「探し」
彼女の名前は弓船 亜紀。俺と同じ大学二年生だった。お願いの内容はかなり単純であり「愛犬を探してほしい」とのことだった。大型犬のゴールデンレトリバーで首に紺色の首輪をつけているらしい。
とりあえず講義が終わったらまた詳しく話そうと約束し、弓船は他の講義室にへと行ってしまった。
「ここは、この_」
広い深緑色をした長方形の板に白い粉をまき散らしながら俺たちに背中を向けれ喋っている教授の声を聴いていると隣に誰かが座った音がした。見るとそこには来るはずのない渚原がニヤニヤと笑いながら飴を加え、教授を見下していた。
何見下してんですか、と言いたくもなったが言ったところで彼は返答もしないだろう。そのまま放って置いた。
しかし、このまま何にも会話しないというわけにはいかない。
質問したい気持ちが胸の中に溢れ出てきそうなぐらいにギリギリのところを保っているわけだ。
心の中で深いため息をつき、小声で声をかける。
「何来てんですか、空さん。」
「ふふ、羽黒くんに少し用があってね。」
「だったら後でもいいじゃないですか。」
「いいや、時間が無いんだ。講義が終わったら話すよ。今は講義に集中したまえ。」
飴を舐めながら渚原は言った。俺は気を取り直して講義を聞く。けれど隣の渚原は堪らなく退屈だと思い、ポシェットから飴をそっと渚原の前にある机に置いた。
講義が終わり渚原は椅子から立ち上がると、俺にこう告げる。
「僕にとって良いことがある。それが何かは知らないけどね。」
まるで未来予知をしたかのように渚原は笑った。その笑みは渚原の部屋に充満している飴の匂いが鼻にツンと来るような、雰囲気を持っていた。けれどそんな笑みも見えなくなり、渚原は手を振りながら講義室から消えようとした。しかし何かほかにも用があったのか振り返ると俺に目線を合わせて言葉を放つ。
「君が何を頼まれたのかは知らないけど、相談するなら早くね。」
他人事は他人事だと言い放つ彼の性格だ。頼ってもどうでも良さそうに万事解決してくれるのだろう。
俺は何も言わず渚原が視界から消え去るのを待った。
そして立ち上がり弓船と約束した場所へと講義室を後にした。
約束をした学内の一角に弓船は時間通りに来たのか、窓の方を見てぼうっと遠くを見つめていた。その表情は犬のことを思っているのか哀しそうな、冷めた目をしていた。しばらく見つめていたが弓船は俺を見つけ明るい笑顔を浮かべると俺の方へとかけてきた。
「羽黒さん。」
「すいません、遅くなりました。」
謝ると弓船は「いいんですよ」と困った顔をされた。少し話をしましょうとと椅子に促すと弓船は困った顔をやめ、椅子に座る。俺も続けて座ると本題に入り詳しく犬のことについて教えて場所などをある程度特定してから行こうと言うことになった。
「じゃあ、行ってみますか。」
「はい。」
俺と弓船は犬探しに出た。