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林くんの観察日記  作者: 丘夏生
概要
2/5

プロローグ:出会いの回

今回は出会いの回ということで、コメディー要素とかは全くありません。

むしろ、この回が一番つまらないかもしれません。ですが、この関係性を理解していただかなければ、後の林くんを尊敬するきっかけなど、林くんのキャラが構築されませんのでぜひ読んでください。

次回から本格的なコメディー要素がある本編に入るので、それを読んで評価をしてください。

お願いします。

俺が彼に出会ったのは1年の冬だったと思う。不思議なことに俺たちが通う私立高校はスポーツのシーズンがサイクル制で、サッカーは冬真っ只中の12月から2月頃の短い期間しか活動をしない。そんなこんなで彼とはこのシーズンが始まるまで会うことはなかった。廊下で時々見たことはあったとしても、授業は一緒に受けていなければ仲良く食事を共にする仲でもなかった。しかし、この冬の出会いこそが、俺の今後の高校生活を大きく変えるのであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「寒いなタロー。こんな思いをして受かんなかったらマジで怒るよ、俺。見た感じあんま上手そうな人いないし、楽勝だとは思うけど。」


そう俺に話しかけているのは吉田アラン翔平。俺たちはクラスが一緒であり、新学期が始まって以来共通のサッカーという話題で盛り上がり、今ではもうすっかり仲良くなっていた。状況を簡単に説明すると、現在、俺たちはサッカー場にいる。サッカー部のセレクションが始まる。周りを見渡すと確かに、アランの言う通りキョロキョロ周りを見る選手と、話しながらボールを回して始まるのを待っている選手がいる。しかし、誰一人として俺の目にはライバルとしてとまらない。自分で言うのはなんだが、中学ではクラブユースのチームに所属し、そこそこできる自信はある。もちろん、この高校がサッカー強豪校でないことも調査済みである。学力はあってもサッカーはそこそこ。そういう「根拠」もあり、今俺はアランの言うことに頷いている。


「そうだな。ここまで来たからにはAチーム入りしなきゃ意味がねーよ。」


しばらく雑談をしていると、キャプテンらしき選手が現れ、選手たちが一斉に集合した。


「今日は来てくれてありがとう。皆も知っての通り、サッカー部はAチームが18人と限りがある。だから今からその選考を行いたいと思う。じゃあ、ウォーミングアップを始めようか。」


いかにも真面目そうなキャプテンだ。そう思いながら俺とアランは列に入り込み、ジョギングを開始した。先ほどまで話していた選手たちは集中しているのか、無言で先頭についていく。自信があるとはいえ、一年である以上は先輩方へのアピールが大事となる。俺はペースを上げ、先頭集団に割り込んだ。そんなこんなでアップは終わり、気づけば監督が出てきていた。


「それじゃあ、ストレッチしようか。その間に監督がチーム分けをして、すぐ試合を始めるから。」


そう言うと、キャプテンはストレッチを始めた。俺とアランはストレッチをしながら、周りをもう一度よく見た。40人ほどの選手たちが、18枠を狙いにいく訳だ。


「上等じゃねーか。」


小さな声で俺はそう言って改めて気合を入れ直した。すると監督から声がかかり、いよいよチームに割り振られていった。


「あー、俺たち同じチームじゃないじゃん。残念だな。まあいいや、俺まだタローがサッカーすんの見たことないし、お互い頑張ろうな。」


互いに健闘を讃え合い、いざ試合へ。


俺のチームには一年がもう一人だけいた。そいつの名前は林だった。ポジションはフォワードで、俺とは被っていないことに若干安心した。何だか凄く威圧感のある顔で、不機嫌にも見えた。背は俺とあまり変わらないものの、どこか大物感を漂わせる風貌でピッチの真ん中に立っていた。トップ下を任された俺は早速声をかけることにした。


「一年だよな。俺同じ一年の夏目太郎。よろしく。」


そう言って手を出したが、林は俺を一瞬だけ見ると舌打ちをして前を向いてしまった。おいおい、いきなり無視かよ。てか、チッってなんだよ。こいつ超感じ悪いじゃん。まあいいや、プレーがよければなんだっていい。

ピー!


試合が始まった。俺はボールを受けると早速ドリブルで仕掛けた。ピッチ中央を駆け上がり、サイドの選手と何度かパスを交換しながらどんどん相手の陣内に入っていく。よし、そろそろシュートかな。いや、でもあの林ってやつ、めっちゃ空いてる。これ、出してみるか。そう思いながら最終ラインあたりを彷徨う林に走るよう目で合図を出し、裏へスルーパスをだす。林は案外足が速かった。難なく相手のセンターバックを追い抜き、突破に成功した。よし、点が入るぞ。しかし、次の瞬間、左足の前にボールが行くと、林は突如切り返し、ディフェンスにボールを奪われた。


「おい林何やってんだよ!お前今の左足で打てばゴールだったじゃねーかよ!決めろよ!」


俺はそう叫びながらディフェンスに入った。そうこうしていると再び俺のチームがボールを持っていた。


「空いてます、出してください!」


そう叫びながら俺は左側に空いていたスペースに走り込んだ。なんと右サイドバックが大きく上がっていて、その裏のスペースが空いていたのだ。これは得点のチャンスだ。タイミングよく先輩からボールが来ると、ワンタッチで相手を振り抜き、ペナルティーエリアに侵入する。しかし、シュートを打つ前に、もう一人のディフェンダーが目の前に立ちはだかっていた。ふん、抜いてアピールしてやる。そう思いながら俺は得意のフェイントを披露し、抜きにかかった。苦労しながらも抜け、やっとシュート態勢に入る。そして素早く隅に蹴り込み、ゴール。こんなもんだろう。


