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第五話 向かった戦場で巡り合うは無表情のお姫様

 五時間目、六時間目と授業の中身に集中せずどうやって桃李に説明して次回に持ち越すか考えた。考えたんだが、俺のお粗末な頭じゃ正解なんて導けず、最終的には菫に連行される形で桃李との約束を破ることになったのは悲しい結末と言えるだろう。

 これに関しては本当にごめん、桃李。

 でもな、正直俺に声を掛けようとしてたのに横からやって来た菫の真顔に顔を引き攣らせてたのは結構笑えた。

 お前もそんな顔できるんだなって、なんか普通に安心したんだよ。

 だからって何も言わずに連れ去られるだけ連れ去られて桃李との約束を破るのは、友達として最低なことだと思う。

 菫と話し終えた後、俺は桃李に謝罪の連絡をした。怒ってるだろうな、と恐々とした気持ちで繋いだ電話で桃李の口から「御柳とのデートは楽しかった?」なんて不機嫌丸出しの見当違いな発言を飛び出すとは思わなかったけど。

 ちゃんと否定はしたぜ。菫と俺がそんな関係になることは一生ないし、桃李だって分かってるはずだと俺は思ってだから。

 だけど全然納得しないどころか「健はオレと御柳、どっちが大事なんだよ?」なんてよくある女の定番名台詞をいただきました。

 うん、正直気持ち悪かった。男が言うなよと思った俺は悪くない。絶対に悪くない。

 ついでに言えばあそこまで拗ねた桃李は初めてだったので、今日は色んな桃李が見られたなと斜めの思考回路を展開した俺も悪くない――筈だ。うん、多分。

 とはいえ元々の約束を守れなかった俺に一番の非があるのは事実なので、どうにか機嫌を直してもらうために頑張ったんだよ、俺は。

 どうやって機嫌を取ったのかって?

 ふふふ、聞いて驚け!!

 なんと、今度の休みに桃李ん家に泊まりで遊びに行くってことで許してもらったんだぜ!!

 丁度桃李と一緒に見たい映画があったし、企画参加なんてしてたら桃李と遊ぶ時間も早々に取れそうにないな、と思って。

 それによくよく考えると男友達の家に泊まりに行くなんてのは初めてだから結構嬉しくてさ。

 急な思い付きだったけど我ながらいい案だと思って翌朝笑顔で桃李に話したら、なんだか嬉しいような困ったような変な顔をされてしまった。

 最初は別の日に改めて遊びに行くことにしてたんだが、折角なら思い切って桃李の家に泊まりで朝から晩まで遊ぼうぜって普通に言っただけなんだけど……もしかして、結構緊張してたのが顔に出てたのか!?

 もしくは許したフリして本当は俺のこと許してなかったのに、急にこんな提案してきてふざけてるとか思われた!?

「あの、勿論桃李が良ければ、だからな? 無理なら無理でいいし、俺の家の方がいいならそれでも構わないし。あ、でも桃李が泊まりとかまでは迷惑だっていうなら――」

「いいぜ」

「へ?」

「泊まりに来ても別にいいぜ? オレん家にはあんまり物はないから来ても楽しめないと思うけど、それでもいいんなら、来いよ」

「本当に? いいのか?」

「いいって言ってるだろ。提案者がなに遠慮してんだよ」

 犬歯をむき出しにして可笑しそうに笑う桃李は物凄く格好いい。同じ男なのに一瞬見惚れてしまったのはここだけの話だ。

 ついでにこのことを菫に話すと、何とも言えない顔をして「こればかりは本当に同情するわ、篠原君」なんて言ってたんだが、どういう意味なんだろう?


       ※ ※ ※        


 そんなこんなで女王様の命令に逆らえない村人Aは女王様が示した約束の地――企画会社の入り口までやってきたのである。

 駅の入り口から徒歩5分。複雑な道のりは一切なく、真っ直ぐ歩けば簡単に着いた。これは移動面について高評価だしてもいいかもしれない。

 何様目線だって? そんなの、面倒事に巻き込まれた村人目線だっての!!

