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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
ポーリア騒乱
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ジュマ族の正体

 グルニアの帝都は、内陸部、ジュマ山脈の近くにある。

 パルネアの王都もジュマ山脈近くにあり、直線距離であれば、二つの都市はとても近い。

 俺達は海から大陸をぐるりと回り、帝都から離れた海岸に上陸し、内陸部を目指している。遠回りだが、これしか方法が無いのだ。

 ……ジュマ山脈は、入った途端に体重が数倍になり、動く事で疲弊する。しかし、その重圧故に休息も取れない。五日はそれが続く。

 実際に経験しているルミカの証言もあり、俺達は山越えを断念した。

 行軍の間、グルニアの人々は何度も見かけたが、彼らは俺達を何とも思っていなかった。恐れも怒りも無く、ただ無気力に見ているだけだった。

 たまに物資を盗む為に付いて来る者が居るだけで、そんな者達も、威嚇だけで逃げて行く。……魔法を使って来る者は居なかった。

 そして物資の補給の為に、ジュマ族と合流する地点に到着した。

 ローズの言う耳かきを作ってくれた木こりのおじさんと言うのは、ジュマ族だった筈だ。

「初めてお目にかかる。私はジュマ族の族長をしている。イライアスと言う。あなたが責任者か?」

「はい。ポート騎士団、序列一席のジルムート・バウティと申します。弟のルミカが大変お世話になりました」

 彼らが負傷したルミカを背負って運んでくれたのだ。俺の言葉に、イライアスは首を左右に振った。

「我々はこの通り目立つから、グルニアの動向を探るのに向いていない。ルミカ殿が潜伏してくれたお陰で、真相へと近づけた。無事に復調してくれて、とても嬉しく思っている」

 イライアスの丁寧な言葉に、俺は再度頭を下げた。

 ジュマ族は全員がパルネア人よりも背が高く、ひょろりとしている。顔に特徴的な赤い文様が描かれている。

 俺はジュマ山脈の成り立ちをクルルス様から聞いて知っている。……彼らがパルネア、ポート、グルニア以外の異民族であるとは考えられなかった。顔の文様は、多分魔法に属する何かだろう。

 俺達は詳しい話をする為、場所を移した。

「ここまで雨天が全くなかったのですが、これは王宮で行われている実験の影響でしょうか?」

 ここまでの行軍中、雨が一切降らなかった。川も干上がっていたから、ジュマ族が補給してくれる水はとてもありがたい物資だ。

「実験と言うよりも、かつての実験で得た魔法燃料を使って、天候を操る魔法が使われていると考えるべきだろう。それで王宮で行われていた実験についてなのだが……」

 イライアスは、一枚の紙を広げて俺に見せた。

「今から千年程前に、グルニアで錬成学と言う学問が流行した。発案者はシメオンと言う。グルニアで彼を知る者は、狂人シメオンと呼ぶ」

 シメオンの行う錬成の材料は人間で、当時の皇帝がシメオンを支持していた為、大勢のグルニア人が犠牲になったらしい。差し出された紙の絵に、思わず顔をしかめる。巨大な窯に人が棒で落とされている絵が描かれていたのだ。未だに魔法燃料は大気中に戻ってきていない。……錬成は失敗だったのだ。

 イライアスは続けた。

「シメオンも最後にはこの窯に入れられたとされているが……その後、この窯がどうなったのか分かっていない。これ程に巨大なものだと言うのに」

「もしかして、この窯が王宮内部に残っていたと言うのですか?」

「我々の推測だが、そうとしか考えられない。ルミカ殿は実験場所に到達する前にゲオルグと遭遇してしまったから確認できていないが、外国から来た傭兵が大がかりな魔法を使うとなれば、手段は限られてくる」

 天候を操る魔法。それ程の大がかりな魔法を何年も使うとなれば、莫大な魔法燃料が必要になるだろう。

「錬成は成功していたと言う事ですか?」

「いや……そうであればシメオンは英雄だ。狂人として伝えられている以上、失敗だったのは間違いない。ただ大勢の人間から魔法燃料が集められ、窯の内部に蓄積していた可能性は高い。純度の高い燃料があれば、大魔法は発動する。それを利用したと考えるべきだろう」

