ミラとローズ
談話室に戻り、再び二人で話す事になったが、話題はシュルツ様の事だった。
「コピートが後悔していたよ。自分が護衛をしていたら、こんな事にはならなかったと」
「コピート様は頑張っています。虐めないであげて下さいね」
「分かっている。今回、コピートは悪くない」
私がそう言うと、ルミカはじっと私の顔を見据える。
「聞いたよ。魔法を使わされる所だったんだってね。コピートが護衛できない日を狙ったのは、シュルツ殿下だ。クルルス様も黙認したと自白した」
リヴァイアサンの騎士の異能は、魔法を消す事が出来る。私が魔法を使うのを阻止されると考えたのだろう。それにしても王様に自白を強要する騎士って……どうかと思う。ルミカの性格は、兄二人に比べて容赦ない。クルルス様の為に助け舟を出す事にした。
「クルルス様はセレニー様を守りたかったのだと思います。私もセレニー様を守りたかったから、同じです」
「だとしても、ローズを引っ張り出したのはシュルツ様の判断ミスだ。クルルス様はそれを指摘して諫める事も出来たのにしなかった。ここはポートだよ?他国の皇太子に言いくるめられるとか、王の自覚が足りない。兄上の代役として、ガッツリお説教させてもらった」
クルルス様が、疲れた顔をしていたのはルミカのせいでもあったのか。ルミカは続ける。
「シュルツ殿下はミラ姫が殺されてしまう前に手を打とうにも、出来る事が少なかったんだ。謝罪させようにも、ミラ姫自ら反省して頭を下げるなんて状態じゃなかったから、焦っていたんだろうね」
確かにミラの態度はとても反抗的で、謝罪をさせるのは無理に見えた。
「それで私に魔法で髪の毛を染める様におっしゃったのですか……」
「そう言う事。お陰で世論はひっくり返ったけど、シュルツ殿下は死ぬところだった。死んだら俺達ポート騎士団の苦労は無意味になる。シュルツ殿下にも、ガッツリお説教させてもらった」
王族二人にお説教。現時点でポート城最強なのは、ルミカかも知れない。
「シュルツ様に会えたのですか?」
ルミカは頷く。
「俺は護衛としてセレニー様とクルルス様に付き添っているからね」
シュルツ様の意識はちゃんとあるそうだ。ただ傷が深くて、内部が完全に治るまで時間がかかるから安静にしているのだとか。
「止血の準備が整ってから刃物を抜いたから出血が多くなかったのと、内臓があまり傷ついていないのが良かったと言うのが医者の見立てだ。あの深い傷で奇跡だよ」
このまま安静にしていれば、無事に回復する。それだけで私は目の前が晴れた気がした。
「殿下の事はもう心配しなくていいよ。それよりもローズに大事な話があるんだ」
「何でしょう?」
身構えていると、ルミカは言った。
「ミラ姫が、ローズに会いたがっている」
ぎょっとして目を見張る。
「どうする?俺が一緒だから、会っても危険な目に遭う事は無いよ」
嫌な目には遭うかも知れない。そう思って考えていると、ルミカは言った。
「わざわざローズに会わせてほしいなんて頼む女じゃなかったんだ。俺達は下等生物で、殺して何が悪いんだと思っていたくらいだからね」
選民思想は最低だと思う。
「会ってやれば?別にミラ姫の肩を持つ訳じゃないけどさ」
ルミカは何か知っている。それなのに、私に教える気が無いのだ。
「理由は教えてくれないのですか?」
「うん。それは自分で確かめた方がいいと思うから」
これは、会わねばならないのだろう。
「分かりました。会います」
「じゃあ明日迎えに行くから、その時は仕事を抜けて来て」
「いきなり明日ですか?」
「うん。早い方がいいからね」
私の心の準備時間は、取ってくれないらしい。
翌日。
ルミカと一緒に出仕したら、アネイラとばったり出会った。
「おはよう。……二人共どうしたの?」
私達の反応が微妙な事に気付いて、アネイラが変な顔をしている。
「その、色々聞いて、ね」
マルクの事とか……。
ここは上層の廊下だ。アネイラに今マルクの事を話す訳にはいかないので、話を慌てて変える。
「実は、今日仕事中に抜ける事になったの。長くはならないと思うけど、ルミカが迎えに来たら居なくなるから、よろしくね」
「シュルツ殿下の所に行くんだ」
ルミカがそう言うので、私は内心驚きながら隣のルミカを見る。ミラに会いに行くのに、何故シュルツ様の名前が出るのか。そういう嘘は困るのだが……。今は合わせるしかない。
「そうなの」
アネイラは納得したらしく、ほっとした様子で言った。