 ちなみに今回の企画を実行したのは菫が愛してやまない乙女ゲーム専門制作会社「Utakata Alice.」

 専門と名の付く通り、開発しているゲームは全て乙女の為の乙女に送る乙女ゲームオンリー。恋愛シュミレーションを主体にRPG、パズルゲーム、カードゲーム、スマホゲーム等々種類は豊富だが中身は乙女ゲーム一択という徹底ぶり。

 その中でも有名な少数精鋭開発チーム「幻想乙女」が綴っているブログに今回の企画内容が載せられていたらしい。ご丁寧にパスワード付きで。

 そんなの見たら菫が解読の為にいくらでも時間を費やすのは当然のことだ。パスワード解読の為のヒントもあったからそう時間は掛からなかったと笑っていたが、目は一切笑っていなかったのが非常に印象的でした。まる――閑話休題。

 解かれたパスワードの答えは至極簡単な一言「otome」それだけだったらしい。

「流石にあの答えには一杯食わされたわ」

 こう述べられた菫女王様の笑みは非常に輝かしく、やはり瞳は笑っておられませんでした。

 いや、普通に怖かったよ。怖かったけど、茶化すわけにもいかないわけで――言っとくけど、茶化した瞬間に俺の命は一瞬で消えるからな?

 差し障りのない言葉でさりげなくどんなヒントだったのかを聞いてみたんだが、一瞬にして菫の顔が真顔になったから俺は非常に気まずくなった。

 ちなみにヒントはこうだ。

「美味しい恋はどんな味がするかしら?

 鳥が囀る甘やかなそれと同じかしら?

 巡り合わせる愛しい人はそれを答えてくれるかしら?」

 俺にはさっぱりわからん!!

寧ろこれはヒントじゃないだろ。問いかけというか問題そのものじゃないのか?

 唸った俺に差し出されたもう一つのヒントがあるんだが、これもまたなんというか、ヒントと言えるのかどうか……

「貴方は私を知ってるわ。

 だって貴方は私で、私は貴方ですもの。

 鏡の前に映る貴方が私なの。

 さぁ、頭から呼んで、私の名前を」

 これで分かる奴なんて早々いない気がする。気付けた菫が凄すぎるのか、それともこんな乙女の詩(と書いてポエムと読む)を書いた奴がイカレてると言うべきか。

 答え合わせをすると、ヒント二つ目の最後の一文がキーワードになるようだ。

 頭から呼んで→頭から読む→頭文字を読んでみる→ヒント二だとあだかさと意味不明→ヒント一を読めばおとめになる→まさかと思いつつ「otome」と入れてみれば正解だった。

 菫は本当によく頑張ったと思うよ。答えがこんな答えだっていう事実に項垂れずに先へと進めた勇気を称えたい。

 でも実際には褒めてやらない。褒めれば調子に乗るのは目に見えて分かるし「当然でしょう?」と当たり前のようにふんぞり返るのもまた目に見えている。そして加速する俺への面倒事と心労はプライスレスだ。

 そんなものを進んで受け取りたい奴なんていやしな………………くはない、な。

 女王様たる菫の信者なら喜んで受け取りにいくだろう。恍惚と昇天した顔が同時に浮かんでいるような気持ち悪い表情を浮かべて。

 ちなみに俺はそれに該当しないのであしからず。

 なんとか先に進めた後の菫の行動は、まぁ、語らずとも分かってくれるよな。深夜の大迷惑なお電話ですよ。でもって、俺の知らぬ間に「突撃!! 隣の(実際は隣になんてない。県外だ)会社訪問!!」なんてやらかしてたとかな。

 本当にあの行動力はどうにかならないのか。

 気軽に会社に突撃してきたって言われた時の俺の衝撃は語れるもんじゃないぞ。

 昔見たことのある「突撃!! 隣の晩御飯!!」的な番組じゃねぇんだから、もっと自分の身を大事にしてくれ。

「なんて、言ったところで聞いちゃくれないのが菫だよなぁ」

 ぽつり、呟いた情けない一言は風に乗って消えていく。できれば菫の耳元まで届いてくれればいいんだけど、そんな無茶ぶりを風に強いたところで叶えてくれる筈もなく。

「……なんで、俺、こんなに胃が痛く感じるんだろう……」

 しくしくと泣いている気がするのはきっと気のせいじゃないはずだ。

 お腹の部分を手で押さえながら憂鬱な気分に浸ること約一分。そろそろ俺も現実を見つめよう。何やってんだアイツ、的な視線をこれ以上集めたくはない。

 改めて俺は目の前の会社を見上げた。外見判断では最近出来たばかりのように見えるが、実際は築ウン十年らしい。

 ウンの中には適当に年数を入れてくれ。菫が情報の一つとして教えてくれたんだが俺はもう覚えていない。

 綺麗に磨き上げられている窓枠が太陽の光を反射して俺を照らそうとしている――のだが、俺の心はどんよりとした曇天模様。太陽の光なんて差し込む隙間がない程に欝々とした気分から脱出することは出来そうにない。

