たとえ世界を敵に回しても
「裕樹…! 救急車!!」
テオはまだ気分が悪そうだったが、やっとのことで声を出した。裕樹はすぐに携帯電話を取り出す。その横で、灰花と隆弘が斉賀の元へ駆けて行った。隆弘が急いで脈を取る。
「…! 生きてる…!! 急げ!」
「隆弘! タオル!」
「おう」
ナイフはわき腹に突き刺さっていた。抜くと余計に出血してしまう。タオルで傷より心臓に近い脇の下あたりを縛り止血を試みる。ナイフを覆うようにタオルも当てた。
「隆弘、他に何かいるもんあるか!?」
「………灰、花…?」
「! 斉賀!」
灰花が斉賀の横に屈む。斉賀がうっすらと目を開けていた。顔から汗が滲み出ている。
「君は…」
「斉賀喋るな! もうすぐ救急車来るから!」
「君は、何も、分かってない…!」
「斉賀…?」
斉賀は必死に声を絞り出す。
「君が…何かしようと、すれば、するほど、あの子は苦しむんだ…! そんなことも分からないのか…!? 何をしても、状況は変わらない…むしろ悪化するだけだよ…」
驚く灰花を斉賀は見つめた。灰花はしばし黙った後、はっきりと声を出した。
「ありがとう斉賀。それでも、俺はやるよ。くずはさんもくるさんも、大事な存在だから。くるさんのことも助けたいから。精一杯、力になりたいから」
灰花のまっすぐな瞳が斉賀を見つめ返す。そこに迷いは見えなかった。斉賀の顔が歪む。
「本当に、君は、馬鹿だ…!!」
その表情も、声も、灰花が一度も見たことが無いようなものだった。間違いなく斉賀は、くるの身に何が起こったのか分かっている。そして、くるの異変に気付けない灰花が理解できないのだ。斉賀はそういう人間だ。自分が理解できることは皆理解できるのだと思っている。
ただ、今までの斉賀であれば理解できないことに疑問こそ持つが、それをどうにかしようとは思わない。いつも理解が進みすぎて様々なことを掻き乱し、事態を悪化させてきた斉賀は助言や口出しといった選択肢をとうの昔に捨てたはずだ。その、斉賀が。
「くるさんに、何が起こってるんだ…?」
救急車が到着し、かなり衰弱した状態の斉賀は運ばれていった。事情を隆弘やテオが話している間、灰花は斉賀が横たわっていた畳をずっと見つめ続けていた。と。
「どうしたんですか。僕の部屋で何かあったんですか」