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第四話 村人の受難は女王様との密会から始まった

 はーるばる来たぜ――函○だったらどれだけよかっただろう。今の俺なら人生最大の幸福を彼の地に捧げることができただろうに、歌詞のようにはなかなかいかないものだ。

 と言っても俺はこのワンフレーズしか知らないからそれ限定で、と注釈を入れておく。

 俺は今とある駅の出入り口に一人ポツンと立っていた。

 そこは名鉄、近鉄、地下鉄、新幹線の中継地点、もしくは終着点、出発点として広く使われる大きな駅だ。

 駅構内には大手ショッピングモール並みの専門店が立ち並ぶ。その中でも一際目立つのが大手百貨店。取り扱う品々はどれも一級品が揃うもののお手頃価格での提供も忘れない。この駅の一番の目玉と言っていいかもしれない。

 一度駅を抜ければ表はオフィス街に、裏は雑居ビルが立ち並ぶ繁華街のような場所に繋がっている。

 仕事目的は表、遊びや買い物目的は裏といった感じで目的地によって向かう出口は変わってくる。

今回の俺の目的地は表のオフィス街だ。沢山立ち並ぶ企業のビルの一つに用があって来たのだが――正直、来たくはなかった。

 理由は二つ。

 まず一つ目は此処まで来ることに対して時間と費用が掛かりすぎること。

 俺が元々住んでいる場所は田舎よりなので交通の便があまり良くない。目的地の最寄り駅まで来るのに名鉄と近鉄を乗り継がなければいけないのがいい証拠だろう。

 到着までに掛かる時間はなんと二時間弱。費用は一か月のお小遣い(毎月一万円は貰っている)の内、片道だけで千七百円近くが飛んでいく。帰りも同様に掛かると思うと約半分が消えてしまうようなものだ。

 これについては絶対後から請求してやる。男子高校生のお小遣い一万円がどれだけ毎月大事なのか思い知らせてやるんだ!!

 次に二つ目の理由が俺自身納得して此処に来たわけじゃないということ。

 じゃあどうして此処にいるんだって?


 そんなの、あの、女王様に逆らえなかったからに決まってるだろうが!!


       ※ ※ ※        


 過去を振り返ること一週間前。

 菫に連れ去られるようにして向かった場所は特別別館にある生徒会室だ。

 俺の通う学校は本館、別館、特別別館と三つの建物に分けられる。

 本館は文字通りメインの建物。各学年の教室から職員室、保健室、学園長室、食堂、昇降口等、一日の内容は本館だけで済ませようと思えば済ませられる。

 それを敷地の中央に据えて、左右それぞれに渡り廊下を設置している。右の渡り廊下を渡れば別館に。左の渡り廊下を渡れば特別別館に繋がっている。

別館は理科室、図書室、第一音楽室、第二音楽室、調理実習室、パソコン室等の実習を行う場所が纏まっている。こちらも三階建てになっていて、本館と比べると結構広い方だ。

 最後に特別別館。こちらは生徒の部活動――特に文化部の部室などが纏まっている。

生徒会室も此処に割り当てられており、一番上の三階にあるため教室からの距離は非常に遠いのが難点だ。

 片道約十分。昼休みの時間は一時間しかないことを考えて行き帰りに二十分は取られるとなると、食べながら話をするにしてもそんなに時間を取ることができない――が、今回は弁当を教室に忘れてきてしまったのでその分少しだけ時間は取れる。

 でもなぁ、腹減ったまま話をするのはちょっとキツいんだけど。

 生徒会室に到着すると同時にグゥ、と盛大になるのは俺の腹の音。

 扉を開けようと背を向けていた菫が振り返る程には大きく響き渡ってしまったようで。

 暫しの沈黙が流れる。

 菫は非常に可哀想な子を見るような顔で、俺は非常に恥ずかしいと言わんばかりに俯いた。

 生理現象なんだから止められるわけがないんだよ、うん、こればっかりは仕方ないんだ。

 だからそんな眼で俺を見るんじゃない!!

