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白と佐知  作者: 桧山 紗綺


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5/9

行動の理由

『佐知』と初めて呼んだのは白だった。

 あの頃は名前を呼ばれても自分の事を言っているとはわからずにいた。

 白は何度も何度も、佐知が振り返るまで名前を繰り返していた。

 佐知が自然に反応するようになるまで、おい、とかお前、とは呼ばなかった。

 最初は白が名づけてくれたのかと思った。

 そうではなく、佐知の親が佐知に与えた名だと教えてもらった時はうれしかったような、がっかりしたような、複雑な気分だった。

 親が佐知にくれたものなのがうれしくて、白が付けたものじゃないのにがっかりした。

 ただ、何も持っていなかった佐知に与えたのは白だ。

 親に呼ばれていたかどうかは覚えていない。二人とも佐知が物心つくころには死んでいた。

 周りの人間は佐知の名を呼ぼうとはせずに、淀んだ暗い目で遠巻きに見ていた。

 親を亡くしてから呼ばれることもなかった名前のことを佐知は忘れてしまっていた。

 ―――白に呼ばれるまでは。

 あれからもう5年以上が経ち、佐知の名を一番多く呼んでいるのは間違いなく白だ。

 名前を始めに、いくつもの物を白には与えてもらっている。

 知識や感情、恋慕の情も白がいなかったら持つことはなかっただろう。

 一見すると白の方が感情に乏しいような顔をしている。けれど、感情が欠けているのは佐知の方だ。

 白はああ見えて、自分の中に激しい情動を持っている。

 ほぼ平坦な感情しか持たない佐知とは大違いだ。

 もちろん佐知にだって感情はある。ただ、人を観察していると、他人と佐知の感動は、かなりの隔たりがあるように見えた。

 人を殺すほどの怒りや自分を失うほどの悲しみ、他者を差し出すような怯えも佐知とは無縁のものだ。

 喜びにしても、一般的な人間が感じているものとは違うのかもしれない。ただ、佐知はあまり他者の喜びを見たことがないので、怒りや悲しみといった負の感情よりも、さらに理解は遠い。

 結局のところ佐知には佐知の感情しかわからないのだと思う。

 他人の感情を推測しても、自分がそれを体験できるわけでもない。

 そう思いながらも、佐知は自身の人間としての不健全さを気にしていた。

 だからこそこうして人の行動を見て知りたいと思ってしまう。たとえ多少の危険が迫っていたとしても。

 こういうところが白を怒らせるとわかっていても、止める気はなかった。

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