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白と佐知  作者: 桧山 紗綺


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1/9

眼下の争い

 二人は山の上から地上の争いを見ていた。

 きっかけは些細なことだったはずの諍いは、村同士を巻き込む大きな闘争へと発展し、眼下に広がる光景には倒れ伏して動かない人もいる。

「見ろ、佐知。 本当に人というのは愚かな争いを好むものだ」

 口には笑いを浮かべながらも、その目は蔑むように冷たく村人を見下ろしている。

 話しかけられた佐知さちは村の一点を見ていて、言葉が耳に入っていなかった。

 幼子を連れた母親は争う人々から逃げ遅れたようで、辺りを見回しながら逃れる場所を探している。

 ひとりの村人が母子に気づき近づいていく。

 その手には鎌があり穂先からは赤いものが垂れていた。

 じりじりと後ろに下がる母子を見て佐知は隣にいる美丈夫に声をかけた。

「白」

 震える声にハクはつまらなそうに答える。

「あんなものを助けてなんになる。 自分らで勝手に争って勝手に滅びればいい」

「白! でもあの母子はなんにもしていないんだよ!?」

 巻き込まれただけで命を落とすなんて恐ろしいことだ。

 それでも長い時を生き、幾度となく人の争いを見てきた男は冷たく言い放つ。

「それが人の世の常だ。 争いを起こさなくても争いの中で死ぬ。

 人が人として生まれてきた以上、それが運命だ」

「そんな! 酷い…」

 母子はついに下がるところを失い、村人が見せつけるようにゆっくりと鎌を振りかぶる。

「白! お願いだから!」

 叫ぶように言うと息を吐く音が聞こえて、白の姿がかき消える。

 一瞬で山頂から山裾まで降りた白は、母子目がけて鎌を振り下ろす村人に爪を振るった。

 村人が膝を突くとき、すでに白の姿はない。

 瞬きほどの間に白は山頂に戻っていた。その傍らには襲われていた母子もいる。

「ありがとう、白」

 渋々ながらも願いを聞き届けてくれたことに佐知は安堵した。

 母子は自分たちの身になにが起きたのかわからない様子で目を瞬いている。

「大丈夫ですか?」

 佐知が声をかけると母親は驚いて後退る。

 落ち着かせるよう、できるだけ穏やかな声で語りかけるが、母親は子供を守るように抱きかかえたまま、佐知が近づくことを許さない。

「だから、放っとけといったんだ」

 白が、不機嫌そうな声で母子を睨んでいる。

 止めさせようと白の袖を引っ張りながら、佐知は母子に向かって名乗った。

「私たちは京から来た陰陽師です。 私は佐知。 こちらは白です」

 京から来たと聞いて母親の態度が軟化した。

 本当は佐知も白も陰陽師などではないが、わかりやすい名称が付くと人は安心するものだ。

 白が人間離れした能力で母子を助けたことも、陰陽師だから、で片付いてしまう。

「あの…、助けてくださってありがとうございます」

 ようやく自分たちが助けられたことを思い出したらしく、母親が申し訳なさそうに礼を言った。

「いえ、お気になさらずに…」

 佐知は母子に行く当てがあるのかを聞く。近くであればついでに送って行こうと思っていた。



 母子は争っていた隣村の人間らしい。たまたま親戚に会いに行っていたら巻き込まれたと言う。

 母子を隣の村まで送っていく間、白はずっと機嫌が悪かった。何も言わないが母子を見る目が恐ろしい。

 母子もそれに気づいているのか道中、白には近寄らなかった。

 代わりに佐知は母子にあれやこれやと話しかけられる。

 五つかそこらの子供相手にも随分と大人気のない態度だと思ったが、妖相手にそんなことを言っても仕方がない。

 母子と白の間に立ってお互いが交わらないようにする。

 白にこれ以上機嫌を損ねられたくない。村が見えてきたときには、ほっとした。

 日が傾くまえに隣村に着けてよかったと思っていると、母子も安全な場所に着いた安堵感からか、表情が緩んでいる。

 別れを告げて立ち去ろうとすると、この村に泊まっていったらどうかと誘われた。

「これから夜になります。 山の中は危ないでしょうから…」

 厚意はありがたくもあるが、迷惑でもあった。

 白がいる以上、山の中のほうが佐知にとっては安全な場所だったから。

 案の定、白は目を吊り上げて反対の意を表している。

 しかし母親はしつこく食い下がり、子供にまで腕を掴まれてしまう。

 子供の手を振り払うことは躊躇われ、結局佐知は申し出を受けることになった。


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