【第3話】間違いの喜劇 -中編-
専門的な状況説明を、しつこくない程度にでもある程度ちりばめないと、というバランス感にいつも悩まされます^^;
「今すぐ宇宙人(テラフォーマーズ可)が攻めてくればいいのに」
「今すぐここが仮想敵国によって空爆されればいいのに」
・・・そんな中二な妄想を、誰もが一度思い描いたことはあるであろう。
ただの寝坊とかで。
でも今の私はそんな状態。
わかんないですわかんないんですほんとうですしょうめいとかきらきらしててぱーっとすごいなとくらいにしかとらえてなかったのでそんないろんなしゅるいあったりとかどうとかかいろとかはんがーくらいはわかりますがえぎゃらりーのぼるんですかそうですかぎゃらりーくらいはしってますがあこのしもてにあるかいだんからのぼるのですねでものぼったところでなにをしていいやらのわたしですよまごまごまごまごまご
「ちょっと!照明さん?! ギャラリー上がるなら声掛けてよね!」
はっ、
と、我に返る。
「んで、上がるならメット被って! 言いたかないけど、一応うち公共だしそこ煩いんで」
あ、そか、
高所作業はヘルメット着用が大前提。舞台は危険がいっぱい。しかしメット被ってると作業しにくいんだよな~
なんて、
ちがうちがう!
ですから私は!!
と、
?
は??
なんか、
なんか、違和感・・・
いや、私が照明作業をさせられているという根本的な間違いの悲劇(喜劇?)はともかく、
この劇場をふわっと見渡して、なんかそら寒い、
「違和感」
その、いわれもない違和感のせいか、少し冷静さを取り戻した私は、その声を掛けてくれた劇場付きスタッフであろう男性に駆け寄ろうと、
あの、私、違うんです
と、
駆け寄ろうと、
「危なーい!! バトン、ストップストップ!!!」
へ??
「バトン降りてるんだから! 不用意にこっち入ってくるんじゃあない!! (インカムで)大丈夫です、操さん、7バトン、再びダウンスタンバイ」
操:《スタンバイOK》
(作註:以下この《》はインカムでのやり取りとする)
なんか、私を急激に強烈に制した男は、インカムでぼそぼそ何かを話したあと、舞台全域に渡る、通る声でこう言い放った。
「7バトンダウンしまーーーす!!!」
方々から「はーい!」という応答が返る。
男:《ダウン、GO》
と、
さっき私が駆け込んだ位置に、おずおずと美術バトンが降下してくる。
空バトン(なにも吊られていない)なのに、これ程の存在感。
それはゆっくり、まるで、
そこに、私を含め舞台・音響・照明、すべての裏方スタッフが仕込みでわらわら行き来している中、
そんなスタッフを優しく避けるよう、でも厳しく退けるよう、
神々しく降臨したのだ。
あ、美術バトン
そか、バトンが降りてるから、あの小屋付きスタッフさんは怒鳴ったのだ。
不覚。
バトン・・・ 美術バトン
皆さん、ご存知か? 舞台には「美術バトン」という、舞台の左右端から端まで渡る長さの「鉄パイプ=バトン」というものがワイヤーで、客席から見えない舞台面の上空でいっぱい吊られているのだ。
そこに、
背景幕パネルドロップアーチジョーゼット星球スクリーンミラーボール雪布文字幕袖幕照明スピーカーマイクなどなど
吊る
のだ。
吊って、上に上げて(飛ばす、という)、照明や音響はタッパ(高さの意)を決め、舞台大道具はといえば、こと芝居やバレエならセット転換があるので、
・いらないモノは飛ばす
・いるモノは降ろす(飾る)
なんてことを、お客さん側から見えないとこでちゃんちゃんやってるのですわよ。
で、
当のバトン、てのは、普通
舞台袖の、基本下手に
「綱元」(綱場、ともいう)というのがあり、
運動会で皆さん一度は握った「綱引き」の
「綱」
のようなものが、
バトンの数だけ垂れ下がっており、大道具さんはといえば、それを引っ張ってバトンを上げ下げして
「転換」
をするのです。
で、
も、
ない。
え??
ないよ
どこを見ても、
どこまで見渡しても、
「綱元」が
この、そよかぜホールには・・・
な、ない??!!!!!!!!!(フォント大)
ででで、でも、さっき私が当たりそうになったバトンは、確かに動いていたし、
動いていた、でも、
まるで
そこに私がいることが分かっているかのように、
丁寧な速度で、ゆっくり、
「大丈夫? ゆっくり降ろすから安心してね」
などど、
その動きから、まるでバトン自体がこの周りの状況を見渡し、判断しているような
気持ちの良さと、
気持ちの悪さと、
そう、
改めて確認する。
上手、下手、
念のため、ギャラリーからスノコまで見渡しまくる。
うん、は、ほ、
な、ないな。
どこをどうぐるんぐるんと見渡しても、
私が、他の劇場で嫌というほど見慣れた、当たり前のようなアイツ、
それがここには、この「そよかぜホール」には、
「綱元」が・・・
ない。
!!!
