導火線に火が点いてく
灰花の言う「くずはさんたちの家」は、テオやノハが住むアパート、メゾン・ド・リリーのことだ。葛城兄弟はそこで二人暮らしをしていた。隆弘もよくノハの家に遊びに行っておりお馴染みといったところだ。その道は寝ぼけながらでも間違えないだろう。
学校を出て緩い上り坂を登り続けた先にそれはある。そこまでを全力疾走で行くのはなかなか負担のかかるものであるが、そうすれば徒歩と比べて二、三分は短縮することができる。
隆弘が見上げると、見晴らしの良い坂だが灰花の姿はもう小さい。相当な速さで走っているようだ。そうこうしているうちに、早々に追いついてしまった人物がいた。テオだ。
「おい大丈夫か」
「ぐ、愚問……」
「確かに聞くまでもなかったな」
テオは道のど真ん中ですっかりへばってしまっていた。
「だから走るなっつったろ」
「無理な話だ…」
「しょうがねぇなぁ!」
動ける気配のないテオに痺れを切らしたか、隆弘はおもむろにテオの細い胴に腕を回した。情けない悲鳴に耳を貸さず、一八〇センチ近くの身体が易々と抱えられた。いわゆる俵担ぎというやつだ。
「ちょ、隆弘…苦し……揺れる! 吐く! 吐く!」
「我慢しろ!!」
テオの悲鳴に近い訴えを無視しながら走ること数分。ようやく坂を上りきり、百合の咲き乱れるアパートが見えてきた。道路に一番近い管理人の住居の前を掃除している人影がある。
「隆弘くん? テオまで…どうしたの? さっき灰花くんとノハくんがすごい速さで走って来たんだけど…」
「ちょ、ちょうどいい…合鍵持って一緒に来てくれ…!」
「えっ?」
「そうか鍵閉まってたらぶち破るわけにもいかねぇからな」
いつもに増して青白いテオに大家の白井裕樹は困惑していたが、テオの言葉に何か察したのかすぐに部屋から合鍵の束を持ち隆弘に続いた。向かう先にはすでに灰花とノハが到着していた。灰花がドアを何度か叩いている。
「くずはさん! くずはさんいますか! 俺です! 灰花です!! いたら返事してください! くずはさーん!!」
「おい近所迷惑だぞ」
「構ってられるか!」
灰花が痺れを切らしてドアノブに手をかけると。
「…!」
止まる気配がない。すんなりと開いた。次の瞬間には勢いよくドアを開け放ち部屋に飛び込んでいた。隆弘、ノハが続く。
「!!!」
そこには、探していた人物はいなかった代わりに、予想外の非常事態があった。
「斉賀…っ!!!」