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ある満月の夜-1

 青白い月が照らす真夜中の街を、二人の人影が歩いていた。

 一方は男だ。

 黒いジャケットにジーパン、ぼさぼさであまり手入れがされていない黒髪にやる気なさげに細められた目。

 それでも人並み以上に顔が整っているせいか、気だるげな顔は見るものに不愉快な色を与えることはない。

 もう一方の人影は女だ。

 黒いジャケットを着こむ男とは対照的に白いロングジャケットに身を包んでいる。

 頭からフードを被っているために顔を見る事は出来ないが、フードの隙間から漏れた、どことなく氷河を思わせるような白銀の髪が綺麗な女だった。



 ジャケットから髪の色、さらに雰囲気まで対照的な黒白の二人は、現在言い争いの真っ最中だった。



「だから言っただろ。俺はああいうの専門じゃないんだって」

「専門であるとかないとか、そういう話ではありません。退治屋たる者、苦手意識を持たず様々な怪物に対応できるようにするべきです」

「あー、はいはい分かったって」

 男の怠慢を非難する女に、心底めんどくさいと言わんばかりに生返事する男。

 そんな男の態度が不満なのか、女の声に苛立ちが混じる。

「なんですかその気のない返事は。大体私はまだ納得していませんからね!」

「何に対する納得なんだよ」

「もちろん、あなたと組まされた事に対してです!全く、協会の上役も何を考えてこんな男と組ませたのか」

 ――私には、やらなければいけないことがあるというのに……。

 ぶつぶつと自らが所属する組織に対する愚痴を口にする女。

 その様子を横目で見ながら、女の不満と全く同じことを思う男。

 両者とも、現状に対する不満が丸出しだった。


『…………千尋、聞こえる?』

 突然、頭の中に少女の声が響く。

 念話と呼ばれ重宝される魔術の一種で届けられた少女の声は、いつも通りの冷静さを保っている。

 ……冷静というよりは、非情とか冷血といった表現の方が近い声音ではあるが。

「ああ、聞こえてる。どうした?」

『協会から緊急討伐指令が来てる。指名は千尋と……隣にいるアーシェさん』

「おいおい、数十分前に仕事こなしたばっかりだろ……」

 千尋の脳裏に蘇る、少し前に葬った怪物の姿。

 専門外という事もあって、かなり苦戦して疲労もしているのに、また仕事とは。

 今夜はハードワークだな、と自嘲気味に笑って、

「で?怪物の種類や数はわかってるのか?」

『うん。人狼で、数は18』

「そりゃまあ、随分と大所帯だな。…………で、場所は?」

『右側の大きい廃ビル。そこの……13と14階』

 指示通りにビルを視認して了解、と少女との会話を打ち切り隣のアーシェを見る。

 アーシェは耳に手を当て先ほどまでの千尋と同じように、誰かと念話をしていた。

 千尋との合同作戦と聞いたところなのか、「なんでまたあの男と!」と声を荒げる。

 その様子を見て、ふと言っておかなければならないことを思い出した。

「あ、まだ繋がってるか?」

『どうかしたの?』

 再度聞こえる少女の声を確認して、

「帰りは早朝になるだろうから、美味い朝飯頼むぞ」

『…………うん、待ってる』

 少し間をおいて照れたかのように小さく言う少女。

 その言葉を境に完全に音声は途絶えた。


 きっと今頃、赤く染まった頬を隠すようにを俯いているのだろう。

 その姿の想像をして緩む頬を無理やり引き締め、気持ちを切り替える。

 


 いつの間にやら念話を終えていたアーシェがこちらをじっと見つめていた。

 といっても、フードのせいで顔は見えないため、見つめられているような気がするだけなのだが。

「……今回も合同作戦で言いたいことはあるだろうが、なんせ人狼の群れだ。切り替えて頼むぞ」

 少し気まずくなって、適当に言葉を選んで話す。

「私も一流の退治屋です。仕事後ならともかく、仕事の最中は文句は言いません。それに、私が言いたいのは、そんな事ではありません」

「じゃあなんだよ?」

 どうやら、よっぽど大事な事でも言うらしい。

 場を包む真面目な雰囲気を自覚して、背筋を伸ばし、顔を引き締めアーシェの言葉を待つ。

 ゴクリ、と生唾を飲むような音が聞こえてきて、

「ネムさんに、私の分の朝食も、…………用意するように言ってくれませんか」

 後半になるほど小さくなっていく言葉を聞き内容を理解して、

「は?」

 思わず口から間抜けな声が出た。

「は、とはなんですか失礼な」

 頬を羞恥に染めこちらを睨んでいる(ような気がする)アーシェ。

「いや、だってお前……俺の事嫌いなんだろ?」

「それはそうです!…………ですがこちらにも色々理由があるのです」

 面と向かって嫌いと言われると、わかっていてもクル物があるが、それは置いておいて。

 少し憂鬱そうに言う彼女には、どことなく哀愁が漂っているような気がした。

「上役には逆らえないのですよ…………」

 いや、哀愁が漂っていたような気がした、ではなく実際に漂っていた。

「はあ……、まあわかった。連絡しておく」

 なんとなく同情しながら、ポケットからスマフォを取り出しネムにメールを打つ。

 魔術が使えないっていうのは、こういう時に不便だよな。と内心で文句を言いながら。



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