涙の数だけ変態になれるよ
ふざけるなぁぁぁ……
この俺のコメントを、貴様は、この「お母さん涙目」よりも下等だと言うのかぁぁぁぁ…
俺は今一度お前に問いたい。
もし彦星様がゲイったら、みんな大好き天の川ラブストーリーがどんなス《伝説級鬱アニメ》になるのか寸分でも考えた事があるのだろうか、と。答えはもちろんNOだろう。
そんな浅はかさで、この俺のコメントを、自身の「鮮血の天の川」より下等だと言ったのだ。
許せん、それだけは断じて許せん。
俺はゴミ箱に捨てられた短冊を拾い上げる。
えっ、ちゃんと何か買えって?
すまないが、生憎俺の冷蔵庫は昨日買い物したばかりなのでパンパンなのだ。
俺は攻撃を開始した。
『あれ、おかしいですね。どうして貴女、私が手をプルプル震わせながらコレを書ききったことを知ってんですかね。そう、この筆ペンと激安プリンタ用紙は相性が最悪であるが故に手を空中に保って書かなければ手が汚れてしまう。長文となればなおのことです。つまり、それを知っている貴女は貴女も同じくして手をプルプルさせながらあんな駄文を書き切ったという証拠。あらら、人のこと言えてませんね貴女。あっ、大丈夫です、俺笑ってないです ヨシタカ』
という文を5×12㎝の短冊に書き切った。
更に俺は墓地(ゴミ箱)から短冊を一枚ドロー。
『というか、短冊を二枚も使うなんて…… 貴女もゴミ箱漁りをしていたかと思うと笑いが止まりませんよ。そうそう、例の公然猥褻罪は俺がきちんと回収しておきました。感謝して下さい ヨシタカ』
*
……スーパーの様子がおかしい。
あくる日、昨日同様スーパーについた俺は、ソレを見るなりかなり動揺していた。
なんというか、アキの短冊が、とかそういう問題じゃない。
短冊が、プリンタ用紙じゃなくなっている……
特設スペースにて願いを書き込む客が手にしているのは、目測20枚100円の色彩豊かな色画用紙。断じて200枚100円なプリンタ用紙ではない。
紙が、バージョンアップしている?
なんで?
嫌な汗が体から噴き出した。
今日書かれた分の短冊はどれも白ではなく色つきなので分かりやすい。その内の一つに、最早張り紙と呼ぶにふさわしいレベルのドでかい短冊がぶら下がっていた。
……短冊を意のままの大きさに操れる権限。
まさか。
『経費削減ということで、プリンタ用紙などという粗悪品を短冊にした事、深くお詫び申し上げます。わたくし共は、削減と言う前に多くの短冊が捨てられている現状にもっとシビアになるべきでした。打開策として、レジを通った全てのお客様にお渡しするのではなく、こちらの特設スペースからご自由にお取り頂く仕様にかえさせて頂きました。相性の悪い紙とペンを揃えてしまいました事、今一度、深くお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした スーパー職員一同』
『お客様が、ゴミ漁りをしませんように スーパーアルバイト一同』
俺は、不意に足場がガラガラと崩れ落ちていく気がした。
うん…… この願いはもう叶ったから、もう取り外していいよね。うん、俺もうゴミ漁りなんかしないよ? うん…
俺は震え眼で公開処刑に手を伸ばす。
そんな時、偶然アキの短冊が目にとまった。
『あ、あのさ…… 元気出しなよ、お金無かったんだから仕方ないよ。なんか……私なんかに付きあわせちゃってごめんね』
俺は流れるような動作で筆をとった。
『こんな時だけ優しくしないで下さいよおおおおおッ!! 違うよ!? 別にお金無かった訳じゃないよ!? 泣いちゃうよ!? 俺泣いちゃうよ!! ヨシタカ』
実際俺は泣いていた。
だけど何だろう…… 別に悲しいわけでは無い。むしろ何故かちょっと楽しい。
俺は俺の中で目覚めた心が、走り出す前にそっと蓋をして何も見なかった事にした。
『ですが、ゴミ漁りもみんなで通れば怖くないですからね。貴女が共犯で居てくれて良かったです』
明くる日。
『……言おうかどうかすっごい悩んだんだけど、私、ゴミ漁りなんかしてないよ? ちゃんと買い物して貰ったから…… だからその、私もゴミ漁っておいた方が良かったのかなって、ちょっと後悔してる……なんかごめん アキ』
コイツは、ワザと言っているのだろうか。
それとも、本当に天然なのだろうか。
ツッコミ所が多すぎて、アキが共犯でなかった事すら霞んで見える。お前はゴミ漁りしなかった事は後悔して、生き恥(短冊)を晒したことには前向きなのか。
ふふっ、と頬が緩む。
なんだろう、コイツをみていると、少し意地悪をしたくなる。
『なんか、しおらしくて可愛いですね』
弁解しておくが、もちろんそんなことなど消しカス程度にも思っていない。ただ、こう言ったら未知のリアクションを持つアイツは、どんな反応をするのだろうと。それがなんとなく、見て見たかった。
それにしても、ゴミは漁ってない、か。
じゃあ、コイツはわざわざ二回もレジを通ったのか。
『ふと思ったんですが、どうしてこんなバカげたやり取りをする為だけに、二回も買い物しようと思ったんですか?』
出来ることなら、もう少しコイツと話してみたい。
そんな気持ちが、少なからず芽生え始めた。
だがその素朴な願いは、期限付きであることを果たして俺は正しく理解していただろうか。
少なくとも、こんな質問は今日、7月6日にするべきではなかった。
『だって楽しかったんだもん。社会に出るとさ、何にも刺激がなくって、日常に埋もれていく気がしてさ。返事が返ってきた時は、なんでか知らないけど嬉しくなってきて、その日の仕事、すっごく早く終わらせられたんだよ? 先輩にも褒められた。なんだか私、すごく有意義な時間を過ごせてた気がする』
ドクンと一回、鼓動が思い当る節を押し出して。
何故か俺は、息が出来なくなった。
『短い間だったけどありがとう。
かわいいって言ってくれて嬉しかった。私、そんなこと言われたの初めてだから アキ』
7月7日の黄昏。
冗談で言ったかわいいが、本当になった瞬間に。
笹の葉は、スーパーから運び出されようとしていた。