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魔術師になったなら  作者: 宇佐田
〈3〉
9/16

3-2





それを決行しようとした翌早朝、ガルフラウがうちへやってきました。



茜色の髪は丸刈りに近い短髪に。胸元から喉まで続く火傷の痕がのぞいていました。憮然とした顔をしています。


まさか堂々と玄関先で待ち伏せされてるとは思いませんでした。


犯罪者の自覚がないんでしょうか。あってもコレですか。わたしにまたやられるとは思わないんでしょうか。思わないんでしょうね。あれは不意打ちだから出来たことです。


身構えてる獣人に傷を負わせるなんて至難の技です。



絶望的な状況に、力が抜けそうになるのを何とか堪えて、震える喉をなだめて問い質しました。



「仕返しですか」


「違う。……謝りにきた」



すかさず戸を閉めました。鍵をかけます。お師匠様の家には色々仕掛けがあるようですから、これでしばらくは安全のはず。


……どうしよう。


怖いので玄関から離れて奥へ向かいます。


裏口からだと先回りされてるかも知れない。あいつが一人できたとも限らないし。痛い目を見させた後ですしね。窓からにしましょうか。それとも……。



「リオ? どうしたんだい。忘れ物でもあった?」


「あ、いえ、ちょっと……その……」



お師匠様が自室から出て来られました。つい今しがた、最後のご挨拶を済ませたところなのに、出たり入ったりで訝られたようです。


事情を話すわけにも――と悩んでいたら、いささか乱暴に戸を叩く音がして、名まえを呼ばれました。大声で叫ぶように。



「リオ! 開けろ!」



フラウです。図々しい男です。お師匠様が不思議そうに首を傾げてます。



「……開けろって言ってるけど?」


「開けたくありません」


「でも、開けないと出て行けなくない?」


「う、裏口から出ます」



迷ってる暇はないようです。背後からの叫ぶような呼び声を無視して、わたしは家の裏庭から外へ出ることにしました。表は小さな通りに直ですが、裏側にはちょっとした庭があるんです。



「ねえ、リオ。無駄だと思うよ」


「え、何がですか?」


「裏口つかっても、音でバレるよ。あいつ、耳がいいもん」



そうでした。お師匠様の言う通りです。


ガルフラウは強い獣性をもっています。裏から出たところで、戸口の音を聞きつけて気づくでしょう。そして、高い身体能力で、この家くらいは跳び越えて追いかけてくる……。


そこまでしますかね?


うぅん……。なんか怒鳴ってるし、あり得そうですね。昨日の意趣返しがしたいから来たんでしょうし。



「リオ。あいつと何かあった?」


「……ありました」


「なにが?」


「言いたくありません」


「僕に内緒事とはいい度胸だね。魔術でほじくり返されてみる?」


「襲われそうになったので、燃やしてやりました。どっちも未遂です。水なんか掛けてやるんじゃなかっ――」



お師匠様の笑顔が凍りついていました。はうっ。



「へえ……。なるほど。愚かだとは思っていたが、そこまでとは」


「お、おし、お師匠様……」


「僕は抑制の利かない獣頭どもが大嫌いだ」


「は、はいっ」



よ、よかった。わたしに腹を立てられたのかと思いましたよ。



真顔になったお師匠様が呪文を唱えはじめました。聞いたこともない呪文ですが、ところどころ拾える内容からして、たぶん闇系の上級魔術ですね。


長ったらしいそれをガンガン唱えながら、玄関へ向かって歩いていける、その集中力には感服いたします。


何も知らないガルフラウが扉の外でまだ叫んでいます。


お師匠様は呪文を唱えつつ、鍵を開け、戸を開きました。すぐ外に居た男がすかさず中へ入ってくると同時に、最後の言葉を唱えます。



『――縛鎖せよ!』



お師匠様のつくりの綺麗な手が、ガルフラウの胸に触れていました。そこから闇があふれて四方八方に影が飛び出しました。目にも止まらぬ速さでヘビのような影が大きな身体の上を滑り抜けていきます。何本も、何本も。


