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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
ポーリア騒乱
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天誅

 大した時間もかからず、シュルツ様の所から解放されたものの、魔法が使える様になったらしい上に、おかしな宿題を抱えて最悪な気分だった。シュルツ様は酷いと思う。王ですら見ないまま一生を過ごす様な魔法を、一介の侍女に見せて覚えさせたのだから。

「ローズは、魔法を使えても使わない。だから教えた」

「どうして、そう言い切れるのですか?」

「ジルムートが許さないから」

 事実だが、居ない隙にこんな事をしておいて良く言うとも思う。

「ジルムートが出来るだけ早く帰国できる様にするつもりだ。だから一度だけ、ミラに魔法を使って欲しい」

 ここまでしておいて、使わないとか馬鹿みたいだ。了承した。

 館に戻ると、静まり返っていた。アネイラは今日お休みで、夕方からマルクとデートをしている筈だ。

 ファナが居なくなり、マルネーナさんを警戒しなくて良くなった事から、うちの館からジョゼだけでなく使用人達が通いで来る様になった。ご飯の仕込みから掃除までやって行ってくれる。

 主人も女主人も不在の館では、時間が余ってしまうのだろう。館は綺麗に片付いて、クタクタで戻って来ても、ご飯も出来上がっている。お風呂用の水も毎日汲み置きが終わっている状態で、沸かすだけで済む。

 静かな館でのろのろとご飯を食べて、お風呂に入る。お風呂場にお風呂用の湯沸かし窯があって、お湯を沸かしたら、冷めない内にそれで体を洗うのだ。

 ポートは暖かい。汗をかきやすいので、毎日お風呂に入る習慣がある。最悪、お湯ではなく水で流しても風邪を引かないからだ。毎日洗髪し、体をお湯で清められるのはとても良い事だ。パルネアではお風呂は五日に一度くらいだった。暖房に使用する薪や炭が高かったから、お風呂まで余裕が無かったのだ。だからと言って冬の暖房をケチると凍死する。

 元日本人としては、深いバスタブにゆったりと浸かりたい気分になるが、そんな物はパルネアでもポートでも見た事が無い。

 お風呂に入り、アネイラの為に少し水を窯に足しておくまでは頭を空っぽにできたけれど、そこからは上手く行かなかった。昨日まで無かった知識が頭の中にある。当たり前みたいに。これをどうしたらいいのか、折り合いが付かないのだ。

 その後、アネイラが戻って来たのだが、話を上手く整理できていないので、黙っている事にした。

 幸いアネイラは、新しい恋の相手の事で頭が一杯なので、私の様子には気付かなかった。

 マルクは多忙だ。それでも会って欲しいと請われるデートは、アネイラをお姫様気分にさせる様だ。ルミカなら、絶対に言わないであろう甘い言葉も口にするらしい。

 そんな話を聞いて部屋に戻ると、どっと疲労を感じた。アネイラに、様子がおかしい事を悟られまいと必死になって疲れたのだ。思わず、大きく息を吐いてベッドに座った。

 あんなに傷ついていた親友の変化を喜べないのは、私の状況が酷過ぎるせいだ。

 シュルツ様の言った事をするとなれば、私はミラに会わねばならない。しかも大勢の前で魔法を使う事になる。練習とかは出来ない。ぶっつけ本番だ。何よりも嫌なのは、私が髪の毛を染めると言う方法で許しを与えなくてはならない事だ。

 罰ではない。これは許しだ。

 被害者である私が、これで許してやると示す事で周囲を納得させる様にシュルツ様は言っている。

 アディルさんが目の前で刺されるのを見ていた私が、何故そんな事をしなくてはならないのか。そんな事はしたくない。納得の行く方法なんて分からないから、このまま一生会わないで、忘れてしまいたかった。

 ベッドで丸くなって目を閉じる。

 ジルムートに会えます様に。ジルムートに会えます様に。できれば耳かきをしてもらいたい。

 せめて夢の中だけでもジルムートに会いたくて、具体的に想像しながら眠る様になった。出てこない事の方が圧倒的に多いのだが、それを待ち望んで眠ろうとするだけ眠れないよりは良い筈だ。とにかくそれだけを念じる。他の事は考えない。