 ポケットに手を突っ込んで取り出したのは俺が愛用している携帯だ。スリープモードを解除して時計を確認すると、約束の時間まであと5分を切ろうとしている。

「時間まであと少し――だけど、俺が向かうべき場所は何処なんだ?」

 来たくなかったとはいえ来てしまったのだから待ち合わせ時間には必ず間に合うように向かうのが当たり前。

 しかし指定されていた会社の前まで来たものの、詳しい場所の指定までは聞いていなかったことを思い出す。

「どうすっかな? 菫に聞いてもいいけど、捕まるかどうかだよな」

 携帯画面の受話器のアイコンを押して、電話帳の文字をタップすれば出てくる「菫」の名前。

掛けるのは簡単だけど、すんなり出てもらえるとは思えない。今日の菫は乙女ゲームデーと称した一日ゲーム没頭日。外部からの連絡は一切出ない取らない掛け直さない。

 緊急案件だろうと乙女ゲームの前ではゴミに等しい。いや、だが、今回の用件は菫が持ち込んだ案件でもあるからある意味ワンチャンが期待できるか!?

「掛けるか、掛けないか……どうするか……」

「そこは掛ける一択じゃろう」

「あ、やっぱり?」

「うむ。掛けずに諦めるのは男として情けない事この上ないぞ。チャンスがあるなら攻めて攻めて攻めて――掴み取るのじゃ!! その両手で愛しい殿方の心をな!!」

 ガシッと握りしめられた俺の両手。携帯を持ったままの手なので力を込めて握られると結構痛いんですが。

 初対面にも関わらず菫と似た暴走しているお前は一体誰なんだ!?

「あ、あの……」

「ふふ、いいのう、いいのう。そなた、実に素晴らしい才能を持っておるな。話には聞いておったが予想以上じゃ。これはますます期待が出来る」

 淡々と、しかし熱の籠った声で喋るのは無表情の女性だった。

 艶やかなストレートロングの金髪は前髪も長く、瞳を隠すヴェールのようだ。頭上に飾られたティアラが視覚的にそう捉えさせている。

 僅かな隙間から見える両眼は右が蒼色で、左が緑色。これはまさかのオッド・アイ、というやつか?

 人工的に作られたものか、はたまた生まれつきというものなのか――前者な気がする。なんとなくだけど、菫がコスプレした時に入れていたカラコンの眼と似ているから。

 着ている服装は頭に飾られたティアラとお揃いにしているのかお姫様のようなドレスタイプの黒のワンピースに、レース模様の白の透けたストール。表面がツルッとした黒革のパンプスは黒のファーでデコレーションされている。

 何かのキャラのコスプレだろうか?

 女性の儚げな雰囲気にとてもよく似合っているし、菫が見たらさぞ喜ぶだろうな。

「そなた、須藤健で合っておるか?」

「へ? なんで俺の名前……」

「ふふ、妾が招待した人物を知らぬはずがなかろうて。特にそなたは菫嬢のご友人。大事な客人を持て成す為の準備はいつでもどこでもバッチリじゃ」

「はぁ、それはどうも――って、菫嬢って、今言いました?」

 見知らぬ女性が唐突に口にした別の女性の名前に俺は思わず聞き返してしまう。

是非とも俺の聞き間違いであってほしいんだが、嫌な予感がするのはきっと気のせいじゃないんだろう。

「そう言うたが……そなた、菫嬢の友人ではない、と?」

「いや、菫嬢っていう奴が俺の知ってる菫――御柳菫で合ってるなら同一人物のはずだけど」

「ふむ。間違いではないだろうが……敢えて聞こう。そなたの知る菫嬢は――」

「……………」

「乙女ゲーム好きの腐女子界の女王、御柳菫で合っておるかの?」

「――ハイ、マチガイアリマセン」

 緊張感漂う間を置いて確認された内容はあまりにも眼が眩む中身だった。

 待ってくれ。菫が普段から女王様なのは知ってるけど、腐女子界(そもそもそんな世界があることすら知らないっての!!)まで牛耳ってとか俺が知るわけないだろう!?

