【第4話】じゃじゃ馬ならし -①ー
わ、前回からもう一ヶ月も空いている・・・
すみません、ほんとすみません、
来月からオペラで、もう大変なんです><;;
今、そこにいるはずのないもの、ひと、
それはなんとも気持ちの悪いものである。
劇場ではそもそも、そういった「怪異」的話には枚挙の暇がなく、
どこそこの劇場の奈落では「出る」だの、
あそこの上手の奥に行くと、なんか気分悪くなるだの、
しかし、とある先輩はこうも言っていた。
「あのひとたちはね、寂しいから出てきちゃうんだよ。寂しくあの世に去ってしまったんだろうね、だから賑やかで楽しいここ「劇場」に、ついついきちゃうんだよ」
だから、
「あんまり気持ち悪がってやったら可哀想ですからね」
可哀想、ですからね、って
わー!わー!わー!!!
それか?? あれはそれか?? そういった類の、所謂、
裏が飯屋なあんちくしょうですか???!!
「わ、わ、ししし進行ちーちーふ! あれってもしかして、その!!」
と見ると、進行チーフ様は至極冷静にインカムを付け直し、操さんとの通話に入る。
《操くん、確かに見えたのかね?》
《はい、今は音響・照明、どなたもギャラリーからは降りているはず。施設の設備点検もこの時間帯ではありません。》
《清掃さんでは?》
《それもありません。対象曜日ではありません》
チーフと操さんのやり取りも気になるが、私はその誰かいたであろうギャラリー付近に執拗に目を凝らしていた。
作業灯がハレーションで眩しくて見づらい、が、
え、なにか人影らしきものが・・・
小さい、
え?小さい??
と、かしゃんかしゃんかしゃん!
とギャラリーの鉄網床を踏む音が響く!
やっぱり誰か!
「進行チーフ!確かにいます!! なんか小さくて、あれは・・・」
・・・・・子供??
まさか、こんな公共に劇場に、なんで子供が
《操くん、あれは》
《・・・はい。確認しました。では》
《うむ。では》
《はい。そういうことで》
間
間
間
・・・いやいや!! なんなのよ?! 明らか怪しいだろあの(暫定)子供!!
そして、あんたたちのリアクション!!!
そして、
「ああ、すまない袖中くん! なんでもない、大丈夫!そして大丈夫!!」
ごまかすの下手だなこのひと。
「あ、そのね、あれだよ。劇場にはよくある、涼しくなる話だ。ははは!聞きたくないだろ?? まぁ、程よく忘れたまえよ!そしてふぉーーーげっと!!!」
ま、まあ、そういうのは良く聞く話ではあるが、
あれは、
あの人影・・・あの、
子供?は、
単なる稲川J的な話で終わらせるようなものではなく、
なんともいえない、ちゃんとした存在感もあって、
そして、
なんだかこちら・・・ 舞台上を、私?を、
ぎゅぎゅぅ、と凝らして見ているような熱い目線を感じて、
「さ、さあ!! なんだかケチが付いたが改めて昼ライスにしようじゃないか! 大丈夫!問題ない! さぁ、食堂への道が開くのだぁ!!」
と、かなりな虚勢を張って(でもそれは新米の私に対する優しさであろう)、進行チーフは颯爽と下手の楽屋通路から共通バックヤードに続く廊下をすたすたと歩み行く。
そよかぜホールは広い。
もう、広い、なんてもんじゃない。
私はイレギュラーで搬入口から入ったが、改めてホールのバックヤードに来てみると
中ホール舞台下袖から、楽屋通路を通り抜け、セキュリティの掛かった扉を潜れば
「共通バックヤード」
ここから、大・中・小ホール、全てに通じる通路がのびる。
搬入エレベーターや人員用エレベーターも数機ある。
廊下の端々には、どこかしこかのホールで使用予定であろう舞台の備品が山積みである。
