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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
ポーリア騒乱
102/164

政治家と侍女

 私は、ジルムートが出征して暫くしてから、城の侍女に復帰した。アネイラと一緒に。

 髪の毛を切った件については、隠し通せなくて、結局セレニー様に酷く心配される事になってしまった。しかし、短い髪の毛に対する認識は大きく変わりつつある。

 ファッションに敏感な事で有名な上層の侍女、プリシラ・ナブルが、髪の毛を短く切った事により侍女の間で短い髪型が流行し始めたのだ。

 プリシラの家はナブル商会と言う大商家で、宝石問屋として有名だ。そこのお嬢さんが髪の毛を短くしたとなると、誰も批判しないのだから不思議だ。

「プリシラ、髪の毛を切ってくれて助かりました」

 私が感謝をすると、プリシラは特に気にした様子も無く、少し考えてから言った。

「好きでやった事なのですが……もし恩を感じて下さるなら、ローズ様とアネイラ様に、お洋服と宝飾品を一式贈らせて下さい」

「それでは、こちらが貰うばかりになってしまいます」

「私にとって、見立てた服を着て見せて下さる事こそ、最高のご褒美なのですが」

 プリシラは、ぐっと拳を握る。

「何なのですか?アネイラ様のあの年齢を無視した愛玩動物感は。けしからんと思うのですよ」

 けしからんって……。

「もう、お花畑に座っているのをお仕事にして欲しいくらいです」

 そんな仕事、いらないし。

 何て考えていると、私の方を見てプリシラは満面の笑みを浮かべた。

「ローズ様の事も、ずっと着飾りたかったのですよ」

 その視線に、背筋がひやっとしたのは気のせいだ。……多分。

「聞きましたよ。ランバート・ザイルなどの為に、最新色のポートスカーレットのドレスを着たそうじゃないですか。あんな下品な色、私は納得できません。ローズ様に赤を合わせるなら、もっと優しい色があるので、それを是非とも試させて下さい。染色からオーダーしますから」

「はぁ」

 プリシラには金銭感覚が……多分無い。お金持ち過ぎて、そういう人を説得する方法が分からない。

「プリシラ、ローズが困っていますよ。赤い服なんて仕立てたら、目立つから誘拐されてしまうとジルムート様がきっと怒ると思います」

 助け舟を出してくれたのは、ディア様だ。

「そんなぁ……」

「私達パルネア人は、ポートで普通に暮らしていても目立つのですから、あまり飾り立てると、本当に目立ってしまいます」

 私が同意してそう言うと、プリシラはがっかりした様に言った。

「だったら、その髪型に合う髪飾りでどうでしょう?」

「それくらいなら……」

 これ以上拒否してはプリシラが落ち込むので、それは了承した。

 プリシラが息を吹き返し、ウキウキとした足取りで仕事に戻って行くのを見ながら、私はほっと息を吐いた。

「ディア様、助かりました」

「プリシラは変わった子よね。いい子なのだけれど」

 金銭感覚が無いのに、侍女の過酷な仕事をやってしまう。お給料が目当てでは無い事から、最初は何故侍女をしているのか、全く分からなかった。やがて、セレニー様の洋服や宝飾を手配して着せ替え出来るだけで、彼女にとってはご褒美なのだと理解できる様になった。

「ミラ姫の服も、彼女が手配しているお陰で助かっています」

 私がそう言うと、ディア様はぴしゃりと言った。

「あの方の事は、私達に任せておいて」

「はい……」

 有無を言わせない物言いには原因がある。

 私が誘拐された時の事なのだが、ミラは金縛りの魔法をかけたら、誰であろうと最初の一人を刺すつもりだった事をセレニー様に話したのだ。

 最初の一人。つまり、アディルさんが私を庇ってくれなかったら私が刺されていた事になる。

 それを知って、元々配置に気を遣ってくれていたセレニー様とディア様が、私を絶対にミラに近づけないと決めた。毎晩、ミラに教育と言うかお説教をしに行くセレニー様に付き添うのは、私以外の侍女と決まっている。

 ミラの顔なんて見たい訳じゃない。しかし申し訳ないとも思ってしまう。アネイラが出仕し始めて、侍女の仕事を色々と任せる事が出来る様になったとは言え、人手不足は否めない。

