ある満月の夜-2
青白い満月を背負って聳え立つ、”いかにも”な廃ビル。
何か恐ろしい化け物でもでそうなそのビルの前に、黒と白の対照的な色のコートを身に着けた二人の男女が立っていた。
男――不破千尋は、相も変わらず気だるげな表情で廃ビルを睨んでいる。
右手はズボンのポケットに突っこんでいるが、左手で、刀身がガラスのように透き通った特殊な大ぶりのコンバットナイフを弄んでいる。
順手、逆手、空中に放り投げ逆手でキャッチし、ペン回しの要領で回転させ再び順手に持ち替えホルスターに収納。
一連の動作を滑らかにやってのけた彼の様子を見て、「やはりこの男、腕は立つのですね」と呟いた女の名は、アーシェ・クレイドル。
いつもはフードの中に隠された、氷河を思わせる美しい白銀の髪と目を惜しげもなく晒した彼女の素顔は当然のように整っていて、美人だ。
そんな彼らが真夜中という時間帯にこの廃ビルに来た理由は、単純に仕事である。
この世界に存在する”怪物”という人類にとっての天敵である生物。
そんな怪物を狩る狩人”怪物退治屋”通称、退治屋。彼らは18歳――高校3年生相当の年齢にも関わらず、腕利きの退治屋なのだ。
「アーシェは14階を頼む、俺は13階をやる」
「あなたが仕切るのは少し癇に障りますが、まあいいでしょう」
不承不承といった感じで千尋の指示を了承し、右腕をビルの14階部分に向けて伸ばしたアーシェ。
直後、彼女の右掌に銀色の光が生み出された。
その光は細い紐のように、指先から肩へと絡みつくように上っていく。
肩あたりで静止した銀光は、思わず目を覆う程の光量を発し、弾ける。
瞬間、彼女の右腕には銀色に発行する鎖が絡みついていた。
「では、私は先に行きます」
千尋にそう一言声を掛けると、声を掛ける間もなく鎖が射出され、先端がビルの14階と15階の間に突き刺さる。
アーシェは、強度を確かめるように数度鎖を引くと、次の瞬間には収縮する鎖の勢いを利用して大跳躍をした。
「………………魔法はいいよな、楽そうで」
自らの無力感を嘆くように呟くと、廃ビルの機能しなくなった自動ドアをこじ開け中に侵入する千尋。
これから待つ戦闘に向け気を引き締めたのか、千尋の横顔にはいつものような気怠さはどこにもなかった。
「階段上るだけで、結構、疲れるんだよなぁ……」
アーシェは緊縛魔法の応用で楽に侵入したが、残念ながら魔法が使えない千尋にはその方法が使えない。
そのために、歩いて登って行くしかないのだ。
息を若干乱しながら階段を上っていくと、ギャリィィィ、と金属と金属がぶつかったような音が、すぐ真上の階――13階から聞こえた。
「おいおい、まさかもう14階を終わらせたんじゃないだろうな……」
アーシェと廃ビル前で別れてから軽く5分は経っているため、彼女の実力ならあり得る話だ。
――こういう場合って、報酬でるのか?、と無料働きの心配をする千尋。
……無料働きと言っても、今回千尋がした事と言えば、アーシェに指示を出して階段を上っただけという、働きとは言えないレベルなのだが。
「また何か文句言われそうだな……めんどくせ」
つい数日前、正確に言えば一昨日に突然決まった仕事仲間――アーシェ・クレイドルは腕は立つが、なにしろ自分とは性格が違いすぎる。
戦闘に関しては文句なしなのだが、仕事終わりに何度も何度も退治屋としての心構えを説かれてもなぁ。
どうせ戦闘も佳境だろう、と勝手に判断し、息を整える目的があるのか、13階へ続く階段をやけにゆっくりと登っていく千尋。
ようやっと階段を登り切り、13階を覗く。
そこで彼が目にしたのは、
全身が赤黒い肉で覆われた、巨人だった。
「やっと、来ましたか!本当に、遅いです、よっ!」
鈍重そうな見た目に反して、目を見張るような速度で交互に両腕を振りおろし連続攻撃を加える肉巨人。
その攻撃を左手に持った黒色の短槍で必死に受け流すアーシェ。
眼前の状況を一瞬で理解した千尋は、
「あー、……また専門外だ。今夜は本当にハードワークだなおい」
と、独りごちた。