壁には申し訳なさげに「館内案内図」があるが、
もう、既に私にとってはここは「そよかぜ」から「暴風雨」を通り越して
メギドラオン
「袖中くーん! こっちだ!!」
進行先輩が廊下の先でぶんぶんと手を振る。
運動部の男子高校生のように。
廊下の向こうに、申し訳なさそうにランチメニューの看板が出ている一角が見て取れた。
店名、
「ヴェル・デ・クィップ」
と、もう公演が終わったであろうこの劇場のチラシの裏に手書きで書いてある。
そして今日のメニュー。
A:オリジナルから揚げ定食
B:オリジナルカレー
頭に「オリジナル」と付けるのは、大概・・・・・
「さあさ!袖中くん!! せっかくだし僕の奢りだぁ!! 好きなのを頼みたまへよ!! といっても、せいぜい食えるのはカレーくらいだがね! はーはっはっ!!」
言うがいなや、進行チーフは食券をがしょんと買い付け、
「席に座っていたまえ!」
と言い放って、配膳カウンターに並ぶ。
は、あ、なんかごっそーさんでございます。
でも、座って、て、、、えーと、
ふるふる食堂内を見渡すと、先程、中ホールで安全確認をしていた男性スタッフ二人が、
興味深そうな目線を進行チーフと私に投げかけている。
READ、THE AIR
空気読め。
ともあれ、あの方々は私をこっちへカムカムミニキーナ。
「ど、どもっす。お邪魔しまっす。私あの」
「あ、今日からうちに出向だってね!聞いてるよ!」
「そそそうなんですね。 改めて袖中鎮香と申します。よろしくです」
「おお!しずちゃんね!!」
「しずちゃんはちょっと」
「俺、出来。出来明。よろしくメカドック!!」
「め・・・ わ、わんわん??」
「いいね~!汲み取るね~!!救ってもらえて恭悦至極!だけど、俺たちいつも忙しい・・・忙しい・・・イソガ?」
「CC!!(しーしー)」
はっ!! しまた、なんだこのノリの良さは! 綾小路団長萌えな私がつ、つい、、、
なんだかついノリで乗ってしまった出来さん・・・20代半ばのひょろりとした体格。ロンゲ茶髪で、「おいおいちょっとこうの業界ではどうかぁ?」的容姿だが、醸し出す雰囲気は飄々としながら抜け目なく「できる」スタッフさんて感じ。
と、その横で寡黙に佇むもう一人のスタッフさん。
ガタイが大きく、叩き上げの大道具さん!て感じだが・・・
「あ、その、袖中と申します。よろしくお願いしま・・・す」
「む」
「あ、えと」
「む?」
「いやあの」
「む。むむ」
「そっかー!中入っちはしずっちを気に入ったかぁ~!!」
「は?はぁ??」
「あ、こっちは中入障子サン。見た目イカツイけど、めちゃデリケートで女子力No.1っす!」
「むぅう!!!」
出来さんのおちょくりにちょっとイラっときたのか、中入さんが猛烈に動く!!!
ダスターでテーブルを拭いて。
なんだかちょっと(結構?)変わった人たちだが、気のいい雰囲気が伝わる・・・
「おっと!お待たせだ、袖中くん!! 名物カレーの大盛りだ!」
進行チーフが、ちょっとどうかというくらいの「盛り」なカレーを2皿持ってこちらへやってくる。
いや、あの、一応ぎりぎり私も「女子」的生息域にいる種別なのですが。
と、他の先輩方の手元を見やれば、やはり運動部的ノリな「盛りに盛った」カレーが鎮座。
「さ、食うべ!!」
と、言ったやいなや、それぞれ懐からなんか取り出した。
ん? んん????
進行チーフは
「マヨネーズ」
出来さんは
「ソースと一味」
中入さんに至っては
「味噌」
・・・・・
いっただっきまーす!!!!!
いやいやいやいや!!