 ジルムートの出征後も、私はアネイラの館でそのまま暮らしている。つわりの終わったファナが、館の中の事をしてくれるので、私達は出仕しながら三人で暮らしている。

 コピートが使用人をこちらに手配ししようとするのだが、あえて断っている。

 出征後、騎士の最高責任者がコピートになって以来、マルネーナさんの動きが目立つ様になってきたのだ。

 アネイラの館の前に、馬車が長い時間停まっているのは、私もアネイラも確認している。

 何をしたいのか分からないが、マルネーナさんがアネイラの館を監視していて、使用人とおぼしき者が出入りすれば、引き留めて一緒に入ろうとするであろう事は分かる。

 ファナが怖がるといけないので黙っているが、アネイラと二人で気にしている状態だ。

 交代で、昼間はできるだけ館に居る様にしているのだが、コピートが偉くなったのだと周囲が認知するにつれて、マルネーナさんの態度は露骨になっている気がする。

 この前は、馬車から降りて立っていた。窓から見て目が合う前に窓辺から離れた。

「ファナ、最近は騎士が手薄で物騒ですから、道沿いの窓辺には近づかないで下さい」

「分かりました」

 ファナは素直だから、それで言われた通りにしてくれている。目立ってきたお腹を撫でて裁縫をしたり、料理を作ったりしながら、のんびりと過ごしている。

 使用人ではあるが、うちの館のジョゼだけは、マルネーナさんを撃退出来ると信じているので、私は彼に食材や他の物の調達を頼んでいる。

 ジョゼは初老の老人だが、元は騎士だったのではないかと思う様な筋肉質な体で、背もジルムート並に高い。威圧感が凄いから、彼にマルネーナさんが突っかかるとは思えない。

 コピートは忙し過ぎて、私の話を聞いている暇がない。ファナに癒しを求めている状態で、ふらりとやって来て、ファナとお茶をして去っていく。

「ローズ様とアネイラ殿のお陰で、仕事に専念出来ています。申し訳ないのですが、ファナをお願いします」

 少しやつれてしまったコピートにそう言われてしまうと、マルネーナさんの事なんて言えない。

「何であんたがローズ様で、私がアネイラ殿なのよ」

 アネイラに説明するのは面倒くさいので、ジルムートの奥さんだからと言って誤魔化す。

 ポーリアの治安は目に見えて悪くなった。白昼堂々人さらいや強盗が出る。

 ポーリアの自治体も治安部隊の騎士達も、精一杯やっているのだが、やはり騎士の治安が手薄だと分かると、悪い事をしたくなるらしい。

 私達の送り迎えは、ジャハルがやってくれているお陰で危険はないのだが……最近、マルネーナさんが大丈夫では無い事に気付いた。誘拐されて身代金とか要求されたら大変だ。しかし私が顔を出して忠告すれば、館に入れろと言う話になってしまう。

 そんな訳で、騎士の詰所に行かねばならなくなった。行ってみると、騎士の詰所は騎士達が集まってざわざわしていた。

 どうしようかと入るのを迷っていると、フィル・ウッドが私に気付いて、声をかけてくれた。

「ローズ様」

「どうかしたのですか?」

「ジルムート様達が、無事に帝都を占拠したとの一報が入りまして」

「本当ですか?」

「本当です」

 出征から二か月程が過ぎている。帝都を占拠と言う事は、出征は一区切りついたと言う事だろうか。

「ただ、王宮に立て籠った軍部の抵抗が続いている様です」

「分かりました。中層に行く用事があるので、失礼しますね」

 詰所まで出向いたのだが、こんな風に騎士達が浮足立っている時にコピートに負担はかけられない。マルネーナさんの話はしないで、詰所を通り過ぎる事にした。中層に用事なんて無いが、詰所を通り過ぎるにはそれくらいしか理由が無い。

 中層まで下りて来てどうしようか考えながら歩いていると、声をかけられた。

「ローズ殿」

 その方向を見るとランバートが手を挙げていた。私は今城の侍女だから、議長には当然頭を下げる。廊下の端っこに寄るのも忘れない。

「ランバート様、ご無沙汰しております」

「顔を上げて下さい。私にその様な堅苦しい礼は不要です。あなたはジルムート殿の奥方でファナの恩人なのだから」

 あまり拒否しても廊下では目立つので、素直に顔を上げる事にした。ふと見ると、隣に見慣れない男性が居て、私を観察する様に見ていた。その不躾な視線に少し戸惑っていると、ランバートが気付いて言った。