それからも何度もチャンスを決めは作り、絶対的な存在であることを証明した。ただ気がかりだったのは、センターフォワードの林が一度もシュートを打たず、ゴールを決めていなかったことだった。本来ならば人のことを気にしない俺ではあったが、どうしても林に点を決めてもらう必要があった。林が決めれば俺の評価も上がる。フォワードを活かせるトップ下として。だから、どうしても必要だった。しかし、先ほどから林にボールを預ければやつは相手のディフェンダーに突っ込むだけ。なんの工夫もない。こんな下手な奴がなんで受けている。そう思いつつも、何度もチャンスを演出しようとした。が、結果、試合終了のホイッスルが鳴るまで林はシュートすら打つことができなかった。


クールダウンをしながら、俺はどうしても林から目を離すことができなかった。なぜあいつはああも勝手なことをしながら、あんなにやりきった表情ができるのか。何もしてないくせに意味がわからない。サッカーをしている以上、俺はいつでも真剣であり、大マジである。普段は元気で話したがり屋な俺が静かにしていることが不思議だったのか、先ほど試合を終えたアランが俺を怪奇な目で見ていた。


「おーい、タロー。お前どこ見てんだ?さっきから顔が怖いよ。」


「あ、ごめん。ただイラついてただけ。俺のチームのフォワード見てただろ?あいつマジで相手のディフェンスに突っ込むだけでなんもしねーんだよ。イラっときた。ていうか、何か満足そうだから一層ムカつくわけ。」


「まあいいじゃん。どうせそんな奴受かんないんだからさ。ほっとけよ。皆俺らみたいにやる気があって上手いわけじゃないんだから。」


そう会話をしていると、監督が合格発表を行うと言った。緊張の一瞬だった。もちろん、受かる自信はあったが、万が一アランが受かり俺が落ちれば、笑い者にされる。


「MF、沢中、押切、田中、吉田、夏目…」


おー二人とも順当に入ってんじゃん。俺はアランとハイタッチをかわした。発表が終わり、合格者だけで話し合いがあった。次の練習と試合に関しての情報だった。10分ほどすると解散となり、俺たちは揃ってロッカーに戻っていた。


「いやーよかったなアラン。俺たち唯一の一年だし、見た感じスタメンもいける気がする。」


「そうだね、これからスタメン争いに勝てるようにしなきゃな。俺がボランチで、タローがトップ下。いい縦関係だね。」


ロッカーに近づくと、急にバンッと大きな音がした。驚いて角を曲がり見ると、先ほど落ちた林がいた。左足でボールを蹴っていた。


「あれタローが言ってた林じゃね?今更練習してどうすんだよ、意味ねーことしねーで帰ればいいのに。」


アランがそう言いながら笑っていると、俺たちの存在に気づいたのか、林が振り返り、睨みつけてきた。


「何見てんだよ、あっち行けよお前ら。」


そう言い放ち、俺たちを威嚇してくる。アランはなおも笑いながら、

「いやいや、お前こそ早く帰れよ。落ちたんだからさ。」


それを聞くと林は一瞬で顔が真っ赤になり、拳を握らながら下を向いてしまった。


「おいアランそこらへんにしとけよ。練習するのは勝手だろ。帰ろう。」

俺はアランにそう言うと、ロッカーに向かおうとすると、後ろから林が小さな声でこう言った。


「なあ、夏目、俺はこれでも全力でやってんだよ。お前たちが笑おうが、知らねーよ。俺が入れないなんておかしい。絶対今年中に上がってやる。」


そう呟くと、俺の方に目を向けた。林はちゃんちゃら可笑しいことを言っている。しかし、その目は落選した下手くその目じゃなかった。尋常じゃない熱量がこもっていた。俺は正直今までそんな目を見たことがなかった。落ちたやつはゴミ同然で、俺の人生には関わることはない。ただ不機嫌な態度の悪い生徒だと思っていたこいつは、誰に笑われようが、サッカーを続けようという。正直、こいつはただ下手ではなかった。ただ、おそらく今まで一度もまともにサッカーを教わったことがないことぐらいは明らかであった。純粋にサッカーが好きで、ちょっぴり態度が悪い。ただそれだけなのではないか。


「林は、本当は頑張り屋さんなんだな。」


気づいたら俺はそう言っていた。林は目を大きく開くと「ちげーよ」と声をあげ、去っていった。アランは笑っていたが、俺は確かにこの瞬間、こいつとはまたどこかで関わることになると感じていた。というか、絶対にいいフォワードにしてみせるという、俺のエゴが叫んでいただけなのかもしれない。しかし、何がどうであれ、俺はこの日、林という一人の高校生に興味を持った。


結局林はこの年Aに上がってくることもなければ、Bで結果を出すこともなかった。しかし、俺はBの試合を見ては、林の全力プレーを見届けた。俺たちがチームの主役になった頃には、こいつを俺の犬にしてピッチ上を走り回らせる。そう決意し、俺はそれから林と交流を深めようと考えたのであった。



「こいつ、ひょっとしてバカなのかな?」

ちなみに、試合を見ながらこう呟いたことは、仲良くなった今でも秘密である。

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