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ある満月の夜‐終

『対象の基本属性解析――完了。付与魔術構築開始』

 どこか厳かなネムの声とともに、短槍を中心として展開された十三の魔法陣が発光を始める。

 驚くことにネムは、魔術の構築を並列で同時にこなしているらしい。

 それも二つ三つ程度ではなく、十三個も同時に。

「事前に資料には目を通していましたが、まさかこれほどまでとは……」

 構築済み魔法陣の制御はアーシェに任せているとは言え、十三もの魔法陣の同時構築という、いっそ恐ろしいまでの魔術師としてのネムの腕に、驚愕するアーシェ。

 それもそのはず、ネムとアーシェは一つしか歳が変わらないのだ。

 自分と歳が変わらないネムという少女は、一体どんな理由があって退治屋となり、千尋とコンビを組み、この凄まじい技術を手にしたのか。

 魔術師の端くれとして、ネムの技術や今までの人生に興味が湧いたアーシェだが、その考えを振り払うようにかぶりを振る。

 今は戦闘の最中なのだから、考えている場合ではない。それに――、

「これはなかなかきついですね…………!」 

 虚空に漂う構築済み魔法陣を待機状態のまま維持するのは、アーシェの仕事なのだから。  

 


† 



 轟音と共に、千尋の頭の少し上を怪物の拳が通過する。

 千尋は、咄嗟に屈んだおかげで喰らわずに済んだが、もし喰らったらひとたまりもないだろう。

 千尋やアーシェ、この場にはいないがもちろんネムも、一発貰ったら即お陀仏だというのに、怪物――肉巨人は先ほどから百近い斬撃を浴び、何本四肢を切断されてもその修復に全く時間をかけていない。

「ちっ、やっぱ魔術で核を潰さないとダメか……。ネム!あと何分だ?」

『あと三十秒。千尋、できれば動きを封じてほしい』

「了解」

 

 動きを封じるといっても、四肢を切断して文字通りの肉達磨にしても、肉巨人の再生力では三十秒も持たないだろう。

 タイミングよく四肢を切断しても同じだ。

 つまり、ナイフ一本ではどうにもならない。……もっとも、千尋の装備は特殊なナイフ一本ではないのだが。

「アーシェの前だが、使うしかないか……」

 これからどれだけの間アーシェと仕事仲間でいられるかわからないが、他でもない相棒の頼みだ。仕方ないと自分で自分に言い訳をする千尋。

 長考し――実際にかかった時間はごく僅かだが――決意を固めると、素早く上着の内ポケットに手を入れ、真紅の液体が入った小瓶を取り出した。

 

「それは!?待ってください、まさかそれは……!?」

 小瓶を――正確には中に入れられた液体――見て驚きに目を丸めるアーシェ。

 その反応を見て、心底めんどくさそうにため息を吐くと、

「アーシェ、質問も文句も後で聞く。だから今は集中しろ」

 言いながら、小瓶の中身を素早くナイフの刀身に注ぐ千尋。

 

 ナイフは短く振動し、ガラス細工と見まごうほど透明な刀身が、瞬く間に瓶に入れられていた液体と同じように真紅に染まった。

 千尋は、ナイフ軽く振り回して動作を確認すると、逆手に持ち替え怪物に突進する。

 怪物との距離が残り十メートルまで近づいたところで足に力を溜め大きく跳躍。

 怪物の巨体に取りつくと、勢いよくナイフを突き刺した!

 千尋は、ナイフは怪物の体に突き刺したまま怪物の体を踏み台にして素早く距離をとる。

 

 その数秒後、突如地獄の底から響いているような、くぐもった大きな声で怪物が叫びだした。

体を掻き毟るような動作で暴れ出すと次第に体の至る所から、赤色の杭が飛び出し怪物の体と床や柱、天井を繋ぎ止め、縫いとめる。

 奇怪な現代オブジェのように変なポーズをとったままその場に縫いとめられた怪物を見て、

「ネム特製の霊薬だ。しばらく動けない、それより……」

魔術の準備の方は大丈夫かと言いかけ、やめる。

相棒であるネムがあと三十秒で完成すると言ったのだ、信頼せずに何が相棒か。

『魔法陣構築完了。同時に基本属性改変完了。禁呪”魔槍ロンギヌス”改め、”聖槍ロンギヌス”準備完了。』

 前半はやたらと機械的に、されど後半は少しばかりの熱を込めて紡がれたネムの言葉と同時に、アーシェが必死に制御していた虚空に漂う十三の魔法陣が千尋と怪物の間――距離二十メートル――に等間隔で浮遊する。

「アーシェ、俺のナイフは刺さったまんまだからお前の短槍借りるぞ」

 アーシェが何事か文句を言う前に、さっさと床に突き刺さっていた短槍を引き抜き、投擲の構えに入る千尋。

 大きく息を吸い、左足を大きく前に出し、短槍を持った右手をめいっぱい後ろに引き、腰を捻る。

 持てる全ての力を、前に出した左足と短槍を投擲する右手に集中させ、

「ふっ!」

 口の端から呼気を漏らしながら、――投げた。



 十三の付与魔術を対象に施す魔法陣を通過するごとに増す速度と、短槍の周りで煌めく白銀のオーラ。

ネムが編み上げた魔術は、付与魔術禁呪指定”魔槍ロンギヌス”。ロンギヌスの名はもちろん、キリストの遺体の脇腹を突いたとされる聖遺物――ロンギヌスから来ている。

 その聖遺物の、魔術による無理やりで不完全な再現。それが”魔槍ロンギヌス”という魔術だ。

だが、今回ネムが加えた即席の改変(・・・・・)により、完全とは言えないが六十パーセント程、本来の神聖性を獲得している。その、オリジナルの聖遺物”聖槍ロンギヌス”が内包する魔術属性は聖。

 魔術における聖属性は、漫画や小説で用いられるような神聖なものではない。

 対象の魔力の元――魔素を触れた瞬間に分解、消滅させる。それが魔術における聖属性。危険極まりない属性である。



 そんな死ぬほど危険な白銀の煌めきを纏った黒色の短槍と肉巨人との距離がゼロになり、――その瞬間、怪物が跡形もなく消滅した。



 あっけないほど簡単に消滅し、突き刺さっていたナイフと、消滅させた元凶である短槍が、軽い音を立てて床に落ちる。

 一瞬の静寂の後、

「なっ!そんな馬鹿な……禁呪の使用だけでなく改変まで……!?あなた達は一体…………」

 ――何者なんですか。と続けようとしたアーシェの言葉を遮り、

「全ての怪物の祖――神祖を追ってる、ただの退治屋だよ」

 あっけらかんとそういった。






「うわ、突き刺したせいで刀身がベタついてる……」

 ホルスターに入れて大丈夫か……?と情けない事を考えている千尋の顔は、もう何時ものように気だるげだった。





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