#011「小さな王様」
@山猫荘
黒沢「一応、一万円の眼鏡をかけ、十万円の時計をはめ、百万円の国産車に乗り、一千万円の一軒家に住み、一億円かけて子供二人を育てる会社員が、主なターゲット層です」
太田「ホームドラマでは、よくある設定ですけど、実在するんですか?」
黒沢「居るところには居る、としか言いようがありませんね」
太田「一億総中流社会、という幻想は、部分的には現実なんですね」
黒沢「えぇ。それよりも、過剰な顧客サービス合戦は、どうにかならないものかと思います。不祥事の度にチェック項目が増え、確認業務が煩瑣になる労働現場。経営者は、株主とマスコミの顔色を伺うばかり。人間が行なう限り、ミスは無くなりませんから、マニュアルは日増しに分厚くなります。接客用語を自動で復唱する使い捨てロボットたち。そして、それを平然と聞き流す利用者」
太田「いらっしゃいませ、かしこまりました、少々お待ちください、お待たせいたしました、申し訳ございません、恐れ入ります、ありがとうございます」
黒沢「決して本心を晒さず、何があっても笑顔で応対しなければならないという、不自然で不気味な空間。従業員も利用者も気疲れしてしまう、誰も得をしないシステム」
太田「外面と内面が一致してませんよね。にこにこローンとか、しあわせメモリアルとか、すこやかホームとかと同じですよ」
黒沢「そうですね。これだけ不協和音が鳴り響いていれば、狂人の一人も生まれます。双方が心から笑顔でいられる社会が望ましいのですけど」
太田「綺麗事ですよね」
黒沢「私としては、そこを、ただの綺麗事に終わらせたくないですね。――ところで、太田さん。そろそろお休みになってはいかがですか? 私も、そろそろ、お暇しますから」
太田「わっ。もう、こんな時間。こんな夜遅くまで、すみません」
黒沢「いえいえ。こちらこそ、長話をしてしまいました。それでは」
太田「ありがとうございました。――さてと。仕方ないから、一人で片付けようっと」
黒沢、太田に囁く。
黒沢「太田さん。良い子は寝る時間ですよ」
太田、黒沢の肩に凭れる。
太田「あぁ、すみません。急に、眠気が。ハァア」
黒沢、太田を欅坂の横に寝かせる。
黒沢「おやすみなさい。玄関は施錠して、鍵をドアポストに入れておきますね。……こういう使い方は、悪用ではないですよね?」
*
欅坂「起きてよ。お腹空いたよ」
太田「あぁ、ケーちゃん。おはよう。いま、何時?」
欅坂「おはよう。七時だよ」
太田「そう。――カレーを食べて、黒沢さんと話をして、それから、どうしたんっけ? あれ?」
欅坂「おぉい。起きてよ。エイッ」
欅坂、北山の鼻を抓む。北山、跳ね起きる。
北山「ンガッ、ダァ。あぁ、息苦しかった。死ぬかと思ったぜ」
太田「おはよう、風斗くん。死神なのに、可笑しいんだ」
欅坂「キシシッ」
北山「笑うな。このぉ」
欅坂「キャハハ」
太田「ちょっと、二人とも。朝から、あんまりドタバタしてると」
♪床からドンという音
太田「ほぉらね。いまに天野さんが飛んでくるよ」




