【1story】 「お願い」
私は■になりたかったのです。だから私は■を殺しました。
殺さなければいけなかった状況だったのではないのです。
けれど私は確かに■を殺しました。
今でも思い出します。茶色の髪の毛に纏わりつく赤黒い液体も抉れた肉塊も、鋭く光る凶器も。全てはまだ頭の中にあるのです。
けれど私は■を殺して、何も得るものなのありませんでした。
あったのは、悲しみと空っぽになってしまった器でした。
あぁ、神様。私は■を殺しました。
けれど。
どうか私を■にしてください。
*
とある部屋にあるソファで俺は寝転がっていた。黒一色に染められているソファは柔らかく、俺の体は生地に沈んだままだ。寝転がったまま視線を部屋の窓に移す。窓の外には赤と黄色で彩られた木々たちが均一に並んでいた。
季節はもう秋。少し肌寒くなってきたこの頃、俺はこうして今までの自分の出会った出来事とそれによって人生がかなり豹変したことをこの胸で感じ、ソファで寝転がりながら堕落と化している。
視線を更に移し、俺が寝転がっているソファと向い合せになっている同じ商品であろう黒い色で統一されているソファの上には、足を偉そうに組み俺が三十分前に買ってきた棒付き飴を口に含んでいる一般的に綺麗な部類に入る顔立ちをした少年がいた。
真っ白な肌は幽霊を連想させられるが奥二重の大きな瞳のおかげなのか西洋人形のような姿をしている。
彼は飴の一部を歯で噛み砕くと俺の視線に気づいたのか目線を合わせニヤリと笑ってきた。
「羽黒くん、君も食べるかい?勝手に取っても言い訳だけど、ね。」
「いいえ、お断りしときます。それと空さん、本気で甘いもの止めたほうが良いと思うんですけど。糖尿病で死にたいんですか?」
「いやいや、羽黒くん?僕はこれまでに飴以外に余り食事は取っていないけれど糖尿病の検査をしても何も以上は無かったい?大丈夫、これでも僕は甘いものには強いんだ。」
甘いものに強くて何が得になるんだ。
眉をひそめながら言い放ったものの軽く受け流されてしまった。少しこの人の性格を心配するがきっと彼はそれを望んではいないだろう。俺が黙ると少年は再び飴を噛み砕いた。
渚原 空理。彼の名前である。
現在俺が通っている大学の一角に住む十五の少年である。
渚原はこの大学を建てた人物の遠い親戚の子孫と聞く。生まれた直後、両親は無くなりずっと親戚の家を転々としていたそうだが二年前から彼はこの大学に暮らしているという。
白衣を身に纏い、部屋には机の上にやらソファや床に大量の飴袋が散乱している。つい最近掃除をしたばっかりだというのに、何なのだろうか。人の努力を知らないのだろうか。
「ん。」
「どうかしたんですか?」
「いや、羽黒くん。もうすぐ講義じゃないのかい?」
「え、あぁ、そうですね。それじゃあ俺はこれで。」
ソファから立ち上がり扉に向かう。ドアノブに手をかけると「羽黒くん。」と呼び止められた。振り返ると笑みを深めながら渚原は俺に向けて言い放った。
「頑張っておいでよ。」
「・・・・はい。」
案外普通の言葉だったのに少し間を開けてしまったが気にせず部屋を後にした。
コツコツと自分の靴音だけが響く。けれど頭の中は渚原が発した一言の意味を掴むために思考回路を回していた。
「あ、あの!」
講義室の前まで来ると誰かに声をかけられた。声のするほうに体ごと向けるとそこには肩まで伸ばされた茶髪の女性が話しかけてきた。
ふんわりとウェーブのかかった髪を揺らしながら彼女は少ししょげた顔をする。何かあったのだおるか。
しばらく黙っていた彼女だったが口を開き、話し始めた。
「お、お願いがあるんですけど・・・」