第三話 鈍感な村人、イケメン友人の心知らず
あの後、現実逃避した俺を引きずるようにして教室まで連行した菫は「昼休みにまた来るから忘れないで待ってなさいよ」と一言述べて自身の教室へと向かった。
ニッコリと微笑んだその顔は逃げたらどうなるか分かってるわよね、と無言のプレッシャーを俺に与えてくる。しかし、そんなことに気付いたのは当事者の俺だけ。
周りは綺麗に微笑む菫の姿に目を奪われ、それを向けられた俺に対しての嫉妬、妬み、ほんの少しの好奇心をまぜこぜにした視線を送ってくる。
(流石菫様。大人気でいらっしゃる)
内心で皮肉を零しつつも、これはいつものことだと早々に切り替えて自分の席へと座った。
俺と菫が幼馴染なのは殆どの生徒が知っている。何故知っているのかと言うと、菫が我が校の人気者の一人であるからだ。
ファンクラブが結成されるほどの人気は容姿端麗、頭脳明晰、カリスマ性等々、様々な要因を持ち合わせている菫ならではのこと。
その反面、俺は何処にでもいるモブである。中肉中背、丸書いてちょん、の絵描き歌でさらっと描いてしまえる程度の容姿。頭脳も学年の中では中の下あたり。可もなく不可もなくと言った普通の男子高校生だ。
女王様と村人A――俺達をそう表現しだしたのは一体誰だったか。もう覚えてはいないけれど的確な表現だと俺は思う。後日菫に伝えたら大爆笑された。あれだけ思い切り笑う菫は初めて見たかもしれない。
動画で残せば弱みに近い何かにはなったかもしれないと思うと今でも悔しいところだが、それが菫にバレれば命がない事も理解しているので想像だけに留めておく。命大事に、だな。
そんなこんなで幼馴染だと言われながら互いの立ち位置があまりにも釣り合いが取れていないことから、隣に並んで歩くには女王様には王子様もしくは王様が相応しいと周りから言われ続けた。
村人は村人らしく隅に引っ込んでろということらしいが――正直な感想としては、全くもって馬鹿馬鹿しい!! これに尽きる。
俺が誰と一緒につるもうと俺の勝手であって、周りの奴らにいちゃもん付けられる理由はない。寧ろそう言えるのは俺がつるんでいる相手だけだ。
相手が嫌がっているのに鈍感対応しているわけにはいかないから言われた通り離れるけど……寂しい、から、頑張って近づいても大丈夫なように努力する。
近づくなって言われるのは俺が相手に悪いことや嫌なことをしてしまったからだと思うから、今後はそうしないようにする。
でも何が悪いかなんて俺には分からなかったりもするから直接聞いて――って、これは今どうでもいいんだって。
とにかく、俺は菫と一緒にいるのは嫌いじゃないから周りに何言われようと離れる気はないってことだ。なんだかんだ言っても菫は俺の大事な幼馴染で悪友で、親友なんだ。
こんなの恥ずかしいから菫には一生言わないけどな。
「今日も朝から見せつけてくれるねェ」
前方から唐突に投げられたご挨拶な言葉に、俺は盛大な溜息を吐いた。
「見せつけてねぇよ。お前の眼は腐ってんのか?」
「いやいや、オレの視力はどっちも正常だぜ。なんせ2・0はあるからな!!」
自信満々にドヤ顔を決めているクラスメイトである男の名は篠原桃李
。俺の高校一年からの友人だ。
すっきりとした顔立ちに嵌め込まれた切れ長のツリ眼。薄い唇が笑う時に覗かせる犬歯は鋭く、野性的な印象を与える。ウルフカットで整えられた髪の毛は金色に染められていて、毎度生活指導の先生から怒られていると聞くが、当の本人に堪えた様子はない。
こいつも結構なイケメンである。少々残念な頭をしているため目立ったイケメンという訳ではないのだけれど、クラスの中ではムードメーカー的な立場で愛されているのは事実だ。