 それにしてもイライアスはグルニアの魔法に詳し過ぎる。俺としては、聞かずにはいられなかった。

「あなた達は……何者なのですか?」

 俺がジュマ山脈の成り立ちを知っていると告げると、イライアスは慌てて言った。

「これは失礼した。先に説明すべきだった」

 それからジュマ族について話を始めた。

「三千年前の戦争でジュマ山脈が出現し、パルネアとグルニアを隔てた時、大勢のグルニア人がパルネア側に取り残された」

 戦争状態で混乱していたのだから、あって然るべきだ。

「彼らが私達の先祖だ」

 俺は驚いて聞き返す。

「あなた方は、グルニア人なのですか?」

「そうだ。目や髪の色はこの加護で変えている。我々は、ほぼ純血のグルニア人だ」

 頬にある文様を指さして、イライアスは続ける。

「ジュマ山脈が出来た後のグルニアは、物資の補給を断たれ、今の飢饉と変わらない有様だったと聞いている。我々の先祖は狡猾でね……祖国に戻っても先が無いと考えたのだ。そこでパルネア王シアンに忠誠を誓い、ジュマ山脈に住む事を許された」

 グルニア人の心理は理解できるが、シアンのあっさりとした許容に俺は首を傾げる。長年パルネア人を苦しめた相手に、そんなに寛容でよかったのだろうか?

 俺の疑問が分かったのか、イライアスは言った。

「パルネア人のグルニア人に対する憎悪はとても強かった。だから容姿を隠してグルニア人と悟られない様にしなければ、パルネアから食料や日用品を分け与えてもらうのは不可能だった。しかも私達の先祖はパルネア平原に住む許可は得られなかったから、どんなに辛くても、体の重くなるジュマ山脈で暮らさねばならなかった。体にかかる重さに対抗するだけの魔法を作り、グルニア人だとバレない様に容姿を変化させ、良き隣人としてパルネア人に受け入れられるには長い年月がかかった」

 加護と彼らが呼んでいるものは、体に描く文様に反応して勝手に発動し続けるジュマ族独特の魔法で、ジュマ山脈の重圧に耐える為、そして容姿変化の為に、文様を描き続けるのだとか。

「そう言えば、グルニアとの戦争でパルネア人やポート人に協力した者達が存在したと聞いていますが、あなた達の事ですか?」

 イライアスは首を左右に振った。

「それはシアン王の配下のパルネア人だ。グルニアとの混血が進んでいた当時のパルネアでは、片目だけだが金色のパルネア人が何人も存在していたそうだ。シアン自身も片目が金色だったとされている。彼らがグルニア人と勘違いされただけの話だ」

 三千年前の戦争でグルニアを追い詰めたのは、パルネア人として生きた彼らの同胞だったのだ。

「グルニアが安定した後も、あなた達は何故ジュマ山脈に残っていたのですか?」

「平地は魅力的だが……選民思想は受け入れ難い」

 それは分かる。

「私達は代々、加護を落としてグルニア側に下り、グルニアの出来事や魔法の情報を集めてはジュマ山脈に持ち帰っていた。監視の為にね。しかし一般市民を装う事以上の諜報活動は出来なかったから、帝都に紛れ込んでも、王宮の内部情報はなかなか掴めなかった。……今回の飢饉に関しても、王宮内部の事が原因だったから、私達の拾う情報ではなかなか真実は分からなかった」

「そうだったのですか」

「ポートの騎士はとても優秀だ。ルミカ殿が王宮内部から証拠となる資料を持ち帰ってくれたお陰で、我々もこの推察に辿り着く事が出来た」

「弟が役に立って何よりです」

 イライアスは真剣な表情で俺を見た。

「私達は、グルニア人ではあるがジュマ族だ。グルニア帝国民ではない。パルネア人の良き隣人として存在したいと願い続けて来ている。それだけは、どうか信じて欲しい」

 俺としても、ルミカを助けてくれた上に、物資を運んできてくれたイライアス達を、ミラ達と同じに扱うつもりは無い。

「勿論です。協力に感謝します」

 俺が手を差し出すと、イライアスは表情を緩めてその手を握った。

 イライアス達との話し合いは長時間に渡り、王宮占拠の段取りがようやく整った。数時間に渡る話し合いを終えて一息吐いて座っていると、隣にラシッドが座った。

「さっきジュマ族に聞いたのですが、パルネア人の貴族って、グルニア人の血を引いた魔法使いらしいですね」

「ああ、セレニー様もそんな事を言っていたな」

「ローズ様って、元貴族の家柄だとお聞きしたのですが……」

 ラシッドの言葉に、一瞬思考が停止する。

「魔法の適性者って事になりますよね?」

 俺は不機嫌にラシッドに聞いた。

「だから何だと言うのだ」

「俺達が居ない間に、魔法を覚えて使ったりしないか、ちょっと心配になりまして」

「そんな事にはならない」

 体内の血を使うのだ。そんな不健康極まりない物を使えば、俺が激怒する事もローズなら分かっている筈だ。

「使わなくても、万一に備えて覚えるくらいの事はしそうだけどな」

 焚火を挟んだ対面で聞いていたクザートがぼそりと言う。

「縁起でもない事を言わないで下さい」

 俺が言うと、クザートは布で銛を磨きながら言った。

「いや、シュルツ殿下はそう言うの仕向けてそうだと思ってさ」

 シュルツ・パルネア。もうすぐ殿下ではなく陛下と呼ぶ事になるだろう。ぼんやり王子などと呼ばれて影の薄い皇太子だったが、その正体は、国の為ならどこまでも非情になれる専制君主の特性を持った人物だった。

