クリスマスアルコール
「クリスマス、何それ美味しいの? とか言ったけどさあ」
沙月は本日五杯目のジョッキに口をつけると、自嘲じみた笑みを浮かべて言った。
「美味しいに決まってるよね。だって、ケーキ超大好きだもん」
今さっき来たばかりのビールは瞬く間にカラになった。
「ていうか、クリスマスにぼっちの奴の方がマイノリティじゃん。負け組じゃん?」
「まあ、そうだよね」
私は苦笑いで相槌を打った。
沙月の言う通りだったから返す言葉が見つからなかった。
そう、負け組。これが現実だ。
クリスマスイヴの夜にチェーン店の居酒屋で何が悲しくて女二人で酒を飲むのか。
理由は単純明快。どちらも聖夜を共に過ごす相手がいないからに他ならない。
「あたしは、まあ、仕事のせいってことにしておくけどさ。何であんたは彼氏いないの?」
「何でって言われてもなあ」
ハイボールを口に含んで考える。
その一、別れたから。
当たり前だ。だから、独り身なのだ。
その二、好きになれる人と出会えないから。
うん?
これじゃね?
「出会いがないから、かなー」
ゴクリ、とアルコールを喉に流して、沙月の問いに答えた。
「仕事場に男いないんだっけ?」
「いないわけじゃないけど、素敵な人はいないよ」
「マジで?」
「ホントだよ。サキのところだって男の人いるでしょ? その人たちと付き合いたいとか、結婚したいとかって思う?」
ああ、と宙を見つめて口を半開きにする沙月。
「ないな。ありえない」
「でしょ?」
「でも、あんたのとこだったら金持ってる男多そうだけどなあ」
「お金じゃないの」
「ああ、そうだったねえ」
呆れたように笑う沙月。もう聞き飽きたのかもしれない。
「まだまだ乙女だね」
「うるさい。ほら、次何飲む?」
からかう様に沙月が言うから、私はタッチパネルを手に取った。
でも、サシで飲んでるから逃げられないんだけど。
「ビールで」
「好きだね、ホント」
「他のがあんまり好きじゃないだけだよ。あんたは何にすんの?」
「うーん。どうしようかなー」
沙月ほどお酒は強くないからそんなにどんどんは飲めない。今空けたハイボールだってまだ二杯目だ。
ていうか、すでにちょっといい感じにふわふわしてる。
「無理しないでいいよ」
「カシスオレンジ、いく」
「無理すんなよー」
と、沙月はケチャップをつけたポテトを私の口に押し込んできた。
はむっと咥えてモグモグ食べる。美味しい。
「何すんの」
「顔赤い」
「知ってる」
「ならいいけど。そういえば覚えてる? こないだのこと」
「ん、何?」
私の記憶にないことのせいか、途端にニヤニヤ、と怪しげな笑みが沙月の顔に広がった。
「三週間くらい前だっけ。あんたと飲んだとき、あんた仕事か何かでやさぐれてて無理していっぱいお酒飲んだ日あったじゃん」
あった気がするけど、詳しいことは覚えていない。
「でさ、その日、ぐふっ。マジ面白かったよ」
運ばれてきたビールのジョッキを口元に運んだところで沙月は笑い出した。
「あははっ、っつー。今思い出してもウケるわ。おっかしい。ふふふ」
「そんな変な感じになってた?」
ちょっと不安になる。他人に迷惑かけてなければいいんだけど。
「別に他人に迷惑かけたわけじゃないよ。介抱したあたしとしては迷惑だったけどさ」
「ごめん」
「いいって。いつもはあたしがあんたに迷惑かける方が多いんだし」
「で?」
「でね、くふふっ」
「早く言ってよおっ」
自分のことながらすごい気になる。いや、自分のことだからかもしれない。覚えてないのが悪いのだけど。
「あのとき、あんたビール馬鹿みたいに飲んだのよ。吐きはしなかったんだけど、すっごい千鳥足でまともに歩けなくてさあ。あたしの肩に寄り掛かったまま帰ったんだよ。いつもと逆だった」
「それだけ?」
「なわけないでしょ」
だよね。
「でさ、店から家に帰るまであんたずっと、『普通の生活の中で良い人と出会いたい。良く行くカフェとか居酒屋とかでいつもすれ違うだけだった人に声かけられて、そこから恋愛始まるみたいな出会いが欲しい』とかなんとか言っててさ。『高校生みたいな恋したいー。大学生みたいなのでもいいから恋したいー』ってずっと叫んでたんだよ?」
うっ。
まるで全然覚えていない。そんなこと言ったかしら。
「なんか真面目っていうか、真面なあんたがそんなこと言ってんのがおかしくてさー。学生みたいな恋なんかもうできるわけないじゃんって思ったけど、あんた酔ってたくせにマジトーンだったから本音なんだなあって」
「う、うるさいな」
まあ、そういう願望がないわけじゃないけれど。
沙月から視線を外してカシスオレンジを飲む。
「あー、腹痛い」
沙月は私の視界の外で思い出し笑いを堪えている。この子、お酒を飲んで笑うと脇腹が痛くなるっていう謎の性質を持っているのだ。
ていうか、笑いを堪えないといけないくらいおかしいかな?
