愛しきもの
「振り上げられた鎌の切っ先が眼の前に迫っても、お前は声を上げなかった。 瞬きすらせずに迫り来る死を見ていた。
そんなお前が俺を見たんだ。 割り込んでいって刃を叩っ斬った俺を見て、お前は初めて目を少し見開いた。 それを見て、俺はお前を連れて村を出ることを決めた」
少しの驚きとわずかな期待。生きたいと願う感情を白は佐知の中に見つけた。
「俺はお前を殺す村を守りたいとは思わなかった」
だから、佐知を連れて村から出た。遠い約束を違えてもいいと思った。
「なんで……」
ずっと守っていた大切な約束なんでしょう、と佐知は呟く。
「何故だろうな。 俺にもわからない」
苦笑して白は佐知に手を伸ばす。さっきとは違う優しい手つきでそっと頬に触れた。
「旅に出てからも、お前は笑わなかったな。 だいぶ改善されたが、それでもこんなだ」
言いながら佐知の頬をひっぱる。抗議の声は何故か出てこなかった。
「お前は変わらないよ。 あの時も今も、俺には何を考えているのかさっぱりわからない」
あれだけ人から痛い目にあわされても人を避けない娘。人を嫌うわけでもなく、近づいてきた者には惜しみない情を持って接する。
一見淡々とした表情の中にどれだけの感情を秘めているのか。
その危機を寄せ付ける性質を厭いながらも、白は佐知から離れようとはしなかった。
「お前を佐夜の代わりになんてしない。 お前はお前だ。
俺は、お前を見ている」
佐夜とよく似た顔をして、心を読ませないことは佐夜よりも長けている。
似ていても全く違う危うさ……。それに白は惹きつけられたのかもしれない。
「俺は――」
見上げる佐知はあの日と同じようにわずかに目を見開いて、期待を視線に乗せている。
縋るわけではない。白が今、手を離せば消えてしまうような希望だ。
もっと強く掴まえればいいのに、佐知はそうしない。
何かを失うことに慣れすぎて自分から手を伸ばそうとしない姿が、憐れで、愛おしい。
白は手を離さない。何があっても掴まえ続ける。
「お前を愛している」
佐知が望まない分、白は自分に正直に求める。
共にいること。ただそれだけで満たされる心を知っている。
離れない……。これからも、ずっと。
「傍にいる。 ずっと」
囁きながら、顔を寄せる。再度くちびるに触れるとき、微かに怯えと喜びを瞳に映した。
控えめ過ぎる感情表現が愛しくて、強く佐知の身体を抱きしめる。
深くなる口付けと共に囁くと、開いていた瞳からもう一筋、涙が零れる。
『離さない』その誓いを受け入れるように佐知の身体から力が抜けた。
腕の中で佐知の震えが強くなっていく。子供のようにしゃくりあげる姿が、今までで一番激しい感情表現なのに苦笑する。
なんだっていい。
笑っていても、泣いていても、この腕の中にいるならば―――。




