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魔術師になったなら  作者: 宇佐田
〈3〉
8/16

3-1




もう最後だからと、粗雑な態度をとったことが、我が身に跳ね返ってきたんでしょうか。


粗雑……を通り越して、これは乱暴だと思いますが。


乱暴っていうか……暴行ですよね……。何を考えているんでしょう。




ギルドへ最後の挨拶へ行った帰り道、ガルフラウに襲われました。



めちゃくちゃな話です。突拍子もなさすぎてついていけません。



最初は見知らぬ男だと思いました。普段滅多に口も利かないし、顔をあわせることもない。半分忘れかけていた相手でした。


殺されるんだと思いました。


異世界人相手に限らず、こっちの男性が女性を襲うのはごくごく稀なことです。獣性と共に強い性衝動も持ち合わせているわりに、意外にも。


獣性があるのは男女ともで、両性とも積極的なので普段あまり困ることがありません。そして何より、獣性の強弱がもたらす差違が大きいので、勢いでやったら大変なことになります。


殺す気でもない限り、合意に基かない行為などあり得ないんです。


そういう認識が行き渡っているので、異世界人でもそこそこ普通に暮らしていられるんだと思います。



なのに、彼はわたしを無理やり拉致して、物置小屋のようなところへ連れ込みました。


ほんとうに殺されるんだと思いました。


暴漢が見知った顔ですらなかったので。絶対ズタズタにされる、殺されると、恐怖で声も立てられませんでした。



「――リオ」



名まえを呼ばれたことも、気もちが悪いばかりで、まさか顔見知りだからだとは思い及びませんでした。異世界人として噂の的で、見ず知らずのひとから突然呼びかけられることはしょっちゅうだったので。



「――リオ。街を出るって本当か?」


「は、は……はい……」


「どうして」


「ど……え、あ、あの……ひ、とりだちを、勧められた、ので……」


「お前ンとこの師匠にか」



お師匠様に言及されて、返事に迷いました。あの人を巻き込みたくはありません。ですが、目の前にいる男は非常に殺気だった様子で、恐ろしく、抵抗するのはとても無理でした。


ごめんなさい、お師匠様、貴方は強いって信じてますごめんなさいごめんなさい。



「そ、そうです」


「あの野郎……ッ」



なぜ男が怒るのか、わけがわかりませんでした。ストーカー的思考でお師匠様を敵認定しているのでしょうか。



「――行くな!」



いきなり吼えるように言われました。



「行くなよ。……行くな」



同じことを繰り返して、わたしを抱きしめると、避けられないように頭を固定してキスしてきました。始めから欲望全開のディープキスです。


絶望的な気もちになりました。


質問されたりしたから、もしや何事もなく帰してくれるんじゃないかと、一瞬だけ淡い期待を抱いてしまいました。そんなわけもないと現実を突きつけられ、いっそう深い闇のなかへ突き落とされた気分でした。



「リオ……」



口元から頬にかけてをべろんべろん舐められました。見知らぬ男にです。ぞわっと全身に鳥肌が立ちました。


きっと獣性そのままに貪られて殺されるに違いないと、そのついでに犯されて酷い目にあうのだと、おそろしくておそろしくて気が変になりそうでした。



「ずっと見てた。どこにも行くな」



……ずっと?


見てたって……何を見てたんでしょう。わたしはこの街では魔術師としてやってくのは難しい。大した仕事もできずに行き詰まっている、そんな惨めな姿を見てたんでしょうか。


なんて、皮肉っても虚しいだけですね。それより、ずっと、ってことは。



必死で記憶を漁りました。せめて、せめてこの人が、自称通りに「ずっと」前から知っているひとであれば。それなら、話をまともな方向へ持ってって解放してもらうための、何かとっかかりがあるかもしれません。


誰だっけ、誰だっけ、誰だっけ……ああ! 思い出せない! むかしは遠慮なく「どなた?」って聞けたけど――あ、むかし……!



ごはんとられた。チビとかガキとかいわれた。からかってからんできた。



「フラウ……」



お花みたいな可愛らしいふんわりネームのくせに、根性悪くて、いじめっこで、短気で、粗暴で、いちいち言動が感じ悪かった、あの。


やっとのこと思い出せました。フラウ――ガルフラウ。


名まえは思い出せても、とっかかりとなる何かはつかめませんでした。彼とは最近、口を利いたこともありません。ずっと以前は、食事の度にからまれていましたが、ラズノさんが叱ってくれた日以降、ほとんど話しかけてこなくなりました。


当時からまれていた他のひとたちも同様です。



「リオ……行くな。リオ」



ガルフラウはわたしの額に唇をよせて言い募りました。


心底、気もちが悪かったです。


それでも一応見知った顔、しかもギルドの一員だとわかって、少しは冷静さを取り戻すことができました。ギルドに加入して長く働いているなら、本来的にはまともな頭があるはず。


そんな人物が何故わたしに目をつけたのか――わたしがこの街を出て、関係ない立場になるから、ですかね。今ならつけ込める隙があるとでも算段したんでしょう。



お生憎さまです。



わたしを見てたというなら、足掻いてもがいて苦労したなりに、魔術が上達したこともご存知でしょうね?



至近距離で思いっきりブチかましてやりました。練習用とされる初級も初級の火矢だったら、呪文とかそんなもん必要ありません。


術が崩壊しない、目一杯までの魔力をこめて、男の胸元へ打ち込みました。獣性皆無の異世界人がもつ最強魔力で思いっきり。


獣人相手に容赦なんて出来ません。


それも確か――記憶はおぼろげですけど、あの頃わたしにからんできてたひとたちって、みんな獣性が強いひとたちばっかだったはず。だから軒並みやたらとでかくて怖かったんです。



至近距離の攻撃魔術は、わたし自身もちょっとした被害をこうむるものでしたが、とにかく相手の拘束から逃れるのが最優先との判断で行いました。威力もそれが最大ですしね。


たまらず後ろへ吹き飛んだ大男は、火矢の炎で全身燃え上がっていました。


一応、あれもギルド員です。大火傷なんかされても困るので、ヤツが転がってる間に戸口まで走って退路を確保したところで、水をぶっ掛けてやりました。これも魔術。



甘かったです。



フラウは獣性が強くて頑丈だし、戦い慣れしてます。呻きながらも、すぐさま立ち上がって、こちらへ飛び掛ってきました。もうちょっと燃やしておくべきだったようです。


咄嗟に、もう一発、火矢をぶちかましました。


ガルフラウは再度、後方へ吹き飛びました。


ひとこと呻いて、ぴくりとも動かなくなりました。燃えてるのに反応がないので、今度こそ大丈夫だろうと思って、もう一度魔術で水をぶっ掛けました。


いま何処に居るのだかわかりませんでしたが、野中の一軒家とは限りません。もし火災にでもなったら大変です。



水を浴びせても、ガルフラウに反応はなく、もしかして殺してしまったかもと青くはなりましたが、息を確認するために近寄るのはもっと怖かったので。


追われるようにその場から逃げ去りました。


フラウに連れてかれた暴行未遂現場がどこなのか判らず、迷子になりかけましたけど、何とか日暮れぎりぎりには家にたどり着けました。



早くこの街を出ようと、決意を新たにしました。





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