第3話 戦闘開始
今回は短いです。
魔獣サーベルベアー。体長は6~7m。血のような真っ赤な目で体毛は鉄のように固く、漆黒の闇を思わせるかのような黒色。巨大な体格を支える強靭な前足には鉄の鎧を紙のようにいとも簡単に切り裂いてしまう鋭い爪。
一番特徴的なのは名前の由来にもなった15cmもある口元の発達した2本の大きな牙。あの牙で噛まれたら大型の獣が一撃で絶命してしまうほどに強力なものだ。
性格はいったて好戦的で凶暴。自分の縄張りを持たずに各地を餌を求めて彷徨う。たまに人里に現れては家畜の牛や豚、鶏等を襲い、追い払おうとした人間を返り討ちにして食べたりもする。1匹のサーベルベアーによって小さな村が全滅しかけたという話もあるぐらいだ。
思いがけない魔獣の登場に2人は息を呑んだ。
幼少時から周囲の大人達から、森には絶対に1人では行かない事や何処其処に生えているこの草は煎じれば治療として役に立つ。またあの草は麻痺を引き起こす。その草は眠れない時に有効なのだと。森に生きる者として知っておかなければならない知識を叩きこまれていた。
その中には当然サーベルベアー等の魔獣や森の中に住む猛獣の恐ろしさや生態に関する知識も含まれ、運悪く遭遇した際での対処法も聞いていた。
2人は聞いていた対処法を実践しようとしたのだが、身体が思うようには動いてくれなかった。
2人は目の前に居る魔獣が如何に恐ろしさを知っていたが、いざ、サーベルベアーを前にして、それが知ったかぶりだと思い知らされた。
本当の恐怖というものは言葉では伝わらない。体験してみて、本当にようやくやっとその人が感じた恐怖を感じる事が出来るのだと本能的に理解した。
少女の理性は今すぐ逃げろと警告を発ししているが、今まで味わった事の無い恐怖に尻込みして、足は動かず、サーベルベアーから目を離せないかった。
少女の前に立っている少年も恐ろしさのあまりに歯をガチガチと言わし、弓を持つ手は震え、上下に小刻みに動き、狙いが定まらなかった。
「(なんでなんで、此処にサーベルベアーが居るんだ!! たまに森で見かける事はあっても、『聖域』には絶対に近寄りもしなかった筈。それなのに何でややこしい時になって現れるんだ!!)」
どうしようもない事態に少年は軽い現実逃避を起こしていた。
そんな少年の様子を見て、すっと我に帰った。
少女は少し諮詢した後、意を決したかのように逆に守られるように背後に居た少女は少年を庇う様に前に出た。
一瞬、少年は何が起きたのか分からなかった。
「ね、姉ちゃん! なにしているんだ!」
非難めいた言葉に少女は臆することはなく、向かってくるサーベルベアーを見ながら、背後に居る少年に話しかけた。
「ここは私が足止めするから、早く町の皆にこの事を!!」
「な!? な、何言っているんだ姉ちゃん。 姉ちゃんを置いて行ける訳ないだろ。此処は俺が何とかするから、姉ちゃんこそ早く町に!」
興奮している少年に対して少女は極めて冷静そのものだった。
「いい? 此処で2人一緒にサーベルベアーに戦いを挑んでも、今の私達の力では確実に負ける。そうなったら神樹はどうなるの? あの魔獣にいいようにされるかもしれないわ。そんなの死んでも嫌だわ。それだったら何方か1人が町に行って大人達にこの事を伝えて、すぐに討伐隊を編成してもらったら。それだったら神樹を確実に守れるわ」
「そ、それだったら、此処に残るのは姉ちゃんじゃなくても」
不満気な言葉に少女は首を横に振った。
「私じゃ駄目だわ、足が遅いもの。その点あなたは私よりも足が速いでしょ。一刻もこの事態を早く伝えるとしたら、足が速い人が行くべきでしょ。もしかしたら私を探しに来ている捜索隊が近くに来ているかもしれないわ。捜索隊と早く合流出来たら、その分だけ生き残れる可能性が上がるでしょ」
「で、でも‥‥‥」
サーベルベアーが向かってくる中、大胆にも少女は振り返り、尚も食い下がろうとする少年に肩に手を置いて優しく諭すように続けた。
「大丈夫。此処は『聖域』よ。私の魔法との相性は良いし、それに学校の狩りの実技ではずっと一番だったんだから。さぁ、お姉ちゃんを信じて、早く行きなさい」
言い終わると少女は振り返り、力のある眼差しをサーベルベアーの方に向けた。
今が緊急事態である事を忘れて、ゆっくりと弓をおろし少年は涙を流した。
少女の並々ならぬ決意を聞いて、感無量で涙を流した訳では無かった。
本来守るべきである姉に此処まで言わせてしまった自分の弱さ、情けなさに涙を流した。
少年の胸中には悲しみとも怒りともつかない激情が嵐のように渦巻いていた。
「(何やってんだよ俺は!! 姉ちゃんにあんな事を言わせる為に護衛を買って出たのか。‥‥‥違う! 違うだろ!! 一人で皆の為に頑張っている姉ちゃんを近くで支えられように。だからあんなにきつい試練も耐え抜いて、やっと直属の護衛部隊に配属されたんだ。‥‥‥それなのにそれなのに!!!)」
少年が不甲斐なさに打ち萎れていると、
「さあ!! かかって来なさいサーベルベアー。神樹の巫女である私が相手よ!!」
巫女の少女は声高に宣言すると、両手を胸の前で組んだ。
少女の周囲は力の密度が上昇し、髪と着ていた白のロープの端が見えない力によって少し浮かんだ。
それは少女が何時でも魔法を放つことが出来る状態。戦闘態勢に入った事を表していた。
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