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白と佐知  作者: 桧山 紗綺


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4/9

襲撃

 暗い山の中を歩く。妖の白はもとより、佐知も夜道には慣れていたので、足元もよく見えないような暗闇の中でも躓くことはなかった。

「ここまでくれば大丈夫かな」

 辺りを見回して佐知は呟く。

 松明の灯りも今は見えない。ほっと気を抜いた佐知を見て白が釘をさす。

「完全に離れるまで気を抜くな」

 どれほど実入りが少なくても追いかけて全てを奪うのが人間だと、白は言う。

 自分よりずっと長く生きてきた妖の言葉を佐知は黙って聞いていた。

 きっと間違ってはいない。佐知も白の十何分の一程度しか生きていないが、わずかな糧のために人を傷つけ、奪う人はたくさん見てきた。

 白はそれよりもずっと多くの人を見てきたはずだ。

 人間に対して警戒心が強いのもそのためなのだろうか。

 佐夜さんとの出会いがなかったら白はどうなっていたのだろう?

 人里はなれた土地でひっそりと暮らしていたのか、それとも人を憎み、人を襲うようになっていたのだろうか。

 隣を歩く長身を見上げる。その横顔にはすでにさっきの怒りはない。

 ただ辺りを警戒して、険しい顔をしている。

「どうしたの? まだ近くに誰かいる?」

「わからない。 ただ、何かが蠢いているような感じがするだけだ」

 得体のしれない何かがいるような気がする、白はそう言ったきり黙ってしまった。

 白の言葉を聞いて、佐知も感覚を研ぎ澄ましていく。たしかに、何かが感じられる。

 佐知は生まれつき自然の力を感じることに長けていた。

 土地の意識の流れを感じ、何を願っているかがなんとなくわかる程度だが、土地にとって良くないものがいるような気がした。

「なんか、嫌がってるみたい」

 土地が何かに出て行けと言っているような…。

 白が感じたものと関係あるかもしれない。

 村人の怪しい動きにも関連していそうだ。

 さらに詳細を探ろうとすると、白がそれを止めた。

「何かいる」

 白が身構えるのと同時に、道の先から何かが飛んできた。

 佐知は白に抱き抱えられ、飛来した物質には当たらずに済んだが、物質がぶつかった場所を見て青ざめた。

 飛んできた液体があたった場所には穴が空き、シュウシュウと音をたて暗闇を広げていく。

 あたったらそれだけで致命傷になりそうな威力をもっていそうだ。

「木の影に隠れていろ」

 佐知が隠れたのを確認して、白は姿を消した。

 次の瞬間には敵の眼の前に立ち、爪を振るう。

 固い岩壁にすら爪あとをつける攻撃に一瞬で敵は切り裂かれた。

 しかし今度は別の場所から液体が飛んでくる。複数の敵が同時に蠢いて白を傷つけようと口を開く。

 それは大きな顎をした―――。

「蛇…?」

 何匹もの蛇が白を取り囲んでいる。それも一匹一匹が身の丈、八尺はありそうな大蛇だ。

 次々に襲い来る攻撃をかいくぐり、白は大蛇を切り裂き、倒していく。

「すごい……」

 本気を出していないにも関わらず、白の爪はまるで紙を切るように敵を切り裂いた。

 何度見ても白の強さに驚き、舞うような動きに魅せられる。

 白を見ていた佐知は気づかなかった。背後に迫る人影に。

「……!」

 いきなり口を塞がれ、引き摺られる。

 後ろを見ると、先程村を動いていた村人が佐知の口を押さえていた。

 村人は白の方を警戒しながら、すごい勢いで佐知を引き摺っていく。

 佐知がいくら抵抗しても、大人の力には敵わない。

 やがて佐知は力を抜いた。村人の顔に怯えを見てしまったから…。

 白が知ったらまた怒るな、とわかっているのに『知りたい』という心に逆らえない。

 抵抗を止めたことで拘束が緩んだ。自分で歩くと主張して口を押さえている手を離してもらう。村人は警戒したようだが、大声を出しても届かないと判断して、手を離した。

 本当は佐知が呼べば距離など関係なしに白には聞こえるが、今呼んだらここにいる村人を皆殺しにしかねない。そんな光景は見たくない上に、佐知が村人に聞きたいことも聞けなくなってしまう。