 結局、ジルムートには会えなかった。

 朝になり、何でもない顔をしてアネイラと一緒に出仕したものの、仕事中もたまに考え事をしてしまう。やけに長い日勤だった。

「ローズ、どうかしたの?」

 帰りにアネイラに言われてしまった。

「時期が来たら話すよ」

 今アネイラに打ち明ける訳にはいかないから、そう応じる。

「大丈夫なの?」

「多分……」

 黙ってばかりいると不審がられるので、宿題を手伝ってもらう事にした。

「奇抜な色って、何だと思う?」

「は?」

「凄く目立つ、奇抜な色を探さなくてはならないの」

「セレニー様のドレス用って訳では無さそうね」

 アネイラはそれ以上追及しても、私が口を割らないと判断したのか、少し考えてから言った。

「あんたの持ってるドレスみたいな色」

「……最新色をそんな風に言ったら、ランバート様が残念がると思うけど」

「だって、ポートの名前がついているのに、ポート人に合わない色だよ」

 ポートスカーレットと名付けられている新色の赤は、ポート人の小麦色の肌に合わせると、プリシラの様に下品に見えると評する者も少なからず存在している。アダっぽく見えるのだ。しかし海外では人気の色で、大量に船に乗せられて輸出されている。

 奇抜と言う程では無いのだが、洋服の色として使い辛い色と言う考え方で、アネイラは話しているらしい。そのまま話を進める事で何とか追及を逃れた。

 私の髪の色は赤い。でもそれは赤みがかった金髪と言う意味だ。パルネア人には結構多い髪色だから気にした事は無かったのだが、ポートスカーレットみたいな赤だったら物凄く目立つだろう。そう考えたら、どれだけ考えてもアネイラの言葉が頭の中に残ってしまって、奇抜な色と言うと真っ赤な色を連想する様になってしまった。

 そうして数日が過ぎて、奇抜な色と言う宿題に悩まされている内にシュルツ殿下から呼び出されて中層へと行く事になった。

 中層の会議室にはセレニー様も居て、私を見て真っ青になっていた。クルルス様が立ち上がろうとするセレニー様を押しとどめる。……何も知らなかったのだろう。

「以前から詮議されていたミラ・フォス・グルニアに対する処罰について、シュルツ殿下からお話がある」

 議長であるランバートの声がする。私はシュルツ様の背後に控えながら、大勢の視線に晒されて唇をぐっと引き締めた。

 シュルツ様が部屋に響き渡る声で言った。

「殺人による罪を償わないまま、パルネア王の妃にミラ姫を迎える事は出来ない」

 同意の声が部屋の各所から聞こえる。

「そこでミラ姫に、これから先も消えない罪の印を刻もうと思う。その役目を、侍女であり序列一席の妻であるローズ・バウティに頼みたい」

 議員達がざわついている。何をするのか分からないのだ。

「ローズ」

 促されて進んだ先にはミラが座っていた。どうやら動けない様だ。私を睨んでいる。しかも、声にならない声で私に向かって何か言っているのが分かる。セレニー様のお説教は、どうやら染みていないらしい。こんな人とシュルツ様はどうやって夫婦になるつもりなのだろう。

「頼んだよ」

 シュルツ様の言葉に、ただ頷きミラの前に立つ。

 色……。もう赤しか思い浮かばない。

 そんな事を考えつつミラを見下ろしていると、突然議員達の中から一人が飛び出して来て叫んだ。

「天誅!」

 手元には光る刃物が見える。物凄い形相であっと言う間に近づいて来る。こう言う人の動きには迷いが無い。こうすると決めているのだから当然だ。ミラの動きを思い出して固まる。

 ただでさえ大勢居る議員に邪魔されて、騎士達が追い付けなくなっている。……共謀者がわざと邪魔しているらしい。もうダメだと思った時……誰かが前に立ちふさがり、その刃物を受ける事になった。

「どうして……」

 掠れた声で言って、ミラが庇った相手を見ている。刺した相手も、驚愕の表情で刺した相手を見ている。時間が一瞬止まった様に辺りは静まり返った。

「いやあぁぁぁぁぁ!お兄様!」

 セレニー様の悲鳴と共に音が戻ってきて、シュルツ様はその場にうずくまった。

「早く捕えろ!」

 クルルス様の声で、騎士達が邪魔をした議員達を抑え込み始める。私は慌ててシュルツ様の隣にしゃがみ込んで様子を見た。シュルツ様を刺した議員らしき男は、正面で震えて座り込んでいる。

「シュルツ様!」

 額から大量の汗をかきながら、真っ青な顔をしてシュルツ様は歯を食いしばって言った。

「参ったな……まだ死ねないのに」

 シュルツ様は限界だったのか、そのまま横に倒れて動かなくなってしまった。倒れたシュルツ様の腹に、柄まで刺さっている刃物が見える。深い傷だ。

「シュルツ様、しっかりなさってください。シュルツ様!」

 声をかけていると、誰かの声がした。黒いズボンが見えるから騎士だ。

「そのまま運びますので、離れてください。今、刃物が抜けると血が多く流れて危険です」

 見上げるとフィルが立っていた。城に精鋭でありながら残ってくれた騎士が、若いが冷静なフィルで良かったと心底思う。

「フィル様、シュルツ様を助けて下さい」

「尽力します。とにかくローズ様、離れて下さい」

 再度の促しで、私は慌てて離れる。すると数人の騎士が来て、シュルツ様が運ばれていく。場は騒然としていて、私は呆然としていた。

 シュルツ様が死んでしまうかも知れない。どうしよう。

「ローズ殿」

 マルクが私を軽く揺すった事で、我に返った。まだ周囲は騒然としているが、議員達は騎士達に追い立てられる様に部屋を出て行く途中だった。

「あ……」

 既に国王夫妻は居ない。暗殺者も居なくなっていた。でもミラはそのままだった。呆然と椅子に座っている。捨て置かれていると言うべきだろうか。騎士が少ないから手が回らないのだろう。

