、ルミカの周囲は燃えている様に見える。思わず一歩離れてしまう。

「どんな遊びだ?」

 マルクも背後へとじりじり下がっていく。

「あれは俺の女だ」

 元、だ。もうルミカの彼女じゃない。……と言う言葉は心の中だけにしておく。そんな場合ではない。当然マルクはその言葉で、アネイラが前に誰と付き合っていたのかを悟る。

「知らなかったんだ!」

「何をしたか言え!」

 知っていようがいまいが、マルクはやってはいけない事をしたに違いない。ルミカの追及は厳しい。

「縛って吊るしただけだ!それ以上はしなかった!本当だ」

 嗜虐嗜好と言う事の意味が理解出来てくる。この男はルミカの言う通り最低だ。アネイラと一緒に居させる訳にはいかない。怒りと混乱と罪悪感で頭の中がぐちゃぐちゃになった。

 ルミカを見ると、空気は燃え上がって真っ赤になっていた。ただの火花だったのに、業火の様になっている。異能漏れと言うよりも異能を感情のままに出し、抑えていない気がする。

「俺達騎士の間では、それを拷問と言う」

 マルクは真っ青になったまま言う。

「嫌なら止めると言った!やっても良いとアネイラ殿が言ったのだ!」

 火に油を注ぐ言い訳をした事に、マルクは全く気付いていない。

「ローズ殿、どうか取りなしを!」

 自分の人を見る目が節穴であると言う事に、怒りを覚えるばかりだ。

「アネイラは喜んで縛られたりする女ではありません。もうあなたとアネイラを会わせる事は出来ません」

「分かった!もう会わない。だから、どうか取りなしを」

 ルミカはそんなマルクから視線を外し、天井を見上げて何かを確認すると、立ち尽くすマルクに言った。

「縄を出せ」

 私も天井を見上げてぎょっとした。何故か天井にフックが付いている。……さっきまでなら、何に使うのか全く分からなかったものだ。しかし今は分かる。ルミカが何をしようとしているのかまで分かってしまった。

「あ、その……」

「いいから出せ!」

 気迫に勝てず、マルクは応接机の下の引き出しから縄を取り出した。

 ルミカは受け取るとマルクの腕を縛り上げてしまった。……ポート騎士団の騎士は、船員としての訓練も受けている。船乗り独特のほどけない縛り方は、ジルムートが何度もしていたので見た覚えがある。

 縛ると同時に、ルミカはその場で飛び上がり、縄を天井のフックに引っかけて引っ張った。

 マルクの足が床を離れて宙に浮く。腕だけで体重を支える状態だから痛いのだろう。顔が苦痛に歪んでいる。アネイラにこれをしたと言うの?あり得ない!

 ルミカは吊り下げられたマルクに向かって言った。

「マルク・カーン、シュルツ殿下と一緒にパルネアへ行け。その後はグルニア治安代行の補佐だ」

「そ、それは」

 何か言おうとしたマルクの口を封じる様に、ルミカは言葉を続ける。

「俺からクルルス様に推薦しておいた。クルルス様も適任だと判断された」

 マルクの顔が強張って絶望の表情になる。推薦ではない。今回の事を直にクルルス様に報告したのだ。きっとマルクはポートに戻って来られない。

 赤い炎がロープを伝い、ルミカからマルクへと移動していく。マルクは体をよじって炎から逃れようとしているが、ブラブラしているだけで逃れる事が出来ない。上から来た炎が頭に達すると、マルクの顔が土気色になっていく。息が出来ないのだと分かった瞬間、炎が唐突に消えた。ルミカが異能を引っ込めたのだ。マルクが激しく咳込んで顔色が元に戻っていく。ルミカが縄を離し、マルクは床に落ちた。

 ルミカは、落ちたマルクを見下ろして言った。

「クルルス様が、ゲスでも使えるから殺してはいけないってさ。命拾いしたな」

 丸くなって咳込んでいるマルクから、ルミカは私に視線を移した。

「ローズ、ミラ姫が君に会いたいと言った時、姫の変化を直に見たから、君に判断を委ねて良いと思って会わせた。……こいつに合わせたのは、絶対に許せないと言う気持ちを俺と共有できるのは、ローズだけだからだ」

 ルミカは厳しい顔で私に言った。

「もうこいつと会う事は無いだろう。だから言いたい事は今、言っておいてくれ」

 言いたい事……気持ちのままに罵れって事だろうか。そんな事をしても、アネイラの心の傷は癒えない。それに行った先でこの人がまた同じ事を別の女性にすると考えたら、それを阻止しなくてはならないと思えて来た。

 どうしたらいいか考えて、マルクをざっと見る。そして縛り上げられたままの両手を見て、気持ちを決めた。

「定めし色へ、定めしままに」

 そう言って手をマルクの方へ差し出すと体から少し力が抜けて、マルクの両手の爪がみるみる真っ赤に染まった。ポートスカーレットだ。マルクは恐怖の表情で爪を凝視している。ルミカも驚いて目を見開いた。

「その色は一生落ちません。あの日ミラ姫が襲撃されなければ、ミラ姫に使う予定でシュルツ様に教わった魔法です」

 髪の毛にしなかったのは、男性の場合、頭の毛を剃ってしまう事が出来るからだ。真っ赤な爪だ。人前で手袋が外せなくなるだろう。このくらいの罰が無ければ、マルクは繰り返す。そう思ったのだ。

 私はルミカの方を向いて言った。

「ジルには、内緒ですよ」

 私の言葉に、ルミカはぐっと歯を食いしばってから真顔で頷いた。

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