「健はいいよなァ。あんな可愛い子と幼馴染とか。めちゃくちゃ羨ましいぜ」
「そんなに羨ましいなら変わってやろうか?」
「んー……いや、遠慮しとく。御柳は確かに可愛いけど、ありゃ外見だけであって中身は違うだろ? そういうのは遠くから眺めるだけで十分だわ。御柳に関していうなら特にだな」
「お前のその勘の良さは一体どこから来るんだろうな」
「勘っていうか、見てれば分かるだろ?」
「いやいや、分かんねぇから。アイツの外見に騙される奴ばっかでお前みたいに見抜く奴はいねぇよ」
不思議そうに首を傾げてはさも当然のことのように言い放つ桃李に、俺は毎度のことながら感嘆するしかなかった。
桃李は出会った当初から非常に勘の鋭い男だった。
相手の顔色を見るだけですぐに元気かどうか、体調不良を起こしていないかどうかを見抜く。
すれ違った時の僅かな印象で関わって大丈夫かどうかを判断し、実際に関わらない方がいいと言われた奴ほど悪い噂が絶えなかったりする。
二言、三言、交わした言葉だけで相手が次に求める言葉を先回りして告げてみたりと桃李は相手の内面をズバリと見抜く――野生の勘の持ち主だ。
もちろん全てが全て正解だったわけじゃないだろう。俺の知る限りでは外れたことが一切ないというだけだ。
特に菫と会話して早々に「御柳って、外見は綺麗だけど中身は結構腐ってるよな」と笑いながら告げた時には驚きと絶望に時が止まった気がしたが。
あの時は本当に怖かった。菫の崩されない笑顔の裏の猛吹雪と、桃李の何故か挑発しているような喧嘩腰の発言に俺は取り成す術を持たずに現実から逃げた。
なんであんなことになったのか、今思っても全然分からないんだが、分かってしまっても面倒事にしかならないような気がするのでスルーしておこう。俺の安寧の為に!!
「そんなことよりさ、今日の課題やってきたか?」
「今日の課題?」
「ほら、一限目の数学の……」
「あぁ、あれか。一応やってきたけど……おい、まさか、」
「おう、そのまさかだぜ。健、課題見せて?」
「だが断る」
「即答かよ!?」
冗談交じりで可愛らしく(まったくもって可愛くもなんともないのだが)両手を差し出して数学のノートを求める桃李に俺は断罪の言葉を渡してやった。
桃李が課題をせずに登校するのはいつものことだ。別に頭が悪いわけではないが、やる気がなさ過ぎていつも赤点ギリギリの点数を行ったり来たり。
少しは真面目にやろうと思わないのかと一度聞いてみたことはあるのだが、桃李はのらりくらりとはぐらかして答えを教えてはくれなかった。
不透明な壁を作られたような気がして、それ以上何も聞けなかったんだけど、少しだけ寂しく感じる。
全部教えてくれる関係じゃないと友人にはなれないなんて思ってないけど、友人だからこそ隠さずに全部教えてほしいだなんて。
(我儘なところは菫と全然変わらない、ってか、菫より酷いんじゃないか?)
ふと考えては撃沈する俺。マジか、全然気付かなかった。俺ってこんなに心が狭い奴だったとは。
別に他の奴にまで壁を作られて嫌だと思うことは別段ないんだけど、桃李だけは何というか、菫以外で初めて友達、もしくはそれ以上の親友という感情を抱いた相手だからか距離を詰めたくなってしまう。
「桃李に嫌われたら俺、本気で泣くと思うわ」
「!?」
唐突に真顔で呟いた俺に驚きを隠さない桃李は口をあんぐり開けてイケメンにはあるまじき表情を晒している。間抜け面と言うべきそれはイケメンマジックによって愛嬌のある顔とも言えるようになっている。
俺がそんな顔したら絶対にドン引きされるだけだというのに顔が整ってる奴に限ってそうはならないのだから世の中の世知辛い事世知辛い事。
畜生、イケメンなんて滅んでしまえばいいのに!!
