【第4話】じゃじゃ馬ならし -③ー
いやはや、、、嬉しいことに「続きまだ?」とか言われるようになりました・・・ありがたや。
「そこ!右!!」
「はい!右!!」
「しばらく真っ直ぐ!」
「まっすぐー!!!!」
「で、突き当たり、左の階段を!!」
「階段を降りて!!」
「降りるな!!スルーだ!!」
「は、はいっ!!」
と、
ととと、
高校以来、感動の再会をしたモギー先輩こと、いまやこのホールのレセプショニスト:藻切千佳さまと、、、
全力少女でホール内を走りまわっておりますワタクシ・・・
はぁ、は、、、
えと、はぁはぁはぁ・・・ ぐげがぼはぁ・・・・・
・・・じこしょ うか いい いりま、す??
「鎮香ちゃん、もう、、、、だ、大丈夫、、、かも」
「はぁはぁ、、、 は、はいいぃ」
訳もわからずモギー先輩に「逃げろー!!」と言われ、
言われるがまま劇場内を走りまくっていたのだが・・・
(よく考えれば、一応、ホールスタッフである我々が、形振り構わず走り回っちゃだめだめだよな)
などど、至極真っ当な思考が、呼吸とともに戻りつつあった頃、ようやく
「・・・で、モギー先輩、なんで私たち猛烈ダッシュで走ってたんでしたっけ? てか、そもそも何から逃げてたんですか??」
「そ・・・それ、は、ね、、、」
「はい」
「・・・・・社会の軋轢、かしら」
「なんとなく、言いたくないことや言いにくいことが満載なのはわかりました」
「それでこそ鎮香ちゃん」
「でも、その・・・主演女優さんがどうこうって。それ、今モギー先輩が逃げてて余計ヤバくないんですか?」
「!!! そうなのよ~!! て、ここ、どこですのよ~?!!!」
しらんがな
見渡せば、どうやら劇場の地下、、、らしいことはわかる。機械室だのボイラーがなんちゃらだの、、、 いわゆる「一般のお客様は来ませんよねほほほ」的、『建物の裏側』な雰囲気がそこかしこ。
剥き出しのコンクリートや配管、ほの暗い照明、なにより
案内図
が、ない。
「地下、ですよね。雰囲気的にどっかの奈落には繋がってるんじゃ」
奈落
♪お~ちていきましょ ならくのそ~こへ~~
てな、暢気な歌を思い出している場合ではない。
奈落、とは
舞台の・・・「底」
舞台面よりも「下」
そこは、たいていの劇場では、倉庫代わりに色々な備品を格納していたり、
その劇場のスペックによっては、「すっぽん」と呼ばれるセリ上がりの舞台の昇降場であったり、
通常なら、お客さんからは見えない、「地下世界のダンディ」
袖、よりも暗い、尚一層・・・ 暗くて重い、秘められた空間。
だからこそ、揶揄をもってこう呼ばれる場所、それが、
奈落
ふと、先程の、中ホールでの薄ら寒い経験が蘇る。
ぞぞ
ぞぞぞ
いやいや!! ここ、まだ奈落ではないし!! 通路だし!!!
「落ち着いて、鎮香ちゃん。なんだか私、ここは来たことがある」
「ホントですか?」
「ような気がするわ」
「ほう」
「たぶん、きっと。 うん!多分あっちよ!!」
「いや、先輩! 不用意に動かないほうが!!」
なんの根拠もなく走り出すモギー先輩。普段は(というか高校時代しか知らないが)そんな取り乱すようなこともない、冷静沈着で状況判断能力に優れた頼もしい部長さまであったのだが、
今はなんだか、、、
さっきの、私たちが逃げた原因(?)の「怪しい影」に怯えているのか、
はたまた、久しぶりに再会した後輩(=私)に、不安な思いをさせたくないとの走りすぎた気持ちの空回りか、、、
ともかく、考えている暇はない。少なくとも私よりはこの劇場のことを知っている(いますよね??)このモギー先輩だけが今は頼りだ。
闇雲に走るモギー先輩の背を追い、逡巡しつつも追いかけ走りだす。
と、不意に、モギー先輩が突き進む通路の脇の扉ががひょん!と開いた。
鉄扉だ。それも勢いよく、、、がひょん!!と!!!
それは、思いっきり疾走する先輩を、思いっきり真正面から塞ぐ形で・・・開き切った!!
「先輩!!」
「え?」
「前!!まえ~!!!!」
「え? わひゃぁ~!!!」
どん、
と、
モギー先輩が当たったのは、厚さ200mmの鉄扉・・・
ではなく、ひょろりと背の高い、キャップを被ったホモサピエンスのオスの二の腕であった。当然、彼も「黒いヤツら」の一員だ。
「おう、危ねぇなあ。大丈夫かぁ? なんか知らんが、急に扉開けて悪かったな」
50代前半だろうか、無精ひげを生やし、一見いかつそうだがその目はにこやかに温かい空気を携えていた。
黒いTシャツの胸元には、無造作に目玉クリップで留められた回路図、肩口にはシーバーのトーキー、受け止めた手の反対の手にはバンドア(作註:照明の灯体の先につける、明かりの広がりを調整する「羽」)が。
照明さんか。
ということは
「すみません、ちょっと迷っちゃいまして! ここは・・・奈落に繋がる通路なんですか?」
不意な他方からの私の投げかけに、一瞬逡巡する表情をみせたがその照明さんはすぐ(ある程度理解して・・・ 私も「黒いヤツ」と認識してか。てか、改めて凄いな『黒いヤツら』同士の認識度!!)