ここのスタッフが悪食なのか、食堂が食悪なのかの議論は置いておいて、
(早急な議論が必要な事案だが)
なんだかこの異色なカレーをまだ口に運ぶのもなんだかその気になれず、
スプーンでライスをルーをこちゃかちゃもて遊びつつ、
さっき見たことを脳内反芻してみる。
あれは、確かに・・・誰かいた。
それが、降り遅れた照明や音響のスタッフさんなら、まあ、それでいい。
ダメだけど、納得がいく。
でも、違う。
明らかそのどの属性にも当てはまらず、あまつさえ、
舞台チーフと機構オペレーターに
「なにもなかった」
などと言わしめる存在・・・
それは、やっぱ、
ファントム・オブ・ザ・パラダイス~~?!!!
「でね、」
と、
とーとつに私の思考(または無駄な妄想)が遮られ、
すぅう~と現実に戻る。
戻った目線の先には、私のカレー皿の上には
何故かコロッケと肉じゃがと搔き揚げが乗っていたが。
(サービス??)
「まぁ、軽くこいつらとは自己紹介したみたいだけど、改めて」
「え、あ、はい!」
そだ、なんかここのホールの雰囲気に呑まれて自分のペースを見失っていたが、
改めて、そう、私は(出向とはいえ)ここのホールの常駐管理スタッフとなるの、だ、だ!
「改めて、こいつ(ロンゲ茶髪)は、出来。チャライように見えるが、チャラい」
「どーん!きたー!! 進さんキビシー!!ww」
「はは! でもコイツは小劇場から商業演劇まで、今まであらゆるお芝居、舞台に携わってきてるやつだから、芝居関係の番組はどんとこいだ」
「いやいや~!進さん、やーめれ~!」
ほ、なんだか・・・
「あとこのでくの坊がね・・・」
「こら!そしてこらあ!!」
「じょじょ、冗談すよ~。すんません、中入さん」
「・・・む!」
さっきから「む」としか発言していないもう一人の先輩は・・・
食堂のテーブルの前で着席はしているが、それはもう、座高だけで私の倍以上あるような途方もない立派な体躯で、
これまでの出来さんや進行チーフとのちょっとおちゃらけた(?)やり取りにも、全く表情を微動だに変えず、
「あ、ま、そのコイツは中入だ。中入障子。落語や狂言、能、日舞など、和モノの演目の知識がハンパない。そしてテンプレキャラかもしれんが、気は優しくて力持ち、というやつだ、はは!!」
「む、むぅう・・」
すこし照れたのか微笑んでくれたのか、中入さんはその四角い顔をすこーしだけ丸くしてくれた。
「基本、僕を入れてこの三人で中ホールのフロアの機構操作とオーダー、管理などを行っているわけだが」
「機構操作、管理・・・」
言葉ではわかっている、いや、正直聞いたことがある程度だった「劇場管理」。
その中でも、この日本でも数少ない「全自動コンピュータ制御」の小屋で、
はたして叩き上げの小童大道具の私が、何ができるというのであろうか・・・
そんな、不安が・・・ずっと
「不安もあるだろ。「なんやねん!ここ!!」とか思っているだろ!! 「私に何ができるねん!!」とかね、 ははは!!」
なぜ勝手に私の心の中を関西弁に変換しているのかどうかはともかく、進行チーフは的確に私の脳内不安を言い当ててくれていた。
「袖中くんは綱場はしっているだろう」
「はい」
「操ったことも」
「経験浅いながら」
「うむ。でもここでは」
「ないですね」
「ということは」
「操さんが」
「そう、彼女が操る。コンピューター制御で。では」
「では?」
「我々の仕事は?」
「操作オペレーターの操さんに・・・」
「うん」
「的確に指示を出す」
「マンマミーヤ!!!」
と、ここまでの進行チーフと私とのやり取りを大人しく(ほんとに?)聞いていた出来さんが、いきなり奇声をあげた。
はっ?!!!びくっ!!! となったが、ふと見れば、
隣に座っている中入さんも静かに手を叩いている。
これは一応、拍手・・・なのか??
