第一話 食い荒らす者たち
俺には神様が憑いている。
暴力的で狡猾で抜け目なく、優しく規則正しく優秀で、他人への共感が他人より少しだけ薄い俺を導き、そして祝福してくれる。
神様は絶対だ。
スマホを通してサポートしてくれる神様は絶対に道を間違えず、ストレス社会に生きる俺に、今日も神様はストレス発散の場を与えてくれている。別に世界が腐っている! ……なんて陳腐な考えは持っていない。俺は規則で縛る社会の中で生きなければならないし、規則で縛れた人々を見るのも嫌いではない。暗い顔をした彼らは、ストレス解消を発散する方法を知らないだけだ。
「なんていい日なんだ!」
俺は倒れた初老の男に、何度も何度も爪先を叩き込む。ぐぽっ、ぐぽっと鈍い音と共に許してくれ許してくれと漏れ出す悲鳴のコラボレーションは毎日聞いても飽きない。最高だ。録音して目覚ましにしたらさぞ目覚めも良くなるだろう。
曇天の路地に老人を助ける善人はいない。老人の同胞はいても、自分たちが異分子だと分かっている彼らが助けに出てくることはない。だから"許してくれ"なのだ。嵐に向かって助けてくれと叫ぶ者がいないのと似ている。助けてくれる者がいないなら、理不尽に対しては許してくれと乞うしかない。
彼らは皆、不法滞在者だ。東アジア系の人間で、動乱の最中にやってきた密入国者だ。この国の法律に背いた彼らにとって、ここは安住の地ではない。それを分からせるのは国民の義務だと俺は知っている。
警察に駆け込む? 警察に駆け込めば俺に僅かな意趣返しが出来るが、代わりに一族郎党芋蔓式に糞みたいな本国に送り返される。いや、一斉捜査と身元照会で検挙された一族以外も送り返されるとなれば、彼を待っているのは同胞のリンチだ。
それが堪らなく気持ち良い。
まな板に生きた魚を乗せ、どのような料理にしてやろうか考える時間に似ている。その魚の味を想像こそすれど呼吸の出来ないまな板で苦しむ魚の行く末を想像する者がいないように、俺は行きも帰れもしない袋小路に嵌った老人の苦しみを理解せず、ただ苦しむ姿だけを楽しむことが出来る。
殺しはしない。俺は弱者を痛めつけるのは大好きだ。規則を守らない奴を暴力で規則の枠に押し込むのも大好きで、規則に守られない奴に容赦は必要ないと常日頃から思っている。
だが殺人はダメだ。
殺人は全ての規則を超越して、人倫の領域に踏み込む。安易に人を殺してはならないと言う規則は、俺が他人に対して持つ共感の貴重な一つだ。俺は人を殺さない。二度と立てない状態にしても、二度と目が覚めない状態に追い込んでも、今まで命を奪った経験はない。
「何故かって?」
俺は倒れる老人に唾を吐き捨て、続ける。
「神様が許してくれないからだ」
今日も、彼らの怯えた目つきが最高に心地良い。




