第4話 油断禁物
先週の投稿分含めて、今回は2話連続投稿です。
「(ね、姉ちゃん‥‥‥‥‥)」
呆然と少年は涙を浮かべた目で、気丈にもサーベルベアーを相手にしようとしている姉である少女を見ると、両肩が小刻みに震えていた。
「(姉ちゃん!! ‥‥‥そ、そうだよな、怖くないなんてないよな。俺だって怖いのに守ろうとして、ああやって無理をして。それなのに俺は‥‥‥)」
少年は動いて姉である少女を守りたかったが、恐怖のあまり身体が板のように竦んで、満足に動かす事が出来ずに弓を構える事すらできなかった。
そんな少年の様子を尻目に少女は思い詰めた表情でサーベルベアーを見ていた。
「(私が!! 私が守るんだ!!)」
少女はそう強く思い込もうした。
そうでもしなかったら、恐怖で身が竦んでしまいそうだったからだ。
しかし、それが仇となった。
少女からの恐怖ともに僅かに発せられた殺気にサーベルベアーは敏感に反応し、魔法を発動させよとする少女に血のような真っ赤な目で狙いをつけた。
サーベルベアーと目が合った瞬間、少女は全身から血の気を引くのが一瞬感じとれた。
身の毛もよだつ思いを振り払うように顔を横に振った。
「(だ、大丈夫大丈夫。此処は『聖域』だもの、私はやれるわ!!)」
その思いだけが、少女は震え上がりそうな自分を支えていた。
一歩、一歩、また一歩とゆっくりとサーベルベアーは少女に近付いた。
サーベルベアーとの距離が短くなるにつれて、比例するかのように少女の
鼓動は速く鳴り、冷や汗が顔をつたった。
否応にも緊張感が増す中、少女とサーベルベアーとの距離が少女と林との
中間になった時、先手必勝と言わんばかりに少女は先に仕掛けた。
「彼の者を縛れ!! 『ウッドタイ』!!」
透き通るような声でそう叫んだ瞬間、少女の足元に中に幾何学模様が描かれた光る輪が浮かんだ。
魔法陣が形成されたのだ。
サーベルベアーの周囲の地上から直径15cm位の蔦が数本が飛び出すように表れ、サーベルベアーに向かって一直に勢いよく飛び出した。
数本の植物の蔦はサーベルベアーの四肢に蛇のように絡みつき、その場に固定化させるように動きを止めさせた。
サーベルベアーは突然の事に驚き、グォォォと重低音が周囲に鳴り響き、力一杯になんとか体に絡みついた蔦を振り解こうと、体全体を使って暴れたが、よほど強靭な物なのか中々蔦は切れないでいた。
少女はサーベルベアーに絡みついている蔦から感じる抵抗力の強さに舌を巻いていた。
「(な、なんて力なの!? 確かにサーベルベアーは強いとは聞いていたけど。『聖域』の力を借りていてもここまでなの。これじゃ少しでも気を緩ませたら、蔦が切れてしまうわ!!)」
魔法を使っている少女は奥歯をクッ!!と噛み締めて、サーベルベアーに引きちぎられないように蔦に更に多くの魔力を注入し、蔦の強度を強化して何とか耐えていた。
少女は激しい運動した訳ではないが、その顔には数滴の汗が流れてきた。
「は、早く!! 私がサーベルベアーを抑えている今の内に町に!!」
「で、でも、姉ちゃんが‥‥‥」
「そんな事はいいから早く!! 今の私の力じゃ、長くは持たないわ!!」
強い口調で少女は背後の少年に行くように促すが、中々行こうとしない少年の態度に少し苛立ちを覚えた。
また恫喝するかのような少女の声に聞いた少年は聞いたことの無い自分の姉の声色に驚きを禁じ得なかった
一方、サーベルベアーは自分の身体に巻き付いた数本の蔦が、中々切れない事に苛立ちを覚えていた。
拘束されたサーベルベアーは体をくねらせたり、前後左右に動かしても蔦は切れなかった。
中々拘束している蔦が切れない事にサーベルベアーは、グォォォと悔しそうに鳴き、業を煮やしていた。
「サーベルベアー切ろうとしても無駄よ!! その蔦は神樹によって作り上げた特別製!! 普通の蔦とはわけが違うわ!!」
苦悶するサーベルベアーの様子に自信をつけたのか少女は高々と叫んだ。
先程から拘束している邪魔な蔦を引き千切ろうと数分間、激しく体を動かしていたサーベルベアーは何を思ったのか、急に抵抗を止め大人しくなった。
「(あれ!? 抵抗が。‥‥‥もしかして諦めたのかしら)」