え、じゃ、なんでこいつら(バトン)動いてるの??
と、
さっき私をぐはっと引き止めてくれた男性スタッフを見やると、
またまたインカムでなんかごにょごにょ言ってる。
ごにょごにょ言って、
「3SUS(SUS=照明のサスペンションライト)アップしまーす!!」
の、彼の声と共に、
当の3SUSバトンが、ごうんごうんと上がっていく。
そ、そう、これが・・・そうか。
父ちゃんが言ってたのはこれか。
確かに、
「あるもの」が「無い」はな。これ。
そして、
駆け出しの大道具である私には、
全く持って早すぎる、てか、
「理解できない」
設備の劇場・・・
これも後で教えられて分かるのだが、
この、日ノ本日本でも、数える程しかない最新鋭の設備を誇る県立「そよかぜホール」
その、
設備、とは
まさか、SFの世界だと(私:比)思っていた、
まさか、まさかの
【全電動:コンピューター制御】
の、
なんとも、近未来:押尾ウォシャウスキー大友的世界に
アナログな「劇場」世界も、もうそうなってしまったものなのか、などと、
「そう囁くのだ、私のゴーストが」
なんて。
と、ちょっと電脳が逃避しそうな脳的活動限界点にいる私の耳に入ってきたのは、
「すみませーん!!! 遅くなりました、照明増員の***です!!!」
搬入口から駆け込んできた一人の黒い少女。
私と同じ年くらいの中肉中背、黒いカーゴパンツに黒いジャンパー姿。
あ、
あ~~
「んだらなぁ~ぼけ!!! 遅いわ、吊り込みほぼ終わっとるわ! はよギャラリー上がって回路を、て」
メサイアのようなそのガナリ散らしている照明チーフさま(暫定)は、
一瞬の逡巡の後、すばらしき脳内補完を終え、ぽかんとしている私に向かって
「んで、アンタ誰さん?」
と、
私へのコキ下ろしや罵詈雑言、それに対する謝罪、そして私の今までのここでの立ち位置に対する自分のとった今までの行動言動を全否定する魔法の一言を言い放って、彼女は仕事に戻っていき、
そして、
「え?あれ? 君、照明の増員さんじゃないのか?ないのか? 入館証は?」
と、先ほどのインカム男。
え? あ、え??
ですから、
「あの、袖中です」
「はっ??」
「あ。いや、袖中・・・」
「そうそう!ここは袖の中ね! (他方に)あ、バトン動きますよ~!」
「いやあの、真中さんに」
「は? あの、関係者以外なら邪魔だし危ないのだ、そして危ないのだ!」
ぐぐっと、そのインカム男の声と態度の圧力で、袖の端っこに追いやられる。
うーん、どうしたものか。
その、当の「真中さん」と出会うのが一番なのだけれど、
こんな(私もよく知ってる)がっさ仕込みが展開している状態で・・・
外様(私)が、誰に何を聞けと?
でもそんな、超:疎外感! な状況において、
私が、ちょっと冷静に?気になった、いや、
気になりすぎて、参ったもう!!
となったのが、
さっきのインカム男、はじめ、
舞台のフロアには、同じようにインカムを付けたスタッフがあと数名・・・
それぞれ、近くにいって何をやっているのか観察していると、
さっきの男と同じように、インカムを駆使して
《操さん、29バトン盗みます、ダウン、スタンバイ・・・GO》
《スロー、スロー・・・ 操さん、間もなく・・・ストップ》
《操さん、平行するよ、1LBアップスタンバイ》
《操さん、とりあえず39バトンの幕は、吊りサイズこれで入力しといて》
舞台フロアにいるインカムスタッフは、口々に
「ミサオサン」
と呟いている。
なんだそれ、誰だそれ。
おまいら、みんな、初音なみくみくか??