「セレニー様を守る為に、ローズちゃんに魔法を覚えさせるくらいの事はやりそうじゃないか。ローズちゃんも騎士が少ない今だからこそ、万一の事を考えて覚えちゃいそうだし」

 クザートの言い分は当たっている。よりにもよってそんな危険人物が近くに居るのに、俺がこんなに遠くに居るなんて……。

「ディアがそうなったらどうするのですか?」

「ディアは魔法適性無いよ」

 クザートは即答した。

「庶民の出だからね。モイナも全く魔法適性無いし」

 自分の家族に、魔法適性者が居ない事を確認してある辺り、クザートはぬかりない。ぬかりないが……俺にも一言声を掛けて欲しかった。

「兄上、俺にもそう言う事は教えてください」

 クザートは顔を上げて、呆れたように言った。

「出征前にぐずぐずしているお前が悪い。出征についてローズちゃんと何も話していないから、俺達がそうやって魔法適性を気にしている事にも気付かなかったんだろうが。大体、ローズちゃんが魔法使いだなんて知ったら、余計に出征の話を渋っていただろうに」

「それはそうですが……」

 俺はラシッドの方を向いた。

「リンザの適性は調べたのか?」

「調べましたよ。適正はありませんでした。ポート人で魔法適性のある者は、パルネア人に比べると圧倒的に少ないみたいですね」

 何時の間に……。

「どうやって調べたのだ?」

「ニルガナイトを舐めればいいだけですよ」

「は?」

「魔法適性のある者は、凄く苦く感じるそうです。適正の無い者には味なんてありません」

 俺は慌ててポケットを漁り、小袋からニルガナイトを取り出した。少し舐めてみたが、味などしなかった。

「俺もやりました。味しないでしょう?」

「俺もやった」

 ラシッドもクザートも笑っているが、俺はそれどころではない。

「ローズが魔法を使って倒れるなど……あってはならない!」

「そうは思うけど、血に関しては女の方が余裕があるそうだよ。だから魔法使いに向いているとハザク様が言っていた」

「男よりも体が小さいのに、何故血に余裕があるのですか?」

「女には、月の障りがあるだろう?」

 クザートの言葉に慌てて辺りを見ると、既婚者の俺達以外寝静まっていた。

「子を宿していない限り、毎月捨ててしまう血が体内にある。それを魔法燃料に出来るから、魔法使いとしては、女の方が優れているそうだよ」

 ローズに子が宿って居れば、魔法を使うと言う無茶はしない事になるが……そんな兆候は無かった。

 シュルツ殿下……もしローズに魔法を覚えさせたら一生恨みます。

 俺がそんな事を考えていると、クザートがラシッドに言った。

「話は変わるが、ラシッド、お前大食いじゃなくなったな。体調はどうだ?」

「多分、あれの鍛錬をしなくなったからだと思います。……体調は悪くないです」

 あれとは、リヴァイアサンの騎士の異能を銛に乗せ、当たった先で炸裂させる技術の事だ。今のところ、ラシッドにしか出来ない。

 ラシッドの大食いは、出征前に少なからず問題になった。絶対に我慢するから連れて行けと言われたものの、本当に我慢できると思っていた者は少なかった。しかしいざ出征してみると、ラシッドは人並みにしか食べなくなっていた。

「異能も魔法と同じで血を使うのではないでしょうか」

 ラシッドの言葉に、クザートが首を傾げる。

「どう言う事だ?」

「俺の使う技は特殊でしょう?だから血が足りなくなって、沢山食って血を補充していたのだとすれば、鍛錬を止めただけで食事量が人並みになったのは当たり前です」

 俺とクザートは、顔を見合わせてラシッドを見る。

「俺達の血は魔法使いの体内に混ざれば、魔法使いが消えて無くなる程の猛毒みたいなものですから、その毒を応用して使うのは、案外大変なのでは無いでしょうか」

 クザートは呟く。

「そうかもな。力を使い過ぎれば寿命が縮むのも事実だ。……やはり、血に何かが宿っていて、使えばその何かが減ると言う、魔法燃料と同じ考え方をすべきなのかも知れないな」

 俺達の血には、魔法燃料とは違う何かが含まれている。……ポート湾の遥か海底で光る何かが、その起源だ。

「俺達の血には何が混ざっているのだろうな」

 クザートの言葉に対する答えを、俺もラシッドも持っていない。ただ、猛毒みたいなもの。と、ラシッドの言った表現は妙に俺の中に残った。

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