あっという間に、ガルフラウは縛りあげられていました。


見事な影の鎖に。



……お師匠様、すごい……。



対象の身体じかにだけ効果が現れるらしく、服は締めつけられていませんが、手足から首まで肌には深く食い込んでいます。


ガルフラウはがくりと膝をついて、身動き取れない様子でした。並みの獣人でも、拘束されただけで動きを止めることなんてないのに、この男の動きを止めるなんて、一体どれだけ強力な魔術なんでしょうか。


お師匠様、さすがです。さすが、月宵の闇使いです。アリエナイわーなんて思ってたけど悔い改めます。大仰なネーミングも貴方様には相応しいです。きらめく月光の後光が見えるようです。



と、内心で大いに盛り上がっていましたら、お師匠様も素晴らしくテンション高い行動に打って出ました。



「春風でもないのに」


ガツン、とお師匠様は倒れているガルフラウの顎を蹴り上げました。


「女を襲う?」


爪先で顔を踏んづけます。


「しかも、異世界人の、獣性皆無の女を?」


ぐりぐりと踏みにじっています。


「火傷負わされるくらい、本気で襲ったって?」


ガン、と、頬を蹴りつけました。


「死んだ方がいいよね。そんな男。獣人の矜持はどこへ捨てたのさ。死骸は同じところへ捨ててあげるよ」



……お、お師匠様……バイオレンス……。



お師匠様は、口調や態度はお若いんですけど、年齢的には初老なんですよ。弟子をとられる(しかもわたしが最初じゃない)くらいですからね。


なので、普段はけっこう落ち着いてらっしゃるんですね。


ふざけたり、からかったりはしますが、暴力的な言動は一切ありません。


お顔立ちにも険がありませんし、こちらの男性にしては細身ですし、子どもっぽいところを除けば終始穏やかに過ごされていましたので、これはちょっと驚愕の実態です。



あ、でも……これって怒ってくださってるからですよね。



一面をもって実態などと断じてはいけませんね。


だって、強姦って最悪の行為ですよ。わたしの感じた恐怖は、おそらく殺人と同等でした。殺されるって思いましたし。未遂だからって、それは結果としてのことで、あの時の絶望がさかのぼって薄まるわけじゃありません。


その悪行に対してだからこそ、これだけの怒りも湧く。容赦がないのは獣人世界だから仕方がありません。ちょっとやそっとのことでは彼らには響かないんですから。


まぁ、そうは言っても、ちょっと怯みます。アタマとココロは別ですよ。



「ぐっ……テメ――」



何か言おうとしたガルフラウの口を、お師匠様は思いっきり蹴って黙らせました。



「もう暫くしたら、警吏がくると思うよ。君、莫迦みたいに喚いてたし、この拘束術は不穏当だから、誰か感知したらギルドの上位魔術師を呼ぶだろう。……でもその前に――」



お師匠様がまた足を動かしたので、思わず止めに入ってしまいました。



「ストップ!! お師匠様、待ってください!!」


「……君はほんとうに気が弱いねぇ」



呆れ果てたように言われたました。



「だって、お師匠様、ガスガス蹴ろうとしたでしょう、ガスガス」


「がすがすって何さ」



お師匠様はおかしそうに吹き出しました。わたしの擬態語はお師匠様受けがいいです。


しばらく笑ってから、お師匠様は大きく溜め息を吐きました。


つくづくとわたしを見下ろして、顔をはじめ、あちこちに散った火花の痕を目で追います。嫌ですね。無力無策で負ってしまった傷ですし、仮にも女の身で醜いと思われるのはつらいです。



「……てっきり、また術の稽古で失敗したんだと思ってたよ」


「似たようなものです。すみません。いつまでも上達しない弟子で」


「そうでもないんじゃない。異世界人にしちゃ、かなりいい方だと思うよ。たぶん。他の異世界人なんて知らないから、よくわかんないけど」



お師匠様、適当すぎます。


でも、ありがとうございます。一応慰めてくれてるんですよね。その気もちがうれしいですよ。


箸にも棒にもな不出来な弟子なのに、気分の浮き沈みを気に掛けてくださるだけで有難すぎて涙が出そうです。というか、なんか不気味ですね。



「中級程度しか使えないのに、これの手から逃れられたのは、大したもんじゃないのかな。思ったより、実力ついてたみたいだね」



……これって死亡フラグというやつでしょうか?





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