と、
さっきの最初のインカム男が、私の方をあからさまにいぶかしんで見て、
「あの・・・ 関係者ではない、にしても、現場間違ったとかそういうクチなのか? ああ、そうなのか?」
そうだ、今の私の状況をちゃんと説明しないと。
「あ、いえ、すみません・・・ 今日からここに来るってことになったみたいで、えと、なんか「真中さん」て方が迎えに来てくれるって聞いててでも来られなくてとりあえず搬入口とか思って回って来てみればこのザマで、あの」
「真中さん? て、あ、まさか、管理で外注で来るってのは」
「あ、はい! それです、多分、きっと。えと、改めて「袖中鎮香」と申します。ほむら工芸からきました。え、えと、私・・・えと、今日から、そのここで、て。でもなんかわかんなくて、あ、すみません、えと」
あれ?
いつのまにか涙が溢れていた。
この世界に入って、まだ、いやもう2年・・・
全くもって、いつもどの現場でも情報がいってない、てか
てきとー
なのは重々、経験していたし、もう分かっているつもりだった。
でも、
これほどまでに、
【アウェイ感】
を感じたことはなかった。
少ないながらも、いろんな劇場に出入りをし、
各小屋の特色も、一回入れば分かる!的な
えらそーなことは言えないけどまあ、
大体、「小屋(=劇場)」に入れば、お初の小屋でも
そこの設備確認や状況把握、立ち居振る舞いは
「見極めれる」ようになっていたつもりだった、
つもりだった。
けど、
ここ、は
「違う」
なんだ、この、「疎外感」
小屋に入れば、誰も彼も一切合財初対面でも、
スタッフ・・・「黒いヤツら」はキチンと仕事ができる。
なぜなら、
そこには、「黒いヤツら」の、無言の
【共通言語】
があるから。
舞台人がいつの間にか作った、この世界だけの
「エスペラント語」
それが通じない。
間口、大尽、カマチ、介錯、チャンチキ、逆リハ、ハレ、飛び切り、裏打ち、頭出し、タッパ、バミリ、板付き、出来明け、舐める、振り竹、シュート、間接キュー、シャワーカーテン、、、
たかだか2年程しかいないこの私も即理解できる、そんな
【劇場ってこうだよね!】
的、常識(=エスペラント)が、ここにはない。
一切、通じない、
ある意味、
「外国」
そんな「ぼっち感に」
たまらなく、
涙。
ちくしょう。
私が、初めて舞台の楽しさと怖さと、そして
恋を、知った
ここ、運命の劇場「そよかぜホール」は、
柄にも無く高鳴る乙女ちっくな想いを秘めて戻ってみれば、
こんな、
こんな無機質なところ、
だった・・・け?
「あ、真中さん、やっと繋がった! えと、なんだっけ?君、名前! つまり名前!!」
はっ、と急に強く声を掛けられ、現実に引き戻される。
さっきのインカム男さんが、インカムとは別に館内端末モバイルで誰かしらと通話している。
「え、えと、袖中と申します!」
「ソデナカさんだって! へ?ああ、今、中ホールですけど。そのまま中ホールで研修?? て、ちょと!!」
「えと、あの」
「ああ、ごめんね、君の言ってた真中さん・・・あ、真中統括ね。朝イチで別クチのトラブルがあったらしく、迎えにいけなくてすまない、と。ああ、すまないと」
「は、はあ」
「で、改めて、俺は「進行守。このそよかぜホール・中ホールの舞台セクションでチーフをやってる。今日は一日、君、袖中くんはここ中ホールで見学、そして研修。つまり見学。その君の面倒みてやってくれってことだ!」
「あ、その、すみません」
「あっはは!! 謝るな!そして泣くな!! 君を責めた訳では100%ない! というよりも100%ない!! 誤解させたならすまない!そしてすまない!!」
「あ、いえ、あ・・・はい」
なんだこのNHKの体操のおにーさんのような爽やかさは。
でも、そんな彼:進行さんの立ち居振る舞いは、決して嘘くさいものではなく、
とても真っ直ぐで、
「見ての通り、今日から週末までの番組は芝居だ」
「ほわ、芝居・・・」
「好きか、芝居?」
「え、ええ。でも元々は、バレエで小さい頃ここに」
「え?」
と、ふと気づく。
よく見れば、この中ホールのチーフ様という、進行さんは、見た目40代前半。
スラリとした体格で、顔つきも良く見ると優しい面持ち。さっきの怒号は、安全管理を優先した気持ちの表れだったか。そう思うと、なんとも職務に対する気持ちが真っ直ぐで気持ちの良い人物であることか。
・・・は。
思わず、この進行氏の腰周りをチェックしている私。
当然?ながら、そこには紫のバールどころか、ガチ袋すら下げていない。
替わりに、見慣れない小さな端末っぽいものが複雑に腰周りに付いている。
