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顔面筋肉痛になりそうです……。
もともとあんまり愛想のない性格の上に、クールぶって過ごしていたから、笑顔の筋肉がすっかり鈍っていたようです。
「お気遣いありがとうございます。故郷が懐かしくなっただけですから、あなたには関係ないので大丈夫ですよ」
今日ギルドに来ましてね。受付兼待合所をうろついていましたら。
昨夜のことに関して、居合わせたひとたちがなんとなく謝ってきたり、とりつくろってくるわけですよ。その全員に、にこにこと返しつづけていたら、仕事する前に疲れ果てました。
数少ない、まともな対応をしてくれる友人男性には「ムリありすぎ」って笑われるし。
あー……そうですね。いくら大人な対応を心がけるっても、キャラまで豹変させなくてもよかったかも。
「なんで急にそんなことになったの」
「……反省しまして」
隅っこのソファに座って、友人男性ルナノの問いに言葉少なに返していたら、ぬっと現れる黒い影。うざい。あ、今の無し。なしなし。
今度は誰だと見上げたら、見たことのないひとでした。
大柄で、青味がかった銀髪の厳つい顔立ちのひと。大きいのも厳ついのもこっちでは標準なので、大した特徴がないとも言えますかね。
「ああー……あの、昨夜はすまなかった」
「……どなた?」
ブフォッとルナノが噴き出しました。失礼だからよしなさい。
こういうひと、多いんですよね。異世界人だから噂とか色々流れてるみたいで、一方的によく知ってるつもりになって、勝手になんか思い込んで言ってくるひと。それも、こっちも向こうを知ってるだろうって前提で。
わりと名の通ったひとに多いみたいなんですが、すみません、異世界人なんだから知ってるわけないでしょう。そこ、理解してますか。
異世界人だからで目をつけておいて、異世界人ならではの無知を把握していないなんて浅はかです。短慮です。考えなしのひとには敬意を払い難いです。かわいげがあればまだしも。
「あ、そうか。名乗りもしなかったしな……。えーっと……」
怒りもせずに説明しようとしてくれたのは好印象です。助け舟を出すことにしました。
「どちらでお会いしましたっけ?」
「昨夜、紅煌亭で」
こちらに来てすぐに掛けられた言語魔法のお蔭で、頭の中で「こうこうてい<紅煌亭>」って翻訳されるんだけど、これってわたしのセンスが悪いんですよね、きっと。直訳にもほどがあります。
それはともかく、それはギルド員御用達のお店ですね。で、昨夜。
……ああ、昨夜、店を出ようとした時に、邪魔してくれた男性ですね。
「思い出しました。わざわざ来て下さったんですね。お気遣いありがとうございます。故郷が懐かしくなっただけですから、あなたには関係ないので大丈夫ですよ」
ちょっと。笑わないでください、ルナノ。後々のためにも大人になって交友関係を改善しようと努力しているのに。
「……だが、その、いきなり抱えてしまったのは、不躾だった。ぱっと見、子どものように見えたもので……あ」
「お構いなく。自分がどう見られるかは、よく存じております」
ルナノ! 殴りますよ、この駄犬!
ああ、この男に容赦ないのには経緯があって。面倒なので省きます。
標準よりやや細めの体形に、タレ目で整った顔立ち。他の男性より圧迫感がないのも親しくできている理由のひとつではあります。さらさらの淡い金髪、うらやましいです。ルナノなんて、月っぽい名まえなのも、よく似合っています。
「そうか……。あの、よかったら、おやつでも奢らせてくれないか」
「……何故?」
「すごく、怒っていたから」
馬鹿にしてるのかと思いましたが、さらに説明が続きます。
「あれだけ怒ってたのに許してくれたってことは、……かなり頑張って怒りを治めてくれたんだろうと思ってな」
「わたしのその努力と、あなたが奢ることに、関係性が見い出せません」
つい、いつもの調子で返してしまいました。ルナノは静かになりました。にやにやするのもやめたようです。普段通りだと、つまらないってことですか。享楽主義者め。
「ん? ……うーん……ああっと……」
青銀髪の男性は、説明が得意ではないらしい。それでも頑張っていました。生真面目ですね。
「君の国では、身体に触れられることは、かなりの抵抗があるのではないか?」
「……ええ、まあ」
そのことを聞いてくれたり、気づいてくれたひとは、これまで数えるくらいしかいません。男性では、ルナノとお師匠様くらいです。
場の空気を壊すことを恐れて、はっきり言ったり、態度に出したりしてこなかった、わたしも悪いんでしょうけど。