 佐知は歩きながら自分を囲んでいる者たちに問い掛けた。

「なぜ、私たちを狙っているんですか」

 落ち着き払った態度が癇に障るのか荒々しい態度で佐知の口を塞ごうとする。

 しかし佐知はその眼に怯えが混じっているのに気づいていた。

 必要以上の威嚇は恐怖を隠すためだ。

 その中の一人、三十くらいの男が口を開いた。

「お前には贄になってもらう」

「贄?」

 さっき見た、あの蛇と関係ありそうだ。

「元々、この村は作物の実りが良くないが、ここ数年はさらに悪い」

「最近になって、山に蛇様が住み着いた」

「蛇様が言った。 娘や子供を贄として寄越すのであれば、村に実りを授けてやると」

「あんたたちを連れてきた母子、あれは次の生贄になるはずだった子供だ」

「うまいことをやって代わりの生贄を連れてきた」

 なるほど。大体の状況はつかめた。白の言ったとおり、ろくな誘いじゃなかった。

 でも、子供が贄にならずにすんだのなら、それは良かった。

「蛇が本当にそんなことをしてくれると思っているんですか」

 確かに、信仰や代償と引き換えに願いを叶える妖も中にはいるが、土地を移って間もない蛇にそんな力があるとは思えなかった。

 村に恵みを与えたり雨を降らせたりすることには、それなりの力が必要だ。

 白と戦っていた様子を見ても、そんなに年月を経た妖には見えなかった。

「蛇様が嘘を言っていると言うのか」

「人を騙す妖の話は全国各地にありますし、これがその一つだとしてもおかしくないと思いますが」

 むしろ本当に信じているのかと問い返したい。

 村人の様子を見ても、信じているというより、信じていると思い込もうとしているように見える。

「信じると言えるほど、あなたたちは蛇を知っているのですか?」

 痛い所を突かれたように全員が黙りこんだ。

 沈黙が肯定だと認めるのを拒否するように一番若い男が声を上げた。

「う、うるさい! あんな化物と一緒にいる奴の言う事なんて、信用できるかっ!」

 こういった物言いにも佐知は慣れている。慣れているが、白に対する暴言に寛容にはなれなかった。

「生贄を要求する蛇を崇め奉るあなたがたに、白を化物と侮辱される謂れはありません」

 村を逃げ出すことや蛇を退治することも考えず、言いなりに女や子供を犠牲にするような人に白を侮辱されることは許せない。

 佐知が一睨みしただけで若者は顔を引きつらせ黙り込んだ。

 今日あった母子の前にもすでに生贄が捧げられている、と言った。

 土地が汚れているような感じがするのはそのためなのだろう。

 血の臭い、か。白の言ったとおりだ。

「土地は蛇に出ていってほしいみたいです。 無駄だと思いますよ」

 むしろ蛇を留めているほうが良くない。

 こういった助言が聞き入れられることはないだろうが、それでも言わずにはいられなかった。

 案の定、村人たちはいきり立ち、武器の代わりに手にしていた松明を近づけてくる。

 ちりちりと顔の横で熱を伝える炎に、さすがに佐知も顔をしかめた。

 いっそ刃物で脅されたほうがましかもしれない。

 佐知が身を引いたことで気を大きくしたのか、村人たちは低い声で脅しつける。

「命乞いのつもりならもっと気の利いたことを言うんだな」

 しかし、そういった脅しに恐怖を感じない佐知は淡々と返す。

「そう思うのならそれで結構ですが、最悪の事態に備えはしておいたほうがいいと思いますよ」

 佐知がいなくなったら、次はあの母子だろう。

 この村に騙して連れてきた張本人だが、犠牲になってほしいとは思えなかった。

 蛇が待ち構えている場所に向かって歩みを進める。

 この期に及んでも、佐知は逃げるという選択肢は選ばなかった。


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