「大丈夫か?」

 全然、大丈夫じゃない。私は二度も人が刺される所を見たのだ。

「さあ、ここを出よう。あなたにこの場所は相応しくない」

 マルクの申し出は優しくありがたかったが、私の中には強い衝動が起こっていた。理由なんてよく分からない。ただこの女を前にして、何も言わずに去るなど出来ない。ただそう思った。誘拐以来、私の中に溜まっていた物が、溢れて止められない。感情のままに私はミラに怒鳴っていた。

「何が天使よ!」

「ローズ殿」 

 マルクが慌てて私を抑えたが、私はミラを睨んで続けた。

「魔法が使えるなら、シュルツ様を助けて!魔法は万能なんでしょう?助けてよ……シュルツ様を助けて……もう、目の前で人が死ぬのなんて、見たくない」

 怒鳴り声は涙声になっていた。

「ローズ殿、もういい。もういいんだ」

 マルクに宥められても気持ちは一向に収まらず、私は過呼吸気味になってしゃくり上げていた。周囲の事もよく分からない。意識が遠のきそうになった時、声がした。

「俺が運ぶ」

 ふわっと体が浮いて、横抱きにされた。

「何でこんな事になってるんだよ!おい、誰か状況を説明してくれ」

 聞き覚えのある声に驚く。今、ここに居ない筈の人の声だったからだ。

「ルミカ……」

「ただいま」

 その声を聞いて、私の意識はぷつりと途切れた。

 次に意識を取り戻すと、心配そうに私を見ているアネイラの顔が見えた。

「アネイラ……」

 アネイラは、ほっとした様子で言った。

「気分は?」

「うん、平気。……あ!」

 そこでシュルツ様が刺された事を思い出して、跳ね起きようとしたのを、アネイラに止められた。

「シュルツ様はまだ治療中。落ち着いて」

 私が気絶していたのは一時間くらいだそうだ。シュルツ様の容態はアネイラにも分からない。今も治療が続いているらしい。

「そう言えば、ルミカが居た気がする」

「うん。ここまで運んでくれたんだよ」

 いつも、いきなり現れるのだ。ルミカは。

「何で、ルミカがポートに居るの?」

「出征の報告をするのに、ジュマ山脈を越えて一人で先に戻って来たんだって」

 ジュマ山脈越えの経験者で、何年も外交官としてパルネアに居た人だ。パルネアとポートに素早く情報を伝える人材として一番ふさわしかったのだろう。

「じゃあ、出征は終わったの?」

「多分。……詳しく聞いている暇が無かったの。すぐに何処かに行っちゃったから」

 城がこんな状況なのに、呑気にしている筈が無い。

「そっか。セレニー様は?」

「シュルツ様に付き添って、治療をされている部屋に入ったきり出て来ないの」

 セレニー様の気持ちを考えるといたたまれない。恐ろしい光景だった。

「ねえ、何でシュルツ様は議員に刺されたの?」

 アネイラが不服そうに私を見ている。

「あの人、議員だったんだ」

「マルク様がそうだって言ってたから、間違いない。ポート議会の評判は地に落ちたって、かなり落ち込んでたよ」

「マルク様は悪くないでしょ」

「私もそう思うんだけど、同じ議員として責任を感じているみたい」

 アネイラは私を見て再度言った。

「何があったか分からないと、マルク様の気持ちが理解出来ないの。だから教えて」

 ルミカの時の様に、相手の気持ちを逆なでする様な慰め方をしたくないのだろう。アネイラは真剣だった。マルクと本気で付き合っていくつもりなのだ。

 私が議会に呼ばれていた事情も知らないのだから、そこも含めてアネイラには話をしなくてはならない。ミラの命を守る為に議会の議員達の前で、私が魔法を使って髪の毛を染める筈だった事、その直前にミラを刺そうとした議員が飛び出して来て、ミラをシュルツ様が庇って刺された事を話した。

 アネイラは青い顔をしながらも、怒って言った。

「あんたは頼られ体質なんだから、無茶ぶりされたら王族であっても断りなさい!いつか死ぬわよ」

 アネイラが本気で私の心配をしてくれているのが、ただ嬉しかった。

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