「――とりあえず、先にお昼を食べましょ。健、お弁当は?」

「お前が急いで此処まで連れてきてくれたおかげで俺の弁当は教室でお留守番だよ」

「事前に迎えに行くって言っておいたんだから準備しておくのが当たり前でしょう?」

「それをする暇すらくれなかったのはどこのどいつだよ!?」

「篠原君かしら?」

「いやお前だろうが!! あぁ、もう反論するだけ体力使って腹減るとか……」

「それは自業自得ね」

 ああ言えばこう言う。こう言えばああ言う。毎度のことながらやっぱり菫には勝てる気がしない。

 俺の恨みがましい視線をものともせずに菫は専用の椅子に腰掛ける。それに倣って俺も近くの椅子に座ろうとするのだが。

「座る前にお茶の準備お願いね」

 ピッと人差し指が指し示す場所は給水場である。生徒会室になんでそんなものが備え付けられているのかと言えば、菫が欲しがったからだ。

 一生徒が欲しがっただけで給水室がポンと生まれるわけはないのだが、何をどうしたのか気付けば改築されていた。それが事実だ。

 詳しくは菫に聞いてはいけない。自分の命が大事なら尚更な。

「今日は私、緑茶の気分だから準備よろしくね」

「はいはい、女王様の仰せのままに」

 反論する元気も逆らう気力もない俺は言われるがまま給水室に向かい、備え付けのポットからお湯を出して緑茶を入れる。

 ついでとばかりに俺の分も用意。何も食べられないならせめてお茶で空腹を紛らわしたかった。

 あわよくばお菓子かなにか置いてないかなと探して見たが、眼に入る範囲ではそれらしきものは見当たらず、がっくりと肩を落としながら緑茶を入れたカップを二つ持って元の場所へと戻った。

「ほらよ、熱いから気を付けろよ」

「ありがとう、健。ご褒美にこれあげるわ」

「ん? なんだこれ?」

 カップを渡した手に返ってきたのは茶色の紙袋。重さはそんなになく、感触からして食べ物だったらいいなぁ、と期待する程度には柔らかい。

 いや、柔らかいだけで食べ物に繋げるのはよくないぞ。もしかしたらタオルだとか靴下だとか布製品かも知れないし。

「何か可笑しなこと考えてるようだけど、中身は今健が欲しがってるものよ」

「俺が今欲しがってるもの――てことは、もしかして」

 菫の鋭い突っ込みを他所に俺は自分のカップを机の上に置いて紙袋の中に恐る恐る手を突っ込んだ。触れた感触はやはり柔らかく、そろりそろりと取り出してご対面。

 現れたのはなんと――

「おにぎり?」

 ラップにくるまれた三角おにぎりだ。海苔もしっかり巻かれて非常に美味しそうに見える。

 紙袋の中を覗きこむとあと残り二つ入っていた。片方は海苔が巻かれているがもう片方はむき出しのままラップにくるまっている。

「そうよ。今日の三、四限目が調理実習だったの。和食を作ることになって私の班はおにぎりと卵焼き、お味噌汁っていうシンプルな献立にしたのよ」

「ちなみに具材は?」

「梅干しと鮭。あとはちりめんじゃこと昆布の混ぜご飯」

「……これ、俺が食べていいんだよな?」

「勿論。ご褒美にあげたんだからちゃんと食べてもらわないと困るわ」


――ぐーきゅるるぅ


 情けないお腹の合唱団が早くそれを口に運べと訴える。菫からも許可は下りているわけだし、食べないという手は一切ない!!

 俺はいそいそと椅子に座って手に持っていたおにぎりのラップを取り外す。くるまれていた包みから顔を出したそれを思いきり口に頬張る。

 いい塩梅のおにぎりに俺の腹が大歓喜!!

 思わず無言で食べ進めて気付けば全部俺の腹の中。自分で淹れたお茶をズルルッと啜っていた。

「あー、美味かった」

「お粗末様でした。それじゃ、早速話をしましょうか?」

「あぁ――ていうか、あの話、本当に断れないのか?」

「無理ね。と言うか、私が断らせるはずないでしょ。これは絶対参加なのよ」

 首を横に振りながら俺に異論は認めないときた。

 くっ、分かっていたとはいえすんなり認めるわけにはいかない。無駄な足掻きと思われようとも俺は負けるわけにはいかないんだ!!

