③
よろしければ、お読みください
「それでは今日一日、お互いにいい勉強をしましょう」
週末の土曜日、学校で剣道部の合同練習会があった。
咲子の高校ともう一つ、街の東にある強豪校の申し合わせだ。
咲子はいつものようにマネージャーの席に膝を落とし、選手のデータを書き込んでいく。今日は調子がいいとか悪いとか。面が得意か、小手が苦手か、そんな感じである。
「あのぅ。ちょっと教えてほしいんですけど」
咲子の隣から声がしたので見ると、ライバル校の赤いジャージの少女三人が熱心に咲子の持ったスコアブックに目を走らせていた。
「何ですか。よその高校の弱点でも知りたいのですか?」
咲子が憮然と、冷たく言い放つと、彼女らはごめんなさいと頭を軽く下げた。
「その、ただスコアブックの書き方を教えてほしかっただけなんです」
「……ああ。そんなことなら、教えます。みなさんのスコアブックを持ってきてもらえますか」
咲子の言葉に、彼女たちは大きく頷き、向こうにあったそれを取りに行った。
咲子は彼女たちに全く気をとめず、再び練習を観察し始める。
今日は春の風が肌をなで、汗をさらりと乾かしてくれるため、部員の表情は柔らかかった。
咲子はそんな彼らを冷たく見ていたのだった。
練習後、個人戦と団体戦を終え、選手たちが防具をすべて脱ぎ捨て、部室に置いてあるタオルと水筒を取りに行く。
咲子は当然汗も何もかいてはいなかったので、試合結果と、その分析を克明に書いていた。
何一つ漏らすことなく、完璧に記していく。
試合はすべて負けた。個人戦も団体戦も勝てず、選手は少し悔しそうにしていたけれど、正直負けるのは当たり前だと思っていた節があるため、明らかに表情を暗くすることはなく、楽しそうに部室に向かった。
咲子が記録を書き終え、おもむろに立ったときだ。
一人の男子と目があった。
そして彼は近づいてきて、咲子の目の前で止まった。
「なんでしょうか」
咲子は表情を変えずに言った。
「いや。何でもない。ただ気になっただけだ。名前、教えてくれないか」
「……」
咲子は男子の目を見た。明らかに怪しい男子だが、咲子はそんなことどうでもよかった。誰がどうしようとも関係ないと思っていたのだ。
「桐崎咲子ですが」
「咲子か……いい名前だ」
いきなり呼び捨てにされて、多少疑問に思ったが、そんなことを気にせず、男子の言葉を待つ。
「俺は黒田明だ。よろしく」
明が手をすっと伸ばしてきたので、咲子は少しためらったものの、ゆっくりと手をあげ、結ぶ。
「じゃあ、また。すぐに会えると信じている」
そう言って、明は部員の輪に戻った。
咲子は自分の手のひらをおもむろに見つめる。そこには何もなかったが、見に見えないものが咲子には見える気がして、心にさざ波がたった
ありがとうございました。何かご指摘が御座いましたら、お願いいたします。




