#010「チート封印」
@山猫荘
黒沢「お休みのようですね」
太田「風斗くんまで寝ることないのにさ。まだ後片付けが残ってるんだから」
黒沢「手伝いましょうか?」
太田「いえ、結構ですよ。――ホラ、起きて。また写真に撮るよ」
太田、北山の肩を揺する。北山、手を振り払い、寝返り。
北山「勘弁してくれ、タキ」
太田「ターキーじゃないよ。僕だよ」
黒沢「おやおや。眠りは深そうですね」
太田「もぅ。そのまま黒毛和牛になってしまえ」
黒沢「ハハッ。二人が起きるまで、私の身の上話でもしましょうか。話すと長くなりますから」
太田「良いですね。面白そうです」
黒沢「それでは、お聞かせしましょう」
*
黒沢「昔々、魔界の王様に、一人の息子が生まれました。その子は、角、翼、尻尾、どこから見ても悪魔そのものでしたが、たった一つだけ、悪魔らしくないところがありました」
太田「昔話風なんですね。何が、らしくなかったんですか?」
黒沢「その子は、良心を持っていたのです。おかげで、悪魔の中では劣等生として、周囲から馬鹿にされて育ちました」
太田「天界に生まれれば良かったのに。それから?」
黒沢「王様は、王子として恥ずかしいこと極まりないとして、その子を下界に追いやることにしました」
太田「ワガママな王様ですね」
黒沢「王様というのは、多かれ少なかれワガママなものです。――ところが、王様は、大きな誤算をしていました。人間の命を財貨で以って天秤に掛ける仕事に就かせれば、良心が痛むだろうという心積もりだったのですが、その子は、福利厚生が充実した下界の環境に馴染んでしまったのです」
太田「急に、ファンタジーが色褪せましたね。ちなみに、黒沢さんの就労条件は?」
黒沢「八時四十五分始業、十六時十五分終業。開館時間は、九時から十六時。ただし、十二時から十三時は休業。社内への入出可能時間は、八時半から十六時半まで。早出や残業、顧客データ持ち出しは不可能。勤務時間内に終わらないのは無能の証で、人間たるもの、すべからく太陽を拝みつつ働くべしという創業者の意向が尊重されています」
太田「お役所みたいですね。一日の実質労働時間は、六時間半か。お休みは?」
黒沢「祝日は出勤ですが、日曜と二月・八月は全休です。休みのあいだは給与がありませんが、一月と七月に月収相当の賞与が出ます。一ヶ月のバカンスは、この国では珍しいですが、海の向こうでは標準なのだとか。有給休暇は、これとは別に、年間で二十日まで取得できます。また、三月と九月に一斉入社なので、話し相手に困ることもありません」
太田「充実してますね。黒沢さんのことですから、さぞかし成績も良いんでしょうね」
黒沢「いえいえ。上には上がありますよ」
太田「そうですか? 悪魔の囁きで、何とかなりそうなものですけど」
黒沢「そんな、良心が傷付くようなことは出来ませんよ」
太田「フフッ。あくまでも、フェアプレーなんですね」
黒沢「はい。あくまでも」