 でも否定が出来ない。簡単に幼馴染の菫だと想像がつく。

 なけなしの勇気振り絞ってどうにか肯定はしたものの、言葉は本音をさらけ出すように棒読みだったのは言わずもがなだ。

「なんじゃ、合っておるではないか。妾の言う菫嬢はそなたの言う御柳菫と同一人物じゃ。ちなみに妾も菫嬢と同じじゃぞ」

はい。嫌な予感大当たり。ご本人からも満足気な肯定(ただし無表情は変わらずに)をいただきました。

 悲しいかな、この人も菫と同じく腐ったご同類だ。間違いない!!

「菫嬢とはこの会社で知り合ったんじゃ。アポなしで妾の職場まで来たかと思えば堂々と宣戦布告しおった上に、妾との熱烈腐女子トーク。正直妾とあそこまで語り合える女子おなごがおるとは思わなんだでな。今では仲のいい友人兼メル友じゃ」

 表情が動かなくとも声音だけでどれだけの熱が入っているのか分かるなんて、俺は今凄い体験をしている。

 これはきっと一生に一度の思い出になるくらいの素晴らしい体験に違いない。

「ソウデスカ、ソレハヨカッタデスネ」

「うむ。あの日はいい一日じゃった。初めての企画応募希望者にも出会え、我らと想いを同じくする同志となり、こうして生贄――基、企画参加者にも恵まれるとは本当に妾は幸せ者じゃ」

「ちょっと待て。今不穏な言葉が出てなかった!?」

 生贄って何!? やっぱりこの企画、参加しちゃダメなヤツなんじゃ!?

 顔面蒼白にして一歩後ずさった俺に女性は初めて表情を動かした。

「不穏とは失礼じゃな。妾による妾の為の妾が得する乙女ゲーム兼仮想空間試運転企画故、生贄と称して何が悪い?」

 歪ませた唇は右端だけを吊り上げ、勝ち気さを演出。作られたオッド・アイが何か文句でもあるかと雄弁に語る。

それは非常に男前な笑顔だった。思わず格好いいと呟いてしまうくらいには。

 女性に対して失礼な感想かも知れないけど、あの一瞬だけは桃李に負けず劣らずのイケメンが垣間見えたのだ。

(性別間違えて生まれてきたのかと思った)

「確かにある意味で妾は性別を間違えて生まれてきたかもしれぬなァ」

「あ、やっぱり? 俺もそう思う――って、人の心をどうやって読んだ!?」

「それは、乙女の秘密と言うものじゃ」

 色白の細長い人差し指をピンと立て、淡いピンクの色をした唇にそっと押し当てる。静かに、と、内緒の意味を見せるポーズが非常にお似合いです。

 よくよく見るとこの人も結構顔が綺麗なんだよな。桃李や菫と一緒に並んでも遜色がないっていうか、格好がつくというか。

 うん、この人、お姫様がよく似合う気がする。格好からしてそうとしか言えないわ。

 対する俺は村人A。役職的にはお姫様を尊敬し、信じ、ついていくようなものである。

 どう足掻いたって勝てやしない立場にいるのだとまざまざと思い知ることになるとは思わなかった。

 いろんな意味で世界って狭いんだな。それとも俺の視野が狭かっただけで周りにはこんな奴ばっかしかいないってことだったのか?

 どっちにしろ俺としては面倒事しか運んでこない女王様とお姫様なんて傍迷惑この上ないんだけどな。

 それさえなければ菫はいい奴なんだ。普通に頼れる幼馴染って枠に収まるのに……どうして乙女ゲームが絡むと人が変わったようになってしまうのか。

(理解は出来ないけど、それが菫なんだよなぁ。今更その部分を無くしてくれ、なんて言えないし言ったところで聞いちゃくれないし――なにより、そんなのは菫らしくないな)

 好き勝手に俺を巻き込んで笑顔で欲張る。それが俺の知る菫であり、面倒事を寄越してくる幼馴染であり、大事な親友でもある。

 なんか結局、菫は菫のままでいてくれればそれでいいやってオチがついただけな気がするけど――ま、いっか。

 俺は一人納得したようにうんうんと満足げに頷いていた。

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