「シュルツ様、お元気なんだね。良かった。……ローズ、遅れるよ。行こう」
「うん。……じゃあ、ルミカまた後で」
さっと手を挙げるルミカにそう言って、私とアネイラは着替えに向かった。
出仕の途中とは言っていたけれど、何時とは聞いていない。シュルツ様の所に行くと言ったルミカの言葉が気になって、そわそわしている内にお昼が過ぎた。私はまたカルロス様のお世話をしている。
今日はウィニアと一緒だ。ウィニアは、弟妹のお世話をリンザと一緒にしていたので、カルロス様のお世話がとてもうまい。他の事はまだまだだが、カルロス様のお世話となるとルルネやプリシラよりも安心して任せられる。
今日、途中で抜ける事を話した後で聞く。
「ウィニア」
「はい」
「あなたはランバート様と一緒に暮らしているのでしょう?一緒に暮らすのは慣れましたか?」
今回、マルクにアネイラを差し出させた件について、私は怒っているのだ。ウィニアにまで何かしたら許さない。
「私の為に色々と良くして下さるので、申し訳ないくらいです。私は貴婦人ではありませんのに、家庭教師を付けてマナーやダンスなんかを勉強させて下さっています」
マナーはいいとしてダンスか……。舞踏会なんて、侍女は配膳とかゲストの御用聞きで、踊る事はまず無い。ランバートは何故ウィニアにダンスを学ばせているのか。養女だから自分の娘として何処かに嫁にやる気なのだろうか。しかし、ポートでその話に乗る人はあまりいないだろう。ちょっとだけ引っかかる。
「ウィニアは、将来どうしたいのですか?」
「先の事は分かりません。ただ私が罪人の娘である事は、周知の事と思います。だから、リンザ姉ちゃん……お姉様みたいに、良い家にお嫁に行くのは無理だと思っています」
ほんわりした子だが、厳しい現実をちゃんと理解している。だからこそランバートの事が引っかかる。
「そこも理解した上でウィニアを是非にと望む方と出会えるといいですね」
ウィニアはにっこりと笑って頷いた。そこへノックの音がして、ルミカの声がした。
「ローズ居る?ルミカだ。迎えに来た」
「ウィニア、カルロス様をお願いしますね」
「分かりました。ローズ様。いってらっしゃい」
そう言って手を振るウィニアと一緒に、カルロス様が手を振っている。可愛いので思わず笑顔で手を振りかえして部屋を出てしまった。……侍女の先輩には会釈。手を振るなんて……なんて、可愛いの。年が離れているせいか、指導が甘い。
外ですぐに顔を引き締め、騎士が敬礼するのに頭を下げつつルミカと廊下を歩く。
「あの子、ラシッドの嫁の妹だよね」
「そうです」
「ランバート殿の養女だったな」
ルミカは渋い顔でボソっと呟いた。
「まとめて手を打つか……」
「ルミカ?」
「何でもない。さあ、行こう」
気になる呟きを聞いた気がするが追及しないまま、上層の少し離れた部屋に移動する事になった。本当にシュルツ様の所へ行く事になった事の方が気になったのだ。
上層の部屋は、かなり空き室が多い。かつては一夫多妻で大勢の妻や子を持っていた王族の部屋が余っているからだ。今、シュルツ様はその一角で安静にしている。中層では、警備に問題があるからだ。
お世話は、上層の医師とパルネアから来た従僕がやっている。ポート人に世話を任せられないと言う大使館からの抗議があったのだ。パルネア人なら良いと言われていたそうで……。その内、私やディア様、アネイラが交代で通う事になると思っていたのに、そうはなっていない。それでとても心配していたのだが……。
ノックしてルミカが名乗ると、中から女性の声がした。
「入っていい」
この言い方は……。私がびっくりしてルミカを見ると、ルミカはにっと笑って扉を開けた。
ベッドにシュルツ様がクッションを背にしてゆったりと座っている。そのベッドの脇の椅子には、何とミラが腰かけていた。驚く事にエゴール達、皇族親衛隊まで部屋の中に居る。
思わず体を強張らせてしまったが、ルミカがぽんと背中を叩いて小声で言った。
「大丈夫だよ」
私は小さく頷き、ミラの方を見た。ミラは私を見て緊張した面持ちになり、困った様子で視線を彷徨わせている。ルミカと共にベッドに近づくとミラが慌てて椅子から立ち上がり、皇族親衛隊の居る方に移動する。シュルツ様は少し痩せたが、想像以上に元気そうでほっとする。
「ローズ、巻き込んで悪かった。ルミカに叱られてしまったよ」
「いいえ。……シュルツ様がご無事で何よりです。お加減は如何ですか?」
「傷が開かない様にずっとベッドに居るせいで、傷も痛いけれど腰も痛いよ」