「健なら分かるでしょ? 私がどれだけ乙女ゲームに命を捧げているか!!」

「長い付き合いだからな。それは分かってるつもりだ。だけどな、菫」

「何よ?」

「そこに俺を巻き込むのは違うだろ? 俺はお前と違って乙女ゲームなんてものには一切興味がない!!」

「そこよ!!」

 菫の唐突なる一喝に俺は身体を硬直させる。

 目を白黒させて口を開くこともできない俺を前にして菫はキラキラと瞳を輝かせながらそれはもう嬉しそうに語りだす。

 曰く、これは俺みたいな奴の為にある企画なのだと。

「昨日も言ったように企画のコンセプトは「乙女による乙女ゲームを更に進化させ、男女関係なく楽しめる乙女ゲームへと!!」なのよ。私がこよなく愛し、世の乙女が求め、世界に轟くほどの愛がこもった世界を、性別に関わらず誰でも楽しめる!! 私が常々求めていたものがこの企画にはあったの!!」

「お前が求めてるだけで俺は求めては」

「健は乙女ゲーム初心者じゃない? できれば私と同じくらいにハマって、一緒に遊んでくれたらなぁ、っていう夢があったんだけど、中々それが難しいことくらいは分かってたわ」

「おーい、菫さん? 俺の話を聞いて」

「でもね、今回のこの企画ならきっと健の中にある乙女ゲーマーとしての素質を開発してくれると思うの」

「いやいやいやちょっと待て」

「それに何より私の好きなものを、健にも感じて好きになってほしいの。そりゃ全部は無理だろうけど、感じてもらったり、触れてもらったりすることは出来るじゃない? そこから健も好きになってくれたら、私はすごく幸せよ」

 健も幸せになってくれたらさらに嬉しいんだけどね、なんて照れくさそうに付け加える菫は、幼馴染の贔屓目を除いても、物凄く可愛らしかった。

 可愛らしかったのだが――菫さんや? とどのつまり俺は結局強制参加と言うことには変わりないんだよな?

「全てを纏めたその心は?」

「私の萌えの為に一肌脱ぎなさい!!」

「やっぱりか!!」

 これだからお前は腹黒だと言われるんだよ!!

 主に俺から!!

「今回ばかりは絶対に嫌だからな」

「嫌だ嫌だもやる気の元って言うわよね」

「全然言わねぇよ。勝手に言葉を作るんじゃない!!」

「もう、健ってば我儘ねぇ。何がそんなに嫌なのよ?」

「全部嫌に決まってるだろ。特に性別反転とかありえないし」

「あぁ、あれ!! いいわよねぇ、男から女への性別反転なんて!!」

 うっとりした顔で両手を握りしめて頬に当てる仕草をとる菫はどこかへ一瞬にしてトリップしてしまった。

 多分きっと性別反転したを想像でもしているんだろう。そういうのは自分を性別転換して妄想してほしい。

 俺をトリップ先まで巻き込むのだけはやめてくれ。

「実際私が体験した時もそこまで体感させてくれたんだけど、凄かったの一言に尽きるわね。外見は自分好みに設定できるんだけど、まず自分の性別を男か女か決めるのね。決めた後は年齢を決めるんだけど、これがベースになるの。例えば小中学生くらいの年齢を選べばそれに該当する肉体がベースになるって感じね。ちなみに私は青年を選んでみたわ。大体高校生、大学生ぐらいかしら? でもこの頃の年代って身体の作りが様々じゃない? そこも希望に合わせて作られるんだからあそこの会社の技術マジ半端ないわ」

 腕組みしながらうんうんと頷き、さらに言葉は進んでいく。

「体格が決まればあとは身長の高さとか声の低さとか細かな部分を数値で当てはめて、髪の色や髪型選んで機材に記憶させるのよ。そしたら後は仮想空間に入るだけ。入った後に姿見なんかで自分を見ると、ちゃんと設定した姿形に早変わりしてるのよ!! 声も男の声そのものでね、口調をそのままで喋っちゃったからなんだかオネェっぽくなっちゃったわ」

 性別転換の仕組みを力説したと思えば、当時の記憶を思い出してはケラケラと笑い出す。まさか既に体験済みだと思わずに俺は惚けることしかできなかった。

 会社に突撃したとは聞いていたし、仮想空間を体験したことも聞いている。だが、まさかそこまでしっかりと体験してきてるなんて思うはずないだろう!?

