#012「お稲荷さん」
@山猫荘
天野「朝っぱらからドタバタと何をやってるんだ、貴様ら。もっと下の住民の迷惑を慮るべきであろう」
太田「出たな、天野ケンイチ」
天野「ゴンイチだ。権現の権に漢数字の一。覚えておけ」
欅坂「この人、誰?」
北山「この真下の部屋に住んでる、几帳面で神経質で潔癖症という、どうしようもない三拍子が揃った天使だ」
天野「オイ、死神。聞こえてるぞ。それより、いつからココは託児所になったんだ?」
太田「昨今は、どこもかしこも保育施設が不足してるからね」
天野「答えになってない」
欅坂「ケーちゃん、もう小学生なんだけど?」
北山「話がヤヤコシクなるから、こっちに居ような」
天野「そのケーちゃんとやらは、一体どうしたんだ?」
太田「相談に乗ってくれるなら、教えますよ」
北山「玄関先で話すにしては、ちょっと込み入ってるもので。朝食は済んでる?」
天野「まだだ。誰かが邪魔したものだからな」
欅坂「それじゃあ、四人で食べようよ」
天野「吾輩は、他人の手料理など食せぬ」
太田「それなら、僕たちの方から伺いますね。行こう、ケーちゃん」
欅坂「はぁい」
天野「オイ、コラ。勝手に決めるな」
北山「時には諦めが肝心ですよ、天野先生」
天野「クッ。数学も情報も、第二学年に受け持ちが無いことが悔やまれる」
*
天野「事情は分かった。ともかく、夜八時から朝五時までは、絶対に静かにするように」
北山「昭和の小学生みたいだな」
欅坂「ケーちゃん、平成だよ?」
太田「そういう意味じゃないよ」
*
欅坂「ゴン? 狐さんなの? だから、お味噌汁にお揚げさんが入ってたんだ」
北山「その発想は無かったな。たしかに、そっちの方が合点が行く」
太田「耳と尻尾を出してよ、化け狐のゴンさん」
天野「出せるか、馬鹿者。だいたい、他人の名前を読み間違えなければ、このようなことにはならなかったのであってだな」
太田「アァ、アァ。ルカだの、ヨハネだの、クラレンスだの、家具や家電に聖人の名前をつけて呼ぶ人に説教されたくありません」
北山「そんなことしてるのか。ドン引きだな。痛々しすぎる」
欅坂「お友達がいないの?」
太田「ホラ。小学生にまで同情されてますよ」
天野「夢神。貴様も天界出身だろう。何故に吾輩の味方をしないのだ?」
北山「そんなこと言ったって、見た目は普通の勤め人だからなぁ」
欅坂「コンさん、本当に天使なの?」
太田「見せてあげなよ。翼は羽根が散らばって大変だから、蛍光灯だけで良い」
天野「あれは、蛍光灯ではない。光輪だ」
北山「細かいことは気にしないで、見せてくれよ。欅坂も見たいよな?」
欅坂「見たい」
天野「フン。致し方ない。特別に見せてやろう」




