第7話 違和感
黒髪の少年、真田拓人は一昔の犯罪者みたく手と腰にロープで縛られ、森の中を歩いていた。
鳥の囀りや風が当たるたびに枝葉同士が当たり波の音が森の中に響き渡り、地面に太陽の光が差し込んでいて、一目で管理されているのだと分かった。
周囲の樹も幹が細いものは殆ど無く、地面から栄養を吸い上げて、蜂やハエを使って枝に木の実や果実を豊富に実らせていた。
果実を狙って兎、狐、狸等の小型動物が生息し、またそれらを狙って猪、熊といった大型動物が生息して、森の中で住人達の命の循環が行われていた。
何者かの意図により、訳も分からず強制的に転移させられた場所に在った、様子見をしようと登った巨木が、現在真田を連行しているエルフ達の精神文化の核である神樹であった。
その神樹に触れて、登った罪で拘束され現在に至る。
真田の処遇を最高決定の族長に決めてもらうために彼等が住む町、サガムに向かっていた。
護衛部隊隊長のジェラルドを先頭に真田を挟んで5人の隊員、その後ろに神樹の巫女であるソフィアと担いでいる白装束の女性を守るようにジュードと5人の隊員、そして最後尾にソフィアを狙った魔獣サーベルベアーを運んでいる魔法人形ゴーレムが一列に並んでいた。
連行されているので真田は終始今までの自分の行いを後悔して肩を落として歩いていた。
真田からは落ち込んだ空気が放出されていた。
表面上は。
内心は今の状況をそれなりには楽しんでいた。
「(地面にまで日が差し込んでいるから、森の中は明るいな。生命の循環も行われ、風も気持ちよさそうに流れているから、森が生き生きとしているな。こんな状況じゃなければこの森の中を散策してみたいな)」
能天気にそんな事を考えながら森の中を縦横無尽に走る心地の良い風に当たり、飛び交う小鳥の囀りを聞きながら歩く事、数分後。
真田は何かに気付いたのか、ピタッ!!と急に立ち止った。
真田自身も何故止まったのかは分からなかったが、本能が気付いた『もの』を決して無視はしてはいけないと警告を発していた。
急な事に真田の腰に巻き付けた白いロープを持っていた隊員とその後ろの3人は反応しきれずに真田と前の隊員にぶつかったのだが、後続は何とか反応出来て前にぶつからずに済んだ。真田の手を縛っている白いロープを持っている隊員は後ろに引っ張られ、最後尾の術者の命令で直ぐに行進を停止した。
先頭を歩いていたジェラルドは後方から金属同士が当たる音が鳴った事に不審に思い、振り返ると列が自分の後ろに居た隊員を先頭に止まっていた。
ジェラルドは後ろに居た隊員に近付いた。
「どうした?」
「いえ、分かりません。急にコイツが止まったので」
事態がいまいち把握できずに首を傾げている隊員の視線を辿ると、真田が立ち止り、何か探りを入れているかのように目を細めて右の方を向いていた。
その後ろでは動かそうと腰に巻き付けているロープを力一杯に引っ張って動かそうとしているが、地面と一体化でしているのでは思う程にびくともせずにいた。
更に後ろの2人は兜に顔がぶつかり、少し痛そうに赤くなった鼻を摩っていた。
「どうした。連れていかれるのが急に怖くなったのか」
下手な時間稼ぎをしているのだと、真田を見てジェラルドの軽口に周囲からクスクスと笑いがこぼれた。
しかしジェラルド達に反応せずに右の林の方をじっと目を細めて、見ていた。
「(‥‥‥変な奴だな。殺気や敵意を放とうとしない。私が察知しているのを気付いている筈なのに気配を殺すやその場から離れようともせずに唯此方を見ているだけか。‥‥‥様子を見てみるか)」
真田は両目の瞼を静かに閉じ、フウと息を吐き、身体を一番リラックスな状態に持っていった。
精神の純度を高めていくにつれて、真田は周囲の音が徐々に遠くなるのが感じられた。今までしっかりと耳に届いていた風で葉っぱ同士が当たる音や鳥の鳴き声、ジェラルド達の人の声等、周囲の音が遠くなっていき、ほどなくして周囲の音が全く聞こえなくなった。
少しして燻しがったジェラルドが「おい。何をしている」と真田の肩に手を置こうとした時、真田は勢いよく両目を開けた。
その直後、目に見えない質量を持たない巨大な何か(・・)が真田から林の中へと一直線に一気に駆け抜けた。
ジェラルドが真田の肩に手を置いた時には森の中が急に慌ただしくなった。
せっせと捕まえた獲物を巣に運んでいた獣は突然の事に驚いて、餌を落としてそのまま何処かに行ってしまった。果物や捕まえた食事中だったものたちも危険を察知して即座に食事を中断して、何処かに行ってしまった。
森の住人達は生命の危機と本能的に察知して出来るだけ遠く、此処じゃない場所へと夢中で飛び立った。
無我夢中で逃げる鳥たちや昆虫たちの中にはぶつかって地面に落ちて来るものもいた。
訳も分からずに逃げ惑う鳥類や昆虫類の様子を目を丸くして唖然とした様子でジェラルドを始め、ジュードやシェスカと隊員たちは見ていた。
逃げれたものはまだ運が良かった方だ。
運悪く真田と見ているものとの直線上に居た動物たちは真田の放った巨大な何かから逃げる時も与えられずにそのまま地面に静かに倒れたり落ちていき、そのまま地面に伏して2度と起き上がる事は無かった。