「なんだそれ、お前そんなにオレのこと好きなのか?」
間抜け面(としか俺は認めない!!)から一転。可笑しそうに大笑いしだした桃李の言葉に何を当たり前のことを言ってるんだと思わんでもない。
「好きに決まってるだろ?」
「…………は?」
「いやだから、好きに決まってるだろ?」
「……………」
「俺にとって桃李は大事な友達で、親友だからな。好きか嫌いかだと好きだし、嫌われたら……うん、やっぱり本気で泣くわ、俺」
一年の時からクラスがずっと同じで、席替えしても離れないことから自然と仲良くなっていったのだ。
菫との付き合いの長さと比べれば非常に短いと言えるだろうけど、俺にとっては桃李も大事な親友である。
特に菫を知っても菫に傾倒しない、しないどころか喧嘩を売るような発言をしたり、俺と普通に笑って遊んでくれる男は桃李が初めてだった。
何度も言うが菫は中身はあれでも外見が非常に整っている。美人よりの可愛いらしさは物心つく小さな頃からずっと変わらない。
さらには頭の回転も速く、周りを巻き込んで面白可笑しく日常を送ることに長けていたクラスの人気者だ。
過去、現在含めて生徒会長を務め、先生からも一目置かれている女王様――そんな奴と長年共にいれば妬まれ憎まれ嫌われは当たり前。思春期に突入する中学時代なんて目も当てられない程だ。
全員が全員敵だったわけじゃない。ただ、味方でもなく友人と言うには下心がありすぎてただの知り合いにしかなれなかった。
桃李とも最初はそんなものだろうと思っていたんだ。でも、そうじゃなかった。
桃李はしっかりと俺を見てくれた。菫と言う幼馴染越しではなく、菫は菫で、俺は俺なんだと付き合いの中で語ってくれた。
そんな桃李の態度に救われたことは数知れず。大事な友人で、大事な親友だと思うのは当然のことだと思う。
まぁ、俺の独りよがりだったなら悲しいけど、嫌われてはいないだろうから今はそれでもいい。
この先もずっと、一緒にいられたらいい。少しはそう思ってもらえるような存在になれるように、俺は俺なりの努力をしていくしかないんだから。
「てことで、仕方ないから課題は見せてやるよ。でも今回だけだからな。次回はちゃんと自分でやってこいよ」
「……………」
「桃李? どうしたんだ?」
「……オレ、いつかお前に殺される気がする……」
「は?」
「いや、何でもない、気にしないでくれ」
フルフルと首を横に振りながら俺が差し出したノートを受け取る。
どこか疲れてるような、複雑そうな顔をしているのは気のせいか?
「ノート、ありがとな。すぐに返すから」
「あぁ、そうしてくれると助かる」
小さく笑んで前へと向き直った桃李の背中が哀愁を漂わせているような気がしつつも多分気のせいだろうと結論付け、俺も一限目の授業の準備をする。
数学の授業は好きでもなければ嫌いでもない。若干苦手寄りではあるけど、授業を聞いていれば理解できない範囲ではないので眠らないようにだけ注意しなければ。
菫のお陰で結局睡眠不足のまま登校してるからな。そういう意味では一限目が数学でよかったのかもしれない。
さて、今日も一日頑張るとしますか!!
※ ※ ※
四限目の授業も無事に終わり、ようやく昼休みの時間だ。
一限目の数学は無事乗り切ったけど、睡眠不足の俺にはそこまでが限界だったようで、二限目にうとうと、三限目はうつらうつら、四限目はぐっすりで、桃李に起こしてもらわなければ教師の雷が落ちていたことだろう。
なんで今日に限って四限目が公民なんだよ。担当教師が堅物のおじいちゃんすぎて話は長いわ眠くなる間延びした喋り方とかで睡魔に襲われるのは必須。
俺以外の奴も絶対に眠りそうになっていた、もしくは眠ってたはずだ。自信をもって断言できるぞこれは。
「健、昼はどうする? 此処で食べるか?」
「あー、悪い。俺、昼は――」
前の席に座っている桃李が振り返って俺を昼に誘ってくれるんだけど、生憎先約があるのでそれには乗れない。
本当はそれに乗りたいというか乗らせてほしいんだけど、俺の命を考えるとそれが出来ない訳で。
申し訳なさいっぱいになりながら断りの言葉を紡ごうとしたその時だ。