「この者はマルク・カーンと言いまして、私の片腕として働いてくれている議員です。母親がパルネア人なので、あなたと同じ様な髪の色をしています」

 マルクはそこで、初めて私を凝視していた事に気付いたらしく慌てて言った。

「失礼。赤毛のパルネア人を母以外に見た事が無かったもので」

「ポートにはあまり居ませんね」

 何故あそこまで凝視していたのか誤魔化されてしまったが、そのままにする事にした。

「ところで、ローズ殿は中層に居ていいのですか?」

 ランバートが心配そうに言う。ミラや他のグルニア人と会ってはいけないと思っているらしい。

「……すぐに戻るので大丈夫です」

 理由を誤魔化すと、ランバートが少し考えてから言った。

「良い情報が入ったので、聞いて行きませんか?あなたも気になる話かと思います」

 さっき詰所で聞いた、帝都占拠の話だろう。もっと詳しく聞きたいし、暇つぶしをしたいのも事実なので、大人しく従う事にした。

 小さな会議室へと三人で入り、立っていると席を勧められたので、お茶を淹れるからと言って、やんわりと断る。侍女が議員と一緒に座るのは、ちょっと躊躇われる。この部屋に誰かが入って来たら、絶対に見咎められるからだ。

 二人共それを理解したのか、私が立っていても気にしないで話を始めた。

「騎士団が帝都を制圧しました」

 やはりその話か。私に向かってランバートがそう言ったので答える。

「上層の詰所でも、騎士が集まっていてその話をしていました」

「王宮に軍部が立て籠っている状態だと言う話は聞きましたか?」

 これには黙って頷く。

「この情報はパルネアから伝書鳩で届いた情報です。ジュマ族が山越えで伝えた情報を伝えて来たもので、時差があると思って我々は考えねばなりません」

 私の知る騎士達が、何の理由もなく帝都でじっとしているとは考え辛い。ランバートとマルクも、同じ事を考えている様子だった。

「あちらが守りを整える前に突入して制圧している筈だから、もう決着がついていると言う見解を示す騎士が多いです」

「そうですか……」

 私がそう真顔で応じると、ランバートは意外そうに言った。

「嬉しくないのですか?」

「本当なら嬉しいのですが、実際にどうなっているのか分かりませんので」

 私がそう応じると、ランバートは納得した様子で言った。

「あなたは、やはりセレニー様の侍女にふさわしい方だ」

 ランバートはそう言ってから私を見据えた。

「あなたには色々と世話になっているのですが、ファナは大丈夫ですか?」

 ランバートはファナの叔父でもある。心配しているのは当然だ。

 私は、ファナが安定した暮らしを送っている事と、順調な妊娠経過を辿っている事を話した。

「元気そうで何よりです。ところで、私の方にはモルグ家の大奥様が不審な動きをしていると言う話が来ているのですよ」

 思わず遠い目になってしまう。

「実際どうなのでしょうか?」

 コピートに相談しようと思っていた事だが、取り返しの付かない事が起こる前に誰かを頼るべきだと判断して、マルネーナさんの事をランバートに話す事にした。

 ランバートは、顎に手を当てて呟く。

「確かに事件に巻き込まれて大奥様が亡くなられたら、ファナが気に病む事になりますね」

「そうなのです。それで夫であるコピート様に相談しようと思ったのですが……」

「ああ、今の状態では相談できないのも仕方ない」

 マルネーナさんは、確かに困った人ではあるが、想像が現実になれば後味の悪い事になるのは目に見えている。

「私に貸しを作るなどと考えずに、頼って下さい。独身である私にとって、ファナは娘同然ですから」

 ランバートは、にこにこして続ける。

「それにアルガネウトの別宅をジルムート殿に頼まれてお貸しした時点で、私はあなた達を友人夫婦と考えていますから」

 走って逃げたい衝動を抑え込み俯く。恥ずかし過ぎる。

「コピート殿は大変苦労されています。私からもコピート殿に了承を取って、大奥様の事は何とかしましょう」

「ありがとうございます」

 その後、部屋を出る前にマルクに呼び止められる事になった。ランバートは、先に一人で退室してしまった。さっきも物凄く見られていたが、この人は何の目的があるのだろう。

 話始めるのを待っていると、マルクは言い辛そうにぼそっと言った。

「あの……」

「はい」

「あなたの友人を紹介して欲しい」

 マルクは硬い表情のまま言った。

「侍女のアネイラ・リルハイムの事でしょうか?」

「そうだ」

 この人が、何故私を凝視していたのか理解した。アネイラと縁を繋ぐ機会を得たかったのだ。

 マルクの容姿をざっと観察する。……ハーフと言うのは美形が多い。この人も例にもれず、綺麗な顔をしている。ルミカやアネイラを見慣れてしまうと、普通の顔に見えてしまうのが悲しい所だが。

「マルク様は、ご結婚なさっているかと思っていました」

「私は三十六歳になる。ロヴィスに留学していて婚期を逃した。……あなた達の年齢から見るとおじさんだろうか?」

「そんな、とんでもない」

 アネイラの王子様候補は、少しほっとした様子で表情を和らげた。

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