まさか、ね・・・
と、そんな私の頭の中の思い巡りを察することは、当然、進行氏にはなく、
次に発した言葉といえば、
「ああ!! バレエでここに出たことあるんだ。なんか縁があるのかな、はは!」
「え、ええ」
「ちなみに、どこのバレエ団? **団だったら最悪! なーんて!!あそこってさ」
それは、初対面の人間に対する社交辞令的ではあれ、でも気さくな・・・なんとか私と接点を持とうと話題を探してくれている、なんとも人のいい人柄が滲み出ているようで。
「とりあえず、なんだか色々間違いというかすれ違いがあったみたいだけど、うちのホールに「劇場管理スタッフ」として来てくれるんだな? 改めて歓迎するよ、ようこそ「そよかぜホール」に。一緒にがんばっていこう! そしてがんばっていこう!!」
「あ、はい、よろしくお願いします!!」
「ん。でも、もうなんとなく分かってると思うけど」
「あ、はい」
「ここは、ほかの劇場とは決定的に違う・・・違いすぎてもう、凄いんだ! 凄いし違う!」
「なんか凄いのは理解してます、なんとなく」
「そうか! やるな、袖中くんは!! えと、実はここでは・・・と、失礼!!」
と、進行さんは腰周りの端末を操作して、首に掛けたイヤホンとマイクで誰それと小声で会話を交わしている。
「インカム」
まあ、所謂「無線」ですわな。
それで劇場内でやり取り・・・ しかも、先ほどのように、美術バトンがアップダウンするときに、
「スロー!」
「ストップ!!」
「アップ、スタンバイ」
「ここのタッパ、メモリしといて」
進行さん以外の、この舞台フロアにいる劇場スタッフさんが、各々、その「インカム」を用いて、どこかしらの誰かしらに「声」で指示を出している。
そこに聞こえるトーク内容にはいつも、
「ミサオサン」
という名が絡む。
なんだかミステリアス。
なんだか、某アニメのオペレーターのようで、
「あの、進行さん、そのインカムって」
「あ?ああ、これで操作盤を駆使するオペレーターに、バトンのアップダウンの指示を出しているのだ」
「それが【ミサオさん】という方で」
「ああ、聞こえたかい? そう、うちの劇場の操作オペレーターで、飾操。機械以上に正確に、秒速1mm単位でバトンを操れる、比類ない凄腕だ」
「ほ、ほええ~~」
ま、後で聞いたところによると、「秒速1mm」は劇場の機構の持つスペックであって、決してミサオさんの「腕」ではないのだが。
ミサオさんの腕の凄さは後々もっと思い知ることになる。
「ちょうどいい、君もインカムでのやり取りを聞いてみるといい」
と、進行さんは袖の端にある備品棚に行くと、自分が装着しているのと同じようなインカムセットを持ってきて、
「これは新人研修用で、俺たちのやり取りは聞こえるが、自らは発信はできないようにしてある。ま、受信専用ってやつだ。」
なるほど、仕事は見て覚えろ、より先に「聞いて覚えろ」か。
早速、装着して耳に詰めたイヤホンの中で交わされる声に耳を傾ける。
「***」
「+++。%%$##」
バトンのアップダウンのオーダーを出す、進行さんはじめ舞台フロアスタッフの声に混じり、
そこに応対する声、
その、
神の手を持つ?オペレーターの、
ミサオサンノ、コエハ、
《リョウカイ。7バトン、キマリデス》
と、
美しく
美くし過ぎるほどの淡々とした冷静さ
無機質なようで、でも聞き惚れるような、
例えるなら
「電話の時報のアナウンサー」
のような、全く彼女の人となりを想像できない声、と口調
まるでそれは、
劇場の「ローレライ」
と、ふいに、
《今日から配属される、袖中鎮香さんですね? 聞こえていらっしゃいますか?
はじめまして、飾操と申します。よろしくお願い致します》
!!! ぞぞぞ!と、
背筋に悪寒、なんで??
と、
ふと、横を見やると、チーフの進行さんは今のやり取りを聞いて
にこっ と。
別に、意地悪ではないのだろうけど、
そうか、これが父ちゃんが私をここから遠のけてた理由か
そうか、
なんか、
なーんか、
歓迎してもらって嬉しいんだけど、
だけど、
なにがなんだか、手探りしなきゃいけないことがマックス多すぎるようで、
ここは、
この劇場は、もう、
アウェイ感、ぱねー!!!
(後編へつづく)
《舞台あるある》
「休憩」は休憩ではない。
リハでも本番でも、「休憩」は出演者の休憩。
その間スタッフは、
・舞台:セット転換してます
・照明:点灯チェック、色替え、シュートし直しとかしてます
・音響:マイクチェックやキャストへの装着、スピーカーチェックなど
俺たち、休憩してませんから!!!!!