目からの情報や魔力を通じて拘束している植物の蔦からの抵抗が感じられなくなり、怪訝な表情ながらも少女が一瞬気が緩んだが、思いがけない所から声が飛び込んできた。
「気を抜くな!!! まだ奴は何か仕掛けて来るぞ!!!」
「え!?」
頭上、神樹からの聞こえて来た男の大声に少女は思わず見上げようとしたが、それと同時にサーベルベアーは前後両足で地面を力強く蹴って、拘束している蔦を引き千切ろうとした。
一瞬の気の緩みで拘束状態を少し解いてしまった少女は、すぐに意識をサーベルベアーに移し拘束しようと絡ませている植物の蔦に魔力を注入しようとしたが、魔獣サーベルベアーから放たれている強烈な不気味な気配からの恐怖と明らかな場馴れしていない者の特有の焦りで魔力を上手く蔦に伝わらずにいた。
如何に神樹で作り上げた特別製の蔦と言えど、所詮は蔦。魔力が込められていない蔦にはサーベルベアーを拘束する力は残ってはいなかった。
サーベルベアーはブチブチと拘束していた蔦を引き千切り、完全に解放され駆ける勢いそのままにその巨体を揺らして獲物である少女に向かった。
焦った少女は咄嗟に先程と同様にサーベルベアーを拘束しようとした。
「か、彼のものを縛れ!!『ウッドタイ』!!」
少女は魔法を発動させようとしたが、足元の魔法陣は形成されなかった。
「!?」
魔法が魔法が発動しない事に驚くも、迫りくるサーベルベアーに焦った少女は再び魔法を発動させようするが、
「彼のものを縛れ!! 『ウッドタイ』!! 『ウッドタイ』!!『ウッドタイ』!!」
焦りと死への恐怖で魔力から魔法陣への通路が乱れて、上手く魔力が魔法陣へと伝わらなかった。
その事が少女の中に焦りが生み出され、その焦りが通路を乱れさせ、またそれが更なる焦りを生み、負の循環を起していた。
焦っている間にもサーベルベアーは止まる事は無く猛然と一直線に少女に向かってきた。
猛然と迫りくるサーベルベアーから少女は目が離せないでいた。
いや、目を離そうにも少女の全身を蝕む強烈な死への恐怖の感情が、目を1mmも動かす事を許さなかった。
顔は恐怖で歪み、目から涙が絶え間なく流れ、歯は金物ようにガチガチと鳴り、口は開き涎がだらしなく垂れ、腕と足はしきりに震えていた。
「(いや!! こないで!! こないで!! こないでぇぇぇぇーーーー!!!!)」
少女がこの場で出来る事と言えば心の中で、ありもしない希望に縋る事しか出来なかった。
それでも死への恐怖を感じても、少女が今すぐ逃げ出そうと思わなかったのは後ろに居る大切な弟と神樹を守りたいという思いがその一心で支えていたからだ。
だが、無情にもサーベルベアーは口を大きく開け、獲物と狙いをつけた少女に無慈悲に近付いていた。
象徴である鋭く大きな牙が、あと数歩で少女のか細い喉元に突き立てられようとした時、
「しゃーないなと」
ガサガサと葉の壁を壊す音と共に酷く場違いなのんびりとした声が頭の上から聞こえた。
声を主は姉弟とサーベルベアーの攻防を傍観していた真田だった。
真田は地上の2人組の様子に見ておられずにお節介と思いながら飛び降りた。
飛び降りて来る勢いを乗せて、今、少女に猛然と向かっているサーベルベアーの頭部にめがけて、右の拳を振り下ろした。
右の拳がサーベルベアーの頭部に直撃すると、右の拳の杭で打たれたかのような衝撃に一瞬で血のような真っ赤な目はその輝きを失った。
真っ赤な舌はだらしなく口から出て、頭は地上にへばりつき、象徴である鋭く大きな牙は地面に刺さり、慣性の法則で体重約700kgの巨体は急停止した反動で反り返り、真田を押し潰しそうとなったが、紙飛行機を飛ばすかのような軽いタッチでサーベルベアーの巨体を右手で押し返した。
少女は目の前で起きた出来事を信じられないときょとんした顔で立っている真田を見ていた。
自分では手も足も出なかったサーベルベアーを目の前の人物はたった一撃で倒した。
「(え!? どういうこと!? 一体何が起こっているの!!!???)」
いつの間にか少女の全身を蝕んでいた死への恐怖や手足の震え、絶え間なく流れていた涙、口からの涎がピタリと止んでいた。
そんな事に気が付かぬほど、少女は混乱していた。
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