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ある満月の夜-3

 アーシェ・クレイドルは一流の退治屋だ。

 

 幼い頃から退治屋としての心構えを両親に説かれ、それに反しないように今まで腕や精神を磨いてきた。

 鍛錬を欠かした日は無く、討滅すべき怪物の情報は全て頭に入っているといっても過言ではない。

 退治屋を纏める機関――協会での地位もそこそこ高く、それ故に生じた責任とクレイドル家の家名を汚さないためにやれることはすべてやってきた。

 情報として残っているのならば、知らない怪物はない。

 そういっても過言ではないだろう。

 

 ――だが、

「こんな怪物!見たことも聞いたこともありません!」


 眼前でアーシェに攻撃を繰り返すのは、全長4メートル程の、肉の巨人だった。

 赤黒い肉で覆われた体全体がドクドクと脈動し、その気味が悪いリズムに合わせ怨嗟の声を上げる、18頭分の人狼の頭。

その頭は、1個は首の上に乗っているのだが、残り17個は体全体から不規則に生えている。


身の毛もよだつ醜悪な怪物。

 アーシェの豊富な知識をもってしても、この醜悪な肉の巨人に関する情報は一つもなかった。

 

「そりゃそうだろ、まだ発表されていないんだし」

 未知の怪物との遭遇という、滅多にない状況に動揺するアーシェに、あっけらかんと言い放つ千尋。

『正確には、報告してない、だけど』

「そんなの対して変わらんさ」

 

 アーシェにはネムと念話するためのパス――電話線のような物――を通していないために、千尋が独り言を言っているようにしか見えない。

 そのために、ある種残念な人を見るような目で千尋を見るアーシェに気付き、

「ネム、緊急事態だ。強引に繋いでやれ。俺はその間あいつを抑える」

『了解』

 ネムに指示を出すと、怪物の攻撃を受けないように捌くことで必死なアーシェの間に、武器すら抜くことなく割り込む。

「聞いてたろアーシェ。俺がやるから下がれ」

 釈然としないものを感じながら、渋々後ろに下がるアーシェ。


 敵の間合いに入ってなお、武器を構えていない。

 自殺志願者がごときその振る舞いに、怪物も戸惑っているのか、様子を見るように千尋から距離を取る。

 そんな怪物の様子を見て、意外そうに目を細める千尋。

「前みたいに知性がないのかと思ったが、素材と術式の違いか、ある程度はあるらしいな」

 微妙に想定外だ、と口の中だけで呟いて、

「まあ、知性があろうがなかろうが、やることは変わらないけど……なっ!」

 コンクリート製の堅い地面を強く蹴りつけ、距離を詰めるために疾走する。

 弾丸が如き速度で接近する千尋を、ただ見ているほど怪物も馬鹿ではなく、右腕で横一文字を描くように周囲一帯を薙ぐ。

 

 その薙ぎ払いを、ナイフを抜剣しながらスライディングで回避。

 回避の勢いを利用して股下を潜り抜け、ナイフを一閃。

千尋が股下から怪物の背後に移動した後、一拍おいて、怪物の右膝より下が切断される。

 右足が半ばから切断されたことで体制を崩した怪物に、背後からさらにナイフを振るうも、体制を崩しながらも無理やり振るわれた左腕で防がれる。

 が、その腕を踏み台にし跳躍。怪物の左肩に着地し腕の根元にナイフを突き刺す。

 くぐもった苦悶の声を無視して、ナイフをさらに奥まで刺し込み、柄を強く握ったまま体重をかけて強引に地面へ降りる。

結果、怪物の左腕は豪快に血飛沫を上げ、根本から切断された。

 

 卓越したナイフ捌きと曲芸師のごとき身のこなし、正確な状況判断を駆使して超人的な立ち回りをやってのけたにも関わらず、千尋の呼吸は全く乱れていない。

 むしろこれぐらいやれて当たり前、と言わんばかりの余裕な態度でナイフを弄んでいる。


 一連のやり取りは10秒未満のとても短い時間で行われた。

 その短い時間で怪物が奪われたのは右膝より下全てと左腕。即ち機動力と手数だ。

 そんな、10秒で失うには大きすぎる損害が、


 ――瞬く間に再生した。

 

「それは反則だろ……!」

 四肢の欠損を瞬く間に再生する尋常ならざる再生速度に頬を引き攣らせる千尋。

千尋達はこの怪物と前に一度戦ったことがある。

その時には、こんな馬鹿げた治癒能力は持っていなかった。精々が他の生物を取り込んでその分だけ回復というレベルだったのだ。

勘弁してくれ、と毒づく千尋。

いつも気怠げで飄々とした態度をとる千尋から、一切の余裕が消えうせ、額を汗が伝った。

このままだとただの消耗戦になる、何か決定打が欲しいが、アーシェはどうなった?

 そう思いちらと後ろを見てアーシェの様子を伺うと、

「即席で魔術の改変……!?そんな無茶苦茶な!!」

『大丈夫、大部分は私がやる。アーシェさんは術式の制御だけでいい』

 ――下手したら爆発するから頑張って、と付け加えたネムに、「それが無茶だといってるんです!」と顔を青ざめながら抗議するアーシェ。


 短槍を床に突き刺し、ネムの指示を受けながら即席で魔術を編み上げているらしい。短槍を中心に何重にも魔法陣が展開されている。

『魔術の完成まで後5分はかかる。千尋……頑張って耐えて』

「了解。できるだけ早く頼むぞ…………!」

 なかなかきついからなぁ!と叫び、再び怪物との殺し合いに身を投じた。


 …………ただの狼退治って話だったのが、今じゃ普通に修羅場とか、笑えねえな。

 なんて、内心で文句を言いながら。

 

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