でも……でもでもばかりで、我ながらうんざりですね。でも、ですね。こちらのひとが怖かったんです。怖いんです。はっきり物申したりできる相手じゃないんです。
あんな小山のような男性がより集まって壁みたいになってるなかで、気もち悪いから触るなと言える性格だったら、どんなによかったでしょう。最初の頃なんて、悲鳴を飲み込むのが精一杯でした。
怒らせたらどうしようって、そればっかり考えていました。
「すまない。知らぬこととはいえ、本当に申し訳ないことをした」
「大丈夫です。皆さんそんなもんですよ。どうかお気になさらず」
精一杯、許容を示しました。と、なぜか青銀髪さんの眉が下がります。
「……不躾な連中ばかりだと、呆れないで欲しいのだ。我々はヒトであり続けるために、君たち異世界人のお蔭を蒙っている。なるべく居心地好く過ごしてほしいと願っているんだよ」
「はぁ……。それはまぁ、大丈夫じゃないですか」
「ほう。――座っても?」
手近の椅子に、青銀髪さんが手をかけます。ああ、だいぶ長く喋ってますもんね。
いいでしょう。ギルドの受付兼待合所に来てはおりますが、今日はもうお仕事をする感じではなくなりましたからね。謝罪を受けたりしてるうちに気力ゲージが激減しました。
これまでは、何か嫌なことされても我慢するか、我慢しきれなくて表に出ちゃっても謝罪は受けつけませんでした。知らん顔して「何言ってるの?」って感じで押し通していましたから。慣れないことはするもんじゃありません。
「大丈夫というのは?」
「ええ……と……ほら。色々と生活の補助をしていただいてますから。それにお師匠様も紹介してもらえましたし」
「師匠? 魔術師殿か」
「そうです。実はそこが一番有り難かったところですね」
お師匠様と魔術師の話になったので、自然と笑みがこぼれました。
「なるほど。きっとすばらしい魔術師になれるだろう。好きこそものの上手なれだ」
見ず知らずの失礼な抱きつき魔から、意外と礼儀正しい人、そして、とっても素敵なことを言ってくれる良い人にランクアップしました。
青銀髪さん、あなたのことは嫌いではありません。
奢る奢ると言われた時には、ちょっと警戒心が湧きましたけどね。
「テイナスラズノ。ラズでも、ラズノでも、好きに呼んでくれ」
「え、あ、はい。リオと申します」
「リオ。……何だか力強そうな名まえだな」
「よく言われます」
ははは、なんて笑いあっていたら、ルナノがおそるおそる挨拶に参加してきました。こんな押しの弱い態度のルナノはめずらしい気がします。
「あのー……ラズノさんに質問。あ、オレはトリィルナノ。ルナノでどうぞ」
「ああ。よろしく頼む、ルナノ」
「はいな。で、ラズノさんって……もしかして蒼黒の疾風?」
「……ああ」
「ああ、やっぱりぃ。彼女のお師匠さん、月宵の闇使いだよ」
なんか、えっと、通り名だか二つ名だか、えらいこっちゃなあだ名ですね。お師匠様もあったんだ、やっぱり。ギルドで実力者と認められると付けられちゃうらしいですよ。
「ほう。彼が。……さぞ歓んでることだろうな」
「うん、食事もじきじきに連れまわしてるくらい。こんなにお気に入りなのって、ロインの鍵になったラディムさん以来らしいよ」
うう。会話がイミフメイです。
ラディムさんって、以前の弟子の方でしょうかね。
あと、お師匠様がわたしと一緒に食事に行ってるのって、めずらしいことなんですか。知らなかった。面白がられてるとは思っていましたが、よその方から見たら、お気に入りレベルのことだったんですね。
よかったです。つまらない人材だと思われてなくて。
「そうか。リオ。もしよかったら、今度君のお師匠に会わせてもらえないだろうか」
「え、……うーん……。わたしはただの弟子ですから、お師匠様との繋ぎ役にはなれません。ギルドを通していただくか、……そうですね、昨夜のお店にいらしたら、お顔合わせくらいは何とか」
「なるほど。いいことを聞かせてもらったようだ。では、お礼に――やっぱりおやつを食べに行かないかね? 甘いものは好物なんだが、私が一人で食べていると滑稽に見えるようでね」
青銀髪さん……じゃない、ラズノさん……。
失礼ながら、そうでしょうともと思ってしまいました。いけませんね。こういうのも差別ですよ。いい年した男性が甘味を好んで悪い理由なんてありません。
……まぁちょっとかわいく見えちゃうでしょうね。
その日は、ルナノもいっしょに三人で、地元で人気のカフェへ行って、美味しいケーキを頂きました。
ラズノさん、マジでケーキ好きで、三つも召し上がってました。
それをひとつにつき一口ずつ、わたしにとルナノにも分けてくれるとか、なかなかの上級者だと思いました。




