人とは気まぐれで無垢だ
玄関口に、珍しい私服姿の葛城くずはが立っていた。いつもとまったく変わらない様子で、ただこの状況を不思議に思っているようだった。その場全員の視線が一斉に集まるので少し驚いていた。
「く、くずはさん……!」
灰花が安堵と歓喜の声を上げる。斉賀のことがあり半ば忘れていたが、本来ここへきた目的は彼の安否を確認することであった。
「血の匂いがします」
「ああっ、すいません、後でちゃんと掃除しますんで」
「部屋もそうですが、灰花、あなたもです」
「え? あぁ…そうでした」
「これではプリンが美味しく食べられません」
くずはの手には有名洋菓子店の箱と、大手ケーキ屋チェーンの箱がある。中身は間違いなく両方ともプリンであろう。くずはのプリンの好みは気まぐれに変わる。有名店のプリンを手に入れた後、ありふれた味も食べたくなって帰りに別の店に立ち寄った、というルートが容易に想像できる。灰花に限り。
「くずはさんが無事で良かったですよー!」
「どうしてですか」
「灰花ちょっとその辺は後にしてくれ。もう時間がねぇのはお前も分かってんだろ」
「どうしたんですか」
「…お前にはあんまり期待してねぇが、事態が事態だ。聞きたいことがある」
「? その前に、この状況を説明してもらいたいのですが」
隆弘はため息をついて簡潔に説明を始めた。
「表に救急車が停まってなかったか? ここで何故か隣に住んでるはずの斉賀が刺されて倒れてた。ここに来る前、お前の弟が学校にナイフ持って来て騒ぎになってる。弟はどっか行っちまって行方知れずだ」
「弟のくるさんですよ、くずはさん。分かりますよね?」
「…………はい」
「斉賀を刺したのは間違いなく弟だと俺達は踏んでる。向こうも相当極限状態らしくてな、このままほっとくと何するか分からねぇ。一刻も早く見つけ出さなきゃならねぇんだ。…何でもいい、あいつが行きそうな所、心当たりねぇか」
隆弘の話を聞いてもくずはの表情は大して変わらなかった。隆弘の問いに対して考えようとする素振りもあまり見られない。
やはり駄目か。隆弘の脳裏にそうよぎった。
「くずはさん、なんでもいいんで思い出してください! くるさんとの思い出の場所とか、くるさんが何かあるといつも行ってた場所とか!」
「くずはとくるくんって小さい頃から一緒だったの?」
「まぁそうだろうな。あの葛城弟のことだ」
「そうだ、思い出しやすいように色々言ってみたらどうかな」
「おっいいなそれ。ノハナイスだ」
「例えば…お店屋さんとか。ケーキ屋」
「場所としてはあり得るけどこの状況でケーキ屋には行かないだろ」
「海とか山とか」
「そんな遠くまでは行ってないと思うぞ? 多分お金とか持ってないしな」
「…学校?」
「出てったとこじゃねぇか。犯人は現場に戻るってか」
「じゃあね…」
「おいノハ今そういう時間じゃないぞ」
「お前らくずはさんが混乱するからやめろよ」
「そういう問題じゃねぇ! 人が考え事してる間に漫才モドキやりやがってお前らふざけてんじゃねぇぞ!?」
「「「ふざけてない」」」
「どこがだ!!!」
「…………公園」
「え?」
「くずはさん、今、何て…?」
くずはが珍しく表情を変えている。何か大切なことを思い出した。そんな顔だった。
「宮神楽市民公園。」