軽い口調で言った後、ちらりとミラの方を見てからシュルツ様は言った。
「来てもらったのは他でもない。ミラ達が君に謝りたいそうだ」
信じられない事を言われて、シュルツ様とミラを交互に見てしまう。それから困ってルミカを見ると、笑顔で頷かれた。
皇族親衛隊が前に出てきて、三人揃って私の前で膝を折った。
「非礼を働いた事を、どうかお許し頂きたい」
エゴールがそう言って、左右の若い二人も頭を下げている。
どうしたらいいのか分からないが、顔を上げて欲しくてオロオロしているとルミカが言った。
「エゴール殿、ローズはどうしてあなた達が急に態度を変えたのか分かっていないから、話をしてやって欲しい」
エゴール達は顔を上げ、私の方を見た。
「お聞きくださるか?ローズ殿」
「……はい」
否と言えない空気に仕方なく返事をすると、エゴールはグルニア帝国について話を始めた。
「姫様は魔法の力は強くないもののお体が丈夫で、健康な次世代を残す存在として大切に育てられていました。ユーリ皇太子殿下と弟のアレクセイ王子は、魔法使いとしての力は強かったのですが、生まれつき体が弱かったのです。……次の世代を残せない可能性が高いとされていました。それ故にどうしても姫様には生き延びて頂かねばなりませんでした」
エゴールは続けた。
「我々はグルニアでも皇族を守るだけに存在している世襲制の貴族たる存在で、王宮にある錬成窯は罪人を処刑する道具だと考えていました。今回ルミカ殿に真相を聞くまで、あれに魔法燃料が溜まっている事を知りませんでした」
処刑の道具……。
「錬成窯は、王宮内部に千年前から存在していました。窯に落とすだけで罪人を処刑出来る為、そう言う利用方法が受け継がれていました」
シメオンと言う人が作ったこの窯は失敗作で、そんな風にしか利用できないとグルニアでは考えられていたのだ。しかしゲオルグとヴィヴィアンは、この窯の内部に入れられた人々の魔法燃料が溜め込まれている事に気づき、利用しようと考えたのだ。そして……軍部が乗っ取られたと言う事らしい。
「我々がローズ殿を危険に晒したと言うのに、ジルムート殿はグルニア王宮から傭兵を排除し、おぞましい錬成窯も消し去って下さった。今も窯がそのままだったなら、グルニア人は全て窯に入れられて滅びていたかも知れません。……今回、シュルツ様がその身を持って姫の命を救って下さった事もあり、我々は自分達の考え方や行いが、間違いであったと理解しました」
選民思想を否定したと言う事だろうか?だとすれば、とても良い事だ。
「教えられた考えを守る事は、国を出ると共に苦しくなっていました。しかし、教えから外れる恐れは拭えず……罪を犯してしまいました。どうか、我々をお許し下さい。これからは罪を償う為に出来得る限りの事をするつもりです」
あのミラの護衛から、こんな言葉を聞く事になるなんて。私はびっくりして言葉が出なかった。
すると、立っているミラが視線を逸らしたまま言った。
「……悪かった。ローズ・バウティ」
うわ、本当に謝った!
「私は、刺される恐ろしさを知らなかった。死ぬ事の意味も分かっていなかった。そなたの気持ちが……今なら、分かる」
ミラは私の方に視線を向けて言った。
「天使なら、シュルツを助けろとそなたは言った。出来るなら、私もそうしたかった。何も出来ない事に気付いて……自分が天使では無いのだと思い知った。……大変な罪を犯してしまった。それでシュルツと共に、償う方法を考えた。もし私が子を産んだら、その子にはアディルの名を与えたい。良い子に育てたいと思っている。……私に出来る事は、それくらいしか無い」
ミラ姫の子。未来のグルニア皇帝でありパルネア国王である人の名は、アディルと言う名になるかも知れない。大事なのはきっとそこでは無く、ミラがそうしたいと望んだ気持ちだ。
「シュルツに怪我を負わせた事も、一生かけて償いたい」
全員の視線がミラと私に向いている。
「先を望む前に、まず過去を謝罪しなくてはならない。だから」
ミラは緊張した面持ちで、震えながら言った。
「……ごめんなさい、許される事では無いけれど、ごめんなさい」
ミラは反省して謝っている。そう感じたら肩の力が抜けて、言葉がするりと出た。
「ミラ姫の生き方を、私だけでなく大勢の者達が見ています。どうかそれをお忘れにならず……良きパルネアの母に、王妃におなり下さい」
ミラの涙が頬を伝って落ちて行く。
「ありがとう」
これで良かったのだと、私は思った。