真田は放った方向をジェラルド達と同様に唖然とした表情で見ていた。
「(殺気をすり抜けた!!?? ‥‥‥いや、すり抜けたのなら逃がされるような感触があるのにそれが全く感じられない。まるで元から其処に居ないかのようだな)」
真田が目を細めて放った方向を見ていた。
このまま真田と『何か』の膠着状態が続くかと思われたが、終わりは呆気なく訪れた。
真田の感じる範囲に居た『何か』は何の前触れもなく消えた。
握って掴んでいたものが、何時の間にかするりと抜けだしたかのようだった。
何度も周囲を確認するが、此方を見ていた『何か』の気配を感じる事が出来ずにいた。
何処かに気配を隠していると考えられたが、今の自分ではどうしようもないと考え、態勢を解いた。
周囲を見ると未だに事態の把握が出来ていないジェラルド達は、呆然と空を見上げていた。
「皆さんどうしたんですか? 空を見上げて」
周囲を見回して、自分で起こした事象にジェラルド達が驚いているのを分かっているのに、素っ頓狂な事をしているみたいにわざと少し可笑しそうに言った。
真田が放った殺気に気が付いていないジェラルド達は、殺気の余波で本能的に生命の危機を感じた鳥や昆虫が逃げ惑っているのを見て、不穏な気配など予兆と思われるものが何もないのに異常事態が起きている異常事態に脳の処理が追いつかずに固まっていた。
「いや、鳥たちが‥‥‥」
状況が把握できていないジェラルドは、なんて伝えればいいのか分からず、喉から言葉を出そうとしても、もどかしそうに上手く表現できないでいた。
真田はこのままでは埒が明かないと思い、逸れた道から元の道に戻す案内人かのように、
「早く町に行きましょう。巫女様を安静にさせないと」
ジェラルドは自身に課せられた任務を思い出した。
「ああ、お前に言われなくても分かっている。‥‥‥よし少し足止めをくらったが、出発するぞ」
ジェラルド達は再び『サガム』を目指した。
だがその歩みは先程と同じ達成感で満ちたものでは無く、『認識できなかった異常事態』への恐怖に満ち、一刻も早くこの場所から逃れようとするものだった。
「(さっきのは一体何だったんだ。実体のない感じだったな)」
真田の疑問に答えられる者は居らず、ただ森の中を何時ものように風が気持ちよさそうに流れていた。
先頭を歩いていたジェラルドが立ち止り、それに連動してその他の全員がその場に立ち止った。
ジェラルドは振り返り、真田を拘束している班に指示した。
「こいつに目隠しをしろ」
「はっ!!」
返事をした隊員の1人が腰の布袋から1枚の白い布を取り出して、真田の両目を隠すようにきつく縛った。
特に抵抗する事も無く、真田は素直にされるがままに目隠しを受け入れたが、どこか腑に落ちなかった。
「どうしてこんな事をするのか、理由の説明をお願いできますか」
「部外者の君にそこまで知る権利は無い」
「‥‥‥そーですか」
ジェラルドの突き放すかのような冷たい言葉に気の抜けた言葉を返した。
ジェラルドはその事に気にかける事も無く振り返り、目の前の何の変哲の
ない一本の樹木の前に立ち止まると、樹木の幹の部分に手を当てて誰にも聞こえないように小さく短く呟いた。
ジェラルドが呟いて数秒後、先程ジェラルドが触っていた樹木が幻影のようにユラリユラリ左右揺れ始め、樹木そのものの輪郭がぼやけてきた。
その現象はその樹木だけでは無く両隣の樹木、はたまたその奥の樹木、全てが同じように左右に揺れて輪郭がぼやけていた。
少し時間が経ち、揺れ幅が限界までに来た時、輪郭そのものが保つ事が出来なくなったのか、パッ!!と揺れていた樹木、全てが其処に始めから無かったかのように綺麗さっぱりと無くなっていた。
その代わりに馬車1台が余裕で通れるほどの道が現れた。
ジェラルドは現れた道に異常がないか確認を終えて、後方に控えていた隊員達の方を振り返った。
「よし出発だ」
隊員達は現れた道に向かって歩き始めた。
余程、現れた道を部外者に見せたくないのか真田は目隠しをされたまま歩く羽目になった。
目隠しされているのにもかかわらず現れた道を目を開けた時と同じ位に確実に地面を踏みしめていた。
一歩一歩と自らの運命が決まる時が近付いているのに呑気にも考え事をしていた。
「(御飯は如何しようか。最後に食べた時から時間が経ちすぎていて空腹を感じる事は無いが、それでも昨日の昼から何も食べていないから胃の中は空っぽだ。彼等からスープの1杯が出る事を切に願うしかないか)」
未だに御飯にありつけない現状に肩を落として溜め息をついた。周囲からは重苦しい空気を発していた。
そんな真田の様子を腰に巻き付けている白いロープを持っている隊員とその後方の隊員達は、これから下されるであろう裁断に絶望して、自らの行いを悔いているのだと勘違いをしていた。
それほどまでに真田から重苦しい空気が発せられていた。
両者の思いの行き違いを起していた一行は歩く事、十数分後。
目の前に木製の門が見えてきた。
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