「すばらしいね、袖中くん。そう、君は大道具の仕事は知っているが、ここでの仕事はまだ知らない。でも!!」
「は、はい」
「君が逆の立場になって、「今、ここに来ている大道具さんが、この劇場でなにをどうやって欲しいのかな」という思考はもうできている」
はっ、と気付く。
そうか、私はこれまで「攻め」の側。持ち込みのスタッフは「外様」なのだ。持ち込む劇場によって、環境やルールは様々。それによりこっちは勝手に
「なにこの小屋、いろいろ厳しいなあ、やりにくいなぁ、くそ!」
なんてのは、ぶっちゃけ思ったことも何度かある。
でも、
これからは、
「受けて側」
劇場、という「ハコ」で待ちうけ、受け入れる側。
「ん、色々自分なりに想いを巡らせているようだね」
と進行チーフの笑顔が目の前に広がる。
ふと現実に戻ると、既に卓上のカレー皿はいつの間にか片付けられ、
私はじめ人数分のコーヒーカップが並んでいる。
「アフターコーヒーが無料! これだけだね、この食堂のいいとこ!」
ミルクと砂糖を人数分持ってきた出来さんが軽口を叩く。
なんだかこの人のいいところがちょっと見えた瞬間。
「袖中くん、君はここに来るべき、いや、来なければならない運命の人材だったのかもしれないと僕は思うよ、ああ、思うよ」
そ、そんな・・・買い被らないでくださいってばよ。まだちゃんと仕事のひとつもこなしてないのに、
でも、
ここなら、
こんな先輩スタッフと一緒に大好きな舞台の仕事ができるなら、
それはなんて幸せな環境なのだろうと・・・
ぴりぴりぴり!
地味だが痛烈な電子音。
携帯ではない、これは
「はい、進行。・・・え?照明が球切れ?? はい、すぐ戻りますのだよ!」
それは館内専用に電波発信している、スタッフ用PHS。
そこまでしないと連絡のつかない、この劇場の広さ!
「球切れなら操作盤動かさないと、て、SUSくらいなら操さんでなくても俺が!」
今のやり取りを聞いて、意外(?)に職務復帰に熱くなった出来さんが吼える。
「むっ!」
「中入っちもやれるってよ! いこーぜ進さん!」
なんだ?アツいぞ、こいつら!!
でも、
そんなノリ・・・
私は大好きだ~!!!!!
「それが、だな」
困惑したような、でもこの状況が楽しくて仕方がない、というような?進行チーフの反応。
手にしたPHSを、オープントークモードに切り替えて、大きく、そして悠々と離しかける。
「え?操くん、なんだって?」
「ですから球切れは仮設照明の13バトン。操作盤つきました、スタンバイOK。オーダー待ちです」
!!!
なんともどこでどうお昼ご飯を食べていて、いやいながら、どこでどう情報を仕入れてもう操作盤に戻っているのか、
そんな操さんのミステリアスな一面を考える間もなく、
「戻るぞ!!!」
「はいっ!!!」
と、
いつの間にやら、そんなノリと雰囲気に乗せられて、
すっかりここの「舞台機構スタッフ」の一員となった気分で、
私、袖中鎮香は、
これからここで起こる、体験するであろう様々な出来事にわくわくしながら、
さっきの中ホールへと、先輩方と駆けっこよろしく走り出すのであった!
口のなかに、
マズイカレーとコーヒーをMIXしながらw
(つづきますよw)
なんかこの話の終わり方が、ジャンプの打ち切りっぽくて自嘲w
【劇場あるある】
ビックネームの役者さんが出演してると、終演後、楽屋口にはいわゆる「出待ち」の人だかり。
いちスタッフの筆者も、仕事終えて楽屋口から出てみれば、
「よーわからんけど出演者だれでもえーわサインくれ」おば様に囲まれる地獄w