「お待たせ健♪ 早速詳しい話をしましょうか!!」
勢いよく開く扉。迷いなく進む歩みが俺の横で止まったと思えば、白い華奢な両手が盛大な音を立てつつ机の上に叩き付けられる。
皆様ご存じ女王様である菫の登場だ。
「よォ、御柳」
「あら、こんにちは。篠原君。……もしかして、健をお昼に誘ってるところだったかしら?」
「そうだけど、何? もしかして御柳の先約でも入ってたか?」
「えぇ。そう言うわけだから、健は貰っていくわね。篠原君」
「へぇ――はいそうですかって、渡すと思ってるんだ?」
「勿論よ。貴方が声を掛ける前から私が先に健を誘っていたんだから、当然の事よね?」
「それを健が了承したってのをオレは聞いてないから当然とは言えないんじゃないか?」
擬音語を付けるなら表面はニッコリ。背後はゴゴゴゴッと重低音が響いているような気がする。
この二人、意外と相性が悪い。出会い頭の会話から既に相容れないようなやり取りばかりしているので俺としては結構面倒臭いと思っている。
仲良くしてくれ、とは言わない。相性の有無は俺がとやかく言ってどうなるわけでもないし。ただ、もう少し穏やかに話してはくれないかなぁ、と願っているだけで。
「桃李、悪いけど菫の誘いが先なのは事実だ。それに俺も菫に聞きたいことあるし、今日はごめんな」
「健がそう言うなら……仕方ねぇな。今日は一人で食べるか」
「ふふ、当然の結果よね。ほら、早く行くわよ健!!」
「菫は桃李に喧嘩を売るようなことを言うな。てか、俺の腕を引っ張るな痛いだろうが!!」
桃李をなだめて穏便に事を済ませようとしたのに菫は最後まで煽ることを止めず、更には周りまで煽るかのように俺の腕を掴むと有無を言わさず腕を組んで歩き出す。
あぁ、周りの視線が、痛い。突き刺さるような毒の針が俺を殺しに掛かってくる。特に一番強いのが背後から刺し殺さんばかりに感じている桃李の視線だ。
話の流れで言うなら俺じゃなくて菫に向けるはずだろうになんで俺なんだよ!?
もしかして、二人は仲が悪いように見えて実は――
「健、可笑しな事考えるのはそこで止めておきなさいね?」
「可笑しなこととは何のことでしょうか、菫さん」
「あら、私に言わせる気?」
「……………」
「篠原君と私は貴方が考えるような関係じゃないし、そんな関係には一切ならないなれないなりたくない、なのよ」
「……そんなに、アイツの事嫌いなのか?」
「嫌いって言う訳でもないわ。ただ、相性が悪いだけ」
「それって嫌いってことなんじゃ……」
「違うわよ。好き嫌いだけで言うんだったら彼のことは好きになれるわ」
キッパリと言い切る菫の矛盾に首を傾げるしかできない。
「私達、好きになるものが似過ぎてるのよ。そして一番大好きなものに対しての独占欲も同じくらいにあるの。だから奪われないように必死で、奪おうと必死で――相容れない」
真剣な眼差しで訥々と感情を込めずに語る菫。初めて聞いたかもしれない、本音を語る菫のそれに俺は――ちんぷんかんぷんにしかなれなかった。
意味はなんとなく分かるんだ。要するに大好きなものを今二人は取り合っている最中なんです、ってことだろ?
ただ、二人が一体何を奪い合っているのか、独占しようとしてるのか主語が見えなくて混乱しているのが現状ってことだ。
まるきりそれが顔に出ていたのか、菫は思い切り呆れた視線を俺に向けては小さく何かを呟いた。
「この鈍感っぷりには流石に篠原君に同情しちゃうわね……」
「――? 菫、何か言ったか?」
「いいえ、何にも!! そんなことよりもほら早く行くわよ!! 時間は有限。私の萌えの為に待ってはくれないんだから!!」
意気込み新たに歩くスピードを速めた菫に引きずられるばかりの俺は混乱した頭の片隅でふと思った。
(あ、俺の弁当、鞄の中に入れっぱなしだ)
教室に戻って取りに行く、なんて選択肢は菫が与えてくれそうにないし、昼抜き確定した俺は泣く泣く弁当を諦めるしかないのだった。
サブタイトル、変更する可能性大です。それに伴う加筆修正ある場合は前書きにてご連絡いたします。