「おう、この先が中ホールの奈落の下手に繋がってる。ここは照明の機材倉庫だ。ねーちゃんは持ち込みの道具か? はは、まぁ、迷うのも無理はないわな、ここは」
なるほど。状況は理解した。
が、しかし
「はい、すいません、ありがとうございます。で、その」
「なんだ?」
「とりあえず先輩・・・ あ、その彼女を放してあげてもらえませんか?」
「ん??」
ふと見れば、
モギー先輩はその照明さんの腕の中に、
見事にすっぽりと、
ツキノワグマに捕獲されたシャケのごとく、きれーにすっぽりと
お腹から「くの字」に捕らわれたまま、固まっていたのでした。
「おお~?! なんじゃこれ?!」
「私の先輩です」
「へ? なんじゃ、この制服、レセちゃん(=レセプショニストの愛称?であろう)だな。なんでレセちゃんがこんなところに」
「まぁ、こっちが聞きたい、なんて野暮なことは言いませんが」
「ほ、お前、なかなかこの状況で冷静だな。今日からの持込みの大道具は確か「ハマイ大道具」だったな。あそこにこんなできる女子っこがいたか」
「あ、ハマイさんだったんですね、道具。道理で鉄骨が多いなと・・・アルミならまだしもツアーであれは」
「へ? あんたハマイの子じゃないの」
「あ、すいません、違います、のです。ほむら工芸から今日」
「おお!ほむら!! んじゃアンタが」
「んあぐあぁあああぁああ~!!!」
!!! と
そうだ、和やかに裏方同士が世間話している場合ではなかった。
(作註:よくあります)
眠れる?巨神兵が目を覚まして、
「じょ、女優がぁ! 大女優・・が、がぁ?!! もう無理!!むりむりむりむり・・・」
うっせー!!
ぱちん
と、
はっ
「は、すまねぇつい」
ぱちん、とその照明さんにはたかれた、モギー先輩の頬。
「あ、レセちゃん、悪りぃ、つい、な。でも、なにがあったかしらねぇが、アンタも劇場のスタッフだろ? 落ち着け。冷静にな」
ふぅうう、とモギー先輩の表情にいつもの冷静さが戻ってくる。
「大丈夫、世界が滅亡するほどにひどいことはそうそうない、ないから大丈夫。なんかトラブルか? ここではいつものこった。でも、やれる、乗り越えれる、なんとかなる。大丈夫大丈夫」
その言葉を聞いて・・・ようやく、モギー先輩も、ついでに巻き込まれてしまった私も、なんだか冷静さを取り戻すことができたような・・・ そんな、空気を。
「は、あ、は、はい、、、すみません、ありがとうございました。えっと」
ん、モギー先輩、なんだか血色は良くはなったが良くなりすぎ・・・てかなんで頬が桃色???
「ん?? ああ、ここの小屋付き照明で、襟矢集登ってんだ。一応、今回は小屋側のチーフ張らしてもらってる」
「あ・・・はい。ワタクシ、レセプショニストの」
「女優がどうこう言ってたな。ああ、あいつか。あのじゃじゃ馬がまた無茶言ってるのか」
モギー先輩の名乗りを遮ったのは、別にどうでもいいという感じからではなかった。それよりも、今の状況を優先させようという配慮と、加えてこの襟矢さんというひとの嫌みのない人となりもあるのだろう。
なので、さして落ち込みもせずモギー先輩は話を繋ぐ。
「・・・は、はい、、、その、久慈原ヨリカ様が、その」
久慈原ヨリカ!!! あ、あの!!!
と、
モギー先輩が桃色吐息なことにはあえて触れず(触れたらもっとめんどくさいことになりそうなので)、
この業界、どころか
一般視聴者さまにもお馴染み・・・ いまやドラマや映画で話題の
「大女優」
そう、昭和の「銀幕スター」なんて言葉が廃れて以降、ここ昨今、聞き及ばない、でも、その今にあって
「大女優」
と自他共に言わせしめるお方・・・
たまねぎ頭のあの御大の部屋でも、一切動じなかったお方・・・
「久慈原ヨリカ」様が・・・????
「なにがあったんですか、そのヨリカ様に」
「あった、じゃないの。言ったの。こう・・・言ったの」
「なんて?」
「楽屋を・・・」
「は?」
「楽屋を全部、私専用にして、とぉぉおおおお!!!!!」
(つづく、しかないよね)
【劇場あるある】
せっかくこっちがセッティングした机や演題、MC台など・・・勝手に動かす利用者さま!
「照明のシュート取ってるんですから!!!」
おかげで本番、誰にも照明が当たっていないww
※市民ホールあるあるの一番かもw