「今思い返しても鳥肌が立つくらいに凄い技術を体感させてくれるだなんて、やっぱりあの会社は一味違うわ」

「俺としては傍迷惑な会社でしかないけどな……」

「ちょっと、絶対に将来はその会社に入社すると決めてる私に対して失礼な発言は止めてくれる?」

「ならお前は俺を面倒事に巻き込むことをいい加減にやめてくれ」

「それは無理ね」

 笑顔で即答でした。知ってたけどね、うん、知ってたけどね。

でもさぁ、もう少しくらい考えてくれたって罰は当たらないと思う訳であってだな。

「そんなことよりも健には絶対にこの企画、最初から最後まで参加してもらうわよ」

「完全に拒否権なし、ってか?」

「当たり前よ。私が貴方に話をして断らせたことを許したことなんて、一度たりとてあったかしら?」

「ないな」

「でしょ? だからとっとと諦めなさい」

 言外に時間と無駄だと笑顔で切り捨てるのは止めてくださいお願いですから。

まぁ、でもこれでよく解った。菫が俺に事後承諾させてまで企画に参加させようとした訳が。

 早い話、こいつは俺を使ってその企画を疑似体験したがっているんだ。実際に動くのは俺だが、どう動くべきか、どうすればキャラを攻略できるか、その他もろもろの指示出しを担当する気だろう。

 菫は根っからの乙女ゲーマーで腐女子だ。新作が出ればどんな会社のゲームでも必ずやりこむ。流石に18禁には手を出してないが(現在俺達は17歳。あと一年足らないんだよな)絶対対象年齢に入れば購入してやるに決まっている。

「そこに萌えがある限り、茨道だろうと私はこの道を突き進むのよ!!」

 乙女ゲーム攻略に命を掛けている時に不思議に思った俺に対する菫の名言がこれだ。この言葉に惹かれて菫の腐女子仲間になる奴があちらこちらにいらっしゃるとかいらっしゃらないとか――閑話休題。

 俺には一生理解できない言葉だな、としみじみしつつも菫らしいと微笑ましく思ったんだったか。

 今思い返してもやはり菫らしいと思ってしまうのだから間違いではないだろう。

「はぁ……分かったよ。俺の負けだ」

「それじゃあ――」

「受かっちまったもんはどうしようもないしな。知らなかったとはいえ迷惑かけるのもなんだし……行けばいいんだろ、行けば」

「流石健!! やっぱり私の幼馴染は一味違うわね♪」

 調子のいいことを言い出す菫に呆れた視線を向けつつも、最終的に参加することを決めた俺はもう少し詳しい話を菫から聞くことにした。

「で? 今回の企画について詳しいことはちゃんと案内してくれるんだろ?」

「勿論よ――と、言いたいところなんだけど」

 言葉を区切った菫が向けた視線の先には、大きな丸い壁時計が飾ってある。

 それは長針をゆっくりと動かしているところだった。動いた先にあるのは10の数字。短針はあともう少しで1の数字を指し示そうとしている。

「そろそろ時間だから続きは放課後にね」

「もうそんな時間だったのか」

「早く行かないと授業に間に合わなくなるわ」

 慌てて席を立ちながら二人揃って生徒会室を後にする。

 放課後の待ち合わせ場所を走りながら打ち合わせて、本館まで移動するとそれぞれのクラスへと足早に戻っていった。

 ギリギリの時間でどうにか間に合ったのはよかったんだが、席に着くと同時に俺はハッとすることになる。

 目の前に座る男子生徒――桃李の背中を見て思い出したのだ。

(あ、俺、今日の放課後桃李と約束してたんだ)

 一緒に遊ぶ、という大事な約束。ついうっかりで忘れてしまっていた俺は午後の授業中、どう謝るべきか頭を悩ませることになる。

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