②
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「咲子。ちょっとスポドリ買ってきてくんねえかな」
いつもの放課後。武道場の熱気の外で、面を着けた男子が咲子に言った。
「わかったわ。でも早く戻った方がいいじゃない。みんな待ってるわよ」
「あ、ああ、すまん!じゃ、頼むぜ」
原克彦。咲子がマネージャーを務める男子剣道部の主将だ。
モットーは全力前進。
今年三年生になる克彦は一年前から、託されたバトンを手に剣道部を引っ張ってきた。少し融通がきかないこともあるが、なかなかよくやっている。
咲子は言われたとおり、武道場から少しの所にある、自販機ブースに足を進める。
廊下を歩いていると、どこかから大きなかけ声が飛んでくる。
咲子はそれを無視して、さっさと歩いていく。だんだんと日が暮れ始め、カラスが鳴きながら、夕日に向かって飛んでいく。
咲子はそれをにらみながら、廊下を抜け、少し外に出たところにある自販機にたどり着くと、小銭を投入し、一番上にあったドリンクのボタンを押す。
がたんがたんと勢いよく落ちてきたそれを持って、咲子は後に引き返す。空を見ると、少し雲が懸かっていたが、夕日がまぶしかった。
咲子は常に男子に言い寄られている。今日もそうだった。
遥香と学校の屋上で普通に弁当を食べた後、教室に戻る途中で咲子は図書室に本を返しに行くからと断り別れ、そのまま図書室に赴いた。
そして本を三冊返し終え、教室に戻る途中のことだった。
「ちょっといいかな」
待っていたのは背の高い、端正な顔をし、頭をかき分けてきた男子生徒だ。
「はい。なんでしょうか」
咲子は静かに言った。
「そうだなあ。うーん。桐崎さん、今つきあっている男いる?」
「……いえ、いませんが」
それを聞いて、彼は当然という風にもったいぶって頷いた。
「そっかあ。じゃあ、俺とつきあわね。暇だし、いっしょ」
「……」
「ねえ。いいでしょ。君人気あるから、早く言っといたんだけど、な、いいよね」
咲子は彼のふざけたような、おどけたような声を無視して言った。
「いえ。失礼ですが」
「なんでよ。いいでしょ」
「……」
そして彼の言葉をまたずに教室に戻った。
男子生徒はそのあまり冷えた態度に何も言えず、振り返るも、追いかけることはできなかった。
こんなことはいつも、日によっては一日に二回くらいあるときもあるが、そのたびに咲子は断るのだ。
いいかげんそんなことには慣れていて、もう言葉に板がついてきたほどだ。
うっとうしいが、正直、そんなに深刻には考えていなかった。
周りの女子からも、ませている咲子は人気があり、男子からの言い寄りももちろん知っているが、仲間外れにされることはない。
だから全く問題はないのだ。もう条件反射のように咲子は男子たちを静かににかわしていく。
かわいそうだと思うが、咲子は冷めてしまっていて、なんの感慨も抱かず、冷たい風のように通り過ぎていく。
咲子は思う。どうして私につきまとい、かまおうとするのか。それがわからず、咲子はいつも不思議に思ってきた。
さして変わったところのない私に何を求めようとしているのかが全く理解できなかった。ただ普通に過ごしているだけの自分に、さして価値のないだろう私に、いったい何をしてみろと言うのだろうか。
だが咲子自身はそんなことほとんど無視していた。
来るならくればいい。だが、私には興味がなく、いつも同じように冷たい態度をとるのだと、咲子は決めている。
私は誰にも近づかない。誰にも遥香にも克彦にも、一歩、二歩離れ、足を前に踏み出さない。
咲子は変わってしまった。ある事件が起きてからそれ以来。咲子にとって人生を揺るがすあの日までは、何の問題もなかったのに……。
ありがとうございました。何かご指摘がございましたら、お願いいたします。