「わかってるよ。もうアラサーだし。職業とか気にしちゃうけどさ、そんなこと意識から飛んでいっちゃうくらい純粋な恋したいじゃん」
右眼尻に小さく涙を浮かべた沙月がはあ、とため息を吐く。
「サキになら笑われてもいいよ。ロマンチストでいいですよー」
口では散々いじってくるけど、なんだかんだ沙月もそういう恋を求めてるっぽいし、まあ、乙女ですから。胸の内から半径二メートルくらいならそういう期待を打ち明けてもいいでしょう。
「あたしって、特別?」
「腐れ縁だけどね、一応親友だと思ってる」
にたあ、と嬉しそうな笑顔を沙月が浮かべた。
「キャー、ちーちゃん愛してるっ!」
ぐびぐび、とビールが一気に沙月の喉に流し込まれる。
「まあ、あたしは親友とまでは思ってないけどね」
「おい」
「嘘嘘」
右手をぶんぶん、と振る沙月。
「たぶん、あんたが一番長い付き合い長いかなー。大切な親友だから安心して」
「ロマンチストで時々痛くてごめんなさいね」
「照れ隠し」
のぞき込むようにして沙月がニヤニヤしている。
「うっさい」
「それ、可愛い」
「やめてって」
「それも可愛いよ?」
「……もう」
やばい。こういうの苦手。
付き合いの深い沙月が相手なのに、可愛いとか言われるとどういう態度で返せばいいのかわからない。
いじられているのはわかるのだけれど、それに対しておどけてノリを合わせていける性格でもないし、かといって『でしょー、もっと言って』って感じもできないし、私って不器用なのかしら。
「くー、それやばいわっ。男だったら惚れてる」
「なにが?」
「猫背になって首を伸ばしたままテーブルの上のグラスの淵に唇あてて困ってる姿」
「いちいち解説しないでよ。恥ずかしい」
反射的に姿勢を起こしてカシスオレンジを飲む。からん、と氷の音が鳴った。
「聞いたの、ちーだよ?」
「そだけどさ」
「お酒で顔赤くなってんのか、照れて顔赤いのかわからないね」
「お、さ、けっ」
言って、一気にカシスオレンジを空にした。そのままの勢いでタッチパネルに手を伸ばす。
「次、何飲む?」
「ビールにするけど、大丈夫?」
「大丈夫。私はコークハイにしよっかな」
タッチパネルをよろよろと叩いてオーダーを入れた。
「私をからかった罰として今日はとことんロマンチスト願望を聞いてもらいます」
「えー、マジっすか」
とか言いながら、まんざらでもない様子の沙月。
沙月も沙月で純な心を持っているくせにそういうことはあまり表に出さないから私が引き出してやろう。話題を振ればノッてくるし。
すぐにビールとコークハイが運ばれてきた。
クリスマス敗北